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落とし前はきっちつけさせてもらいますよ??
しおりを挟むグレイスは闇に向かってこぶしを振るう。シュッシュと風を切る音ににんまりと笑う。どうやら腕はまだなまっていないらしい。
「全く、こんなところに呼び出して。別れの