SNSが結ぶ恋

TERU

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第9話「初デート」

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第9話「初デート」

「カタカタ・・・カタカタ・・・カタカタ・・・」薄暗い小さなアパートの一室で、パソコンのキーボードを打ち込む音が鳴り響いていた。パソコンの明かりだけがその人物を照らし出している。
「おかしい。僕の真咲さんが、最近おかしいんだよ。」キーボードを打ち込みながら呟く。ディスプレーを覗きこむと沢山の写真がフォルダーに分けされており、その全てが真咲の写真であった。明らかに本人の許可を得て撮られた物では無く、盗撮されたのもであった。
「おかしいな~真咲さんは僕だけの物なのに、悪い虫が飛び回っているのかな?」
「こんなんじゃ、僕の事をだけを見てくれないじゃないか!」キーボードを打ち込む音がはげしくなり、最後には叩き付けた。
「守らなきゃ!守らなきゃ!僕の真咲さんを守らなきゃ!」男は歪んだ一方的な使命感に燃え、戦う決意を固めていた。


地下鉄『表参道駅』を降りて久々に青山に足を運んだ正樹は、自分が浮足だっているのに気が付いて苦笑いをしながら地下街を抜けて青山通りを歩き出した。青山はファッションの最前線に身を置く若者やセレブが多く足を運ぶ街である。ほんの数時間前まで人っ子一人いない田舎町で長靴を履いて漁船に乗っていたのだから、気後れもしてしまうのも仕方ないと心の中で呟いた。さっきまで安い赤提灯の居酒屋で飲んでいたのに、いきなり銀座の高級店のVIP席で飲むような物である。そわそわして飲んだ気にもならない。そんな感じだなと照れ隠しにタバコを吸って誤魔化そうとしたが、街中が全面禁煙と表示されているのを見て、喫煙場所を探すことにした。外にいるのに自由にタバコを吸えないこの街で、自由に吸える田舎町の良さをちょっと思い返しながら一服付いた。
待ち合わせ場所は『ブルーボトルコーヒー青山カフェ』である。商社マン時代に何度か足を運んでおり、気に入っているカフェの一つである。鉄筋コンクリートの2階建てのビルながら庭には色々な木々を植えており、夏場であればテラスに出て『アイスコーヒー』やお店一押しの『コーヒーとミルククリームのかき氷』を食べるのがお薦めである。店内は天井も高く開放的で明るい店内になっていた。真咲も好きなお店らしく、喜んで待ち合わせ場所に決めてくれた。
いざ会うとなると急にドキドキしてきた正樹は店内に入る前にもう一本タバコを吸って気持ちを落ち着かせて行く事に決めた。



「ピッ!」Suicaを改札口にあてて真咲は勢いよく走り出す。
『遅刻しちゃうよ~!』心の中で叫びながら駆け出している。
昨日の夜は早くベッドに入ったはずが、色々デートのシチュエーションを想像して行くうちに、段々と寝付けなくなってしまったのだ。挙句の果てには、また電気を付けて服を選び直し、『も・し・も』のために下着まで選び出して、あれよあれよという間に明け方になってしまったのである。ファッション業界で沢山の男性達と食事をしているので、男性には慣れているはずだが、正式にデートというシュチエーションは大学生以来という事に気がつき、急に緊張してしまって乙女化してしまったのである。なんとか早く寝ようと朝方まで羊を数えたが結局何匹まで数えたか分からなかった。

さすがに青山通りは走らず早歩きで歩き、呼吸を整えることにした。時折写るガラスウインドの自分を見ながら自分自身をチェックしていった。
『よし、ギリ間に合う。』時計を見ながら目的地までの時間を想定してやっと安心した。

待ち合わせ場所は『ブルーボトルコーヒー青山カフェ』のテラス席、LINEでの会話でお互いその席が好きなのが分かり、待ち合わせ場所をテラス席にしたのだ。


「いらっしゃいませ。」店内から明るい声がこだまする。
天井が高くて開放的な店内は若者中心に込んでいた。
真咲はそのまま2階に上がりテラス席を覗き込む。
奥の席を見ると一人の男性が座っているのが見えた。
春の日差しを浴びながら、コーヒーを飲む姿に『ドキッ』っとした。
ただただコーヒーを飲んでいるだけなのに、そのたった1秒程の所作(?)がまるで映画のワンシーンのように見えて見とれてしまったのである。
会った事はないが、間違いなくそれが正樹だとわかった。

