SNSが結ぶ恋

TERU

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第8話「指恋(ゆびこい)」

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第8話「指恋(ゆびこい)」

『♪♪♪』スマホの着信音が鳴り響く。真咲は慌ててマナーモードに切り替える。
「真咲!会議中はマナーモードにしておきなさい。」所長に注意される。
「すみません。」真咲は平謝りをして、所長もそのまま話を続けた。
「何、彼なの?」美佳は真咲に詰め寄る。
「違うわよ。いや違わなくないけど。美佳には関係ないでしょ。」
「はは~ん。いいわ、後から聞くから会議終わったらランチ行きましょ♪」美佳は楽しそうであった。


あれから、真咲とDMを交わすようになった。最初は少しの会話だったが、その内会話が楽しくなり、今ではちょっとしたやり取りを毎日するようになった。それから正樹の中の世界が少し変わった。変わらない平凡な日常に、真咲とのDMのやり取りを加えただけで幸せが舞い降りたように世界が明るくなった。
「こんにちは、今日はいい天気なので、久しぶりに表参道でぷらぷら買い物していますよ。正樹さんは何していますか~?」
「船に乗って今戻ってきたところ、天気がいいからこれから車の洗車をするよ。表参道か~懐かしいね。もう何年も行ってないから色々お店も変わっているかな?『ラ・ロシェル南青山』っていうフレンチレストランが駅の近くにあるからお薦めだよ。店長が知り合いだから俺の名前を出したらサービスしてくれるかも?」
「いや~さすがに高級店は行きにくいですよ~。」
「そうだよね。もし機会があったら一緒に行こうよ。おごるよ。」
「本当ですか?楽しみにしていますね。」
「任せておいて、ご馳走するから。なら『ブレッツカフェクレープリー表参道店』のクレープはどうかな?あそこは本当に美味しいよ。店内もフランスをイメージしているからオシャレだった。」
「ありがとうございます。調べてよってみますね。」

普通のDMのやりとりだが、それでも正樹の心は浮き足立つ。
田舎の実家に帰り、親父の船に乗って小漁師を始めてから数年。都会とは違い、田舎の時間の流れは遅く、単調な毎日が続いていた。直属の上司が出世争いに敗れてから正樹も色々あり会社を辞め、都市部を離れて田舎に帰ってのんびり暮らすつもりであったが、都会の生活になれている自分にとって、単調な毎日は苦痛となっていた。イメージとは違うものである。それに田舎に住んでいる人達は良くも悪くも世間知らずである。話している会話も全てが正樹の感覚とは合わなかった。そのため本当に仲のいい友達が中々出来なかった。
そんな折に真咲とのDMのやりとりが始まった。インスタグラムフォロワー数10万人以上の誰もが認める若くて綺麗なインスタグラマーと、ド田舎に住んでいる40過ぎのオッサンである。普通に生活していれば繋がるはずがない2人だが、人の『縁』とは分からないものである。たまたまあの時あの瞬間に秋葉原のお店に入っていなければ繋がらなかったのだから『縁』という言葉しか見付からなかった。

「今日は同僚の美佳とランチしました。美佳も正樹さんが気になるそうですよ。」真咲は美佳との2ショット写真を付けて送信してきた。
「美味しそうなパスタだね。デザートも美味しそう!」
「しかも2人とも美人だしそこに混ざりたい。(笑)美佳さんにもよろしくお伝え下さい。」
「美佳はもう私達の事探りたくて仕方ないみたいですよ。」
「ははは探っても何も出てこないよ。」

いつもたわいの無い内容ではあるが、それでも浮き足立つ自分に気がつく。たったメッセージのやりとりだけで、今までと同じ生活しているのに、世界が輝いて見えるようになって行った。
そして同時に会った事も無いSNS上の友達に恋心を抱いてもいいのか?あった事も無い人に恋をしても、それは本当の恋なのか?そもそも恋の基準とは?色々な思いが錯綜して不安にもなるが、今の幸せがその不安を覆い隠してしまう。そんな葛藤の日々も続いていた。