春の日差しはまだ肌寒い空気を心地よく温めてくれる。先に着いた正樹はテラス席でコーヒーを一口飲んで春の余韻を楽しんでいた。
「あの~正樹さんですか?」
「はい!」余韻を楽しんでいた正樹は一気に現実に引き戻された。
「よかった。真咲です。よろしくお願いします。」振り返ると女優のような綺麗な女性が立っており、正樹は一気にドキドキが止まらなくなった。インスタグラムの動画や写真で見ていたが、いざ目の前に現れると想像以上に綺麗でどうしていいか分からない。
まずインスタグラムのようなSNSは大体見栄を張っていて、大なり小なり写真や動画を修正している人が殆どである。実際あったら『ガッカリ』ってパターンはよくあるものである。なのに今回は写真より実物が綺麗なパターンであった。
「遅くなりました。ごめんなさい。」
「いや、僕も今着いたばかりだから。座ってください。」
「あらためまして正樹です。」
「あらためまして真咲です。」
お互いに同じ挨拶をして目が合い笑ってしまった。
その挨拶を境にして、会うまでのドキドキがお互い一気にワクワクに変わり、コーヒーを飲みながら自然と話しが弾むようになった。
「なんか照れくさいですね。」
「ホントそうですね。私なんかずっとドキドキしていましたよ。」
「俺もそうだよ、ずっとドキドキしていたよ。」
「本当ですか?そうみえないですよ。落ち着いているじゃないですか!?」
「ははは照れ隠しです。」
SNSでずっとやり取りをしていたので、お互いある程度を情報は知っていたので、自然の流れで話をする事が出来た。



ここで『天の声』(解説者)
さてここで『恋』が始まる瞬間を思い出して貰いたい。恋愛は色々なパターンがあると思います。『一目惚れ』『最初は嫌いでもあるキッカケで好きになるパターン』『流れで好きになった』『話が合う』『一緒にいて居心地がいい』『自然体でいられる』『お互い波長が合う』『何年かかけて気になる人を選別して決めるパターン』etc・・・。今回は『出会った瞬間からお互い居心地のいい世界を見つけてしまった。』パターンである。

「初めてインスタ見たときに感動しちゃいました。」
「あの動画撮っている時は、月が出ていない夜だったから、星が凄く綺麗で、しかも海が静かだから海が『鏡』のように星を映し出していたんだよ。凄く珍しい光景だったよ。」
「本当に綺麗で、あの光景が今でも時々見て癒されています。」
「よかった。満月の夜もそんな静かな海なら綺麗だよ。もし運よく出会えたら撮ってみるよ。」
「ホントですか?是非是非お願いします。」
「自然が相手だからいつ撮れるか分からないけど?」
「いつまでも待ちます!」
「じゃ~約束。」正樹は小指を上げてみせた。
「約束。」真咲も小指を上げて返した。小指を合わせない所がまだ乙女だ。


時間が経つのは早く、ランチの時間になり場所をフレンチレストラン『ラ・ロシェル南青山』に移動した。話しが弾み、気がつけば2時間が経っていた。時計を見て12時を過ぎているのに気がついて、慌てて精算を済ませて足早にレストランに向かった。

お店に着いて早速ランチフルコースを頼んだ。高級フレンチレストランの昼のランチフルコースである。ランチでも今の正樹には『そこそこ』の値段はしたが、ここは見栄を張って奮発する事にした。
久しぶりのフレンチなので、少しは緊張したが、知り合いの店長が顔を出してくれてカバーしてくれた。
真咲を見て『豚に真珠』と言って冷やかしをして場を和ませてくれた。
ここでも話しが弾み、コースを終わっても店長の計らいでデザートを食べながらお話しをする事が出来た。
店を出る時にはまた2人で食事に来る事を店長に約束をして店を後にした。
駅に向かう途中の道すがら青山通りのお店に立ち寄り、ショッピングを楽しんだ。
あまり高額ではないが、綺麗なキーホルダーを見つけて、正樹がお揃いで買ってプレゼントをした。


夕方、表参道駅の改札口で、2人は立ち止まった。
幸せな時間を過ごした分、分かれる時は寂しく感じる。
「あの品川駅まで一緒に行っていいですか?」真咲は正樹の袖を引っ張り、正樹を引き止めた。
「あっ!うん!」正樹も多く語らず素直に答えた。
一緒に改札口を抜けた後、2人は自然と手を繋ぎ歩き始めた。

東京メトロ銀座線で渋谷に向かい、渋谷から山の手線内回りで品川に向かった。
日曜日の夕方は人が込んでおり、2人の距離は始めて手を繋いだ時からさらに近くなっていった。
手を繋ぐ行為は、不思議である。会話をしなくてもその手と手を繋ぐ行為だけで通じ合う感覚があるからである。

品川駅のチケット販売機で新幹線のチケットを買いながら、正樹は勇気を出して真咲に『告白』する事を決めて、改札口の前で待っている真咲の元に戻って行った。

「今日はありがとう。年甲斐もなくはしゃいじゃいました。」テレながら話す。
「いえ、私の方こそ、こんなに楽しいデートははじめてです。」
「ありがとう。それで今から帰るけど、良かったら・・・。」言葉が詰る。正樹の中でこんな『自分』がという思いが、そうさせる。
そんな正樹に気がついた、真咲が腕を掴み、瞳で訴える。
「もしよかったら、俺と付き合って下さい。」勇気を込めて沢山の人が往来する品川駅の改札口で告白した。体中の血液が沸騰したと思うぐらい上がっていた。

「はい!喜んで!」

その瞬間、正樹は思わず真咲を抱きしめていた。
正樹の『心』が帰る場所を見つけた瞬間であった。



次回、10話「本当の幸せ」につづく・・・。















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