「『フレンチレストラン行きましょう。』だって!どうしよう緊張してきたよ~!」
仕事帰りに美佳と2人で行きつけのレストランに寄って夕食を食べていた。下拵えの大変な『ローストビーフ』を優しい店長が分厚く切って出してくれるのでお気に入りのお店である。
「なんで?デートしようって言っていないよね?機会があったら行きましょう。だからまだデートまで辿りついてないのよ。」
「そうか~そうだよね。どうやったらデートに誘って貰えるかな?」
「難しいわね。遠距離でしょ。相手も相当本気じゃないと東京まで来ないわよね。逆にデートに誘ってみたら?」
「え~そんな恥ずかしい事出来ないよう。やった事ないんだから。」
「女は度胸だよ。」
「人事だと思って~!」真咲は恥ずかしながら答えるが、自分が久しぶりの『恋』をしている事に気がついていた。そして会った事が無い人に共感して恋心を抱く自分が普通なのかどうか?迷う事があったが、メッセージのやり取りがその不安を覆い隠してしまっていた。恋は盲目なのである。
「真咲にとってはリアルに『星の王子様』だからね。」美佳の言葉に真咲が見た最初のインスタグラムの動画を思いだす。
「本当にあの動画が始まりね。」
「ところで彼の写真見せてよ。」唐突に美佳が話した。
「え?無いよ。」目を丸くして答える。
「え?彼の写真を見たことないの?顔も見た事無い人とあんなにやりとりしているの?信じられない。まずは写真を貰って、チェックして。それからでしょ。その人いくつ?」
「え~40歳位かな?」
「え~!オッサンじゃない。大丈夫?はやく写真送って貰いなさい。ブー男だったらどうするの。デートどころじゃないわ。」もう母である。
「大丈夫だよ~!文書も素敵だし、教養もあるし、絶対男前じゃないとこんな文書かけないよ~!?」恋は盲目なのである。
「は~や~く、送りなさい。」
「はっ!はい~!」真咲は美佳の威圧に圧倒されてメッセージを送った。



『トン、トン、トン、トン』まな板を包丁で叩く音が狭いキッチンで響き渡る。
正樹は近くのスーパーで買った安いチリワインを飲みながら今朝釣り上げたブリを捌き鍋の準備をしていた。
商社マン時代に南米にも渡っていた正樹は、チリやアルゼンチンのワインが美味しいのを知っていた。それに物価が安い発展途上国なので、日本に持ち込まれると他のフランス・スペイン・イタリアワインよりも安価で販売されているのが魅力的であった。お薦めはチリ産『カサ・デル・セロ・レゼルヴァ』のワインである。今日は鍋なので『シャルドネ』の白ワインを空ける事にした。千数百円という安さながらブドウのフルティーな味わいの中に深みも感じられる万人ウケをするワインである。これならお客様が来てもフランス産ボルドーなど高いワインを買う必要も無く、十分振舞えるワインである。
『グツグツグツグツ』と沸く鍋に、出汁に昆布を入れて味見をしてから、田舎の新鮮野菜と豆腐を入れて蓋をする。最後に刺身状にカットしたブリを鍋の前に置き、まずは刺身で食べて、気分を変えながら鍋に入れてシャブシャブにするつもりである。

『♪♪♪』スマホの着信音に気が付きメッセージを見る。
「こんばんは。もう夕飯を食べましたか?私は美佳と一緒にローストビーフの美味しいお店で食べていますよ。」一緒に送られてくるローストビーフと美人2人の写真を見て癒される。
「美味しそうなローストビーフと美人さん2人だね。楽しんで下さい。」
「こちらは今朝捕れたブリを捌いてブリシャブを作りました。」正樹はワインと一緒に鍋とブリの刺身の写真をちょっとオシャレに撮って送ってみた。
「美味しそうですね。料理も出来るんですか?素敵ですね。それで美佳が正樹さんの写真が見たいと言っているのですが、一枚送って貰っていいですか?」
メッセージを見て正樹は自分の写真を真咲に送っていない事に気がつく、インスタグラムでも写真を載せていないので、確かに不信に思うよな?っと思い。せっせと写真を撮ることにした。


『♪♪♪』真咲のスマホの着信音が鳴り響いた。
「きた~!」ローストビーフを食べていた真咲は、フォークをくわえながらスマホを一瞬で掴み取りメッセージを開いた。
「やっぱりカッコイイ~!見てみて!」真咲は興奮したようにスマホの画面を美佳に見せた。
「そうかな~普通じゃない?まあ40代には見えないわね。でも真咲が好きそうなタイプかな?」スマホの画面には鍋が見えるようにワイン片手に自撮りしている正樹の姿があった。加工も何もしていないように見えた。



「写真ありがとうございます。カッコいいですね。」
「かっこよくは無いけど、歳だから若作りしているよ。ありがとうね。今まで写真も送っていなかったからごめんね。」
「いえいえ正樹さんがかっこいいのは文書というか、行動というか、なんか全体的に分かっていましたから。それに手料理が出来る男の人って素敵です。」なんと訳が分からない表現なんだろう!?と真咲も自分で思いつつメッセージを送った。
「そう言って貰えると嬉しいです。よかったらいつか手料理を振舞うので食べて下さい。」
「本当ですか?食べたいです。本当に楽しみです。」
「よかった、それまでメニューを考えておきます。それと再来週の週末に東京に行くけど、よかったら食事でもどうですか?この前の表参道のフレンチのお店とかで。」
「行きます!絶対行きます!」
「ありがとう。また連絡するね。真咲さんに会えるのを楽しみにしています。」
「私も楽しみにしています。」



「よし!」美佳が振り返るとテーブルの下でガッツポーズを決める。真咲をみて驚いた。
「なっなに!?」
「美佳さ~ん」真咲が嬉しさのあまり美佳に抱きついた。



次回、第9話「初デート」につづく・・・。






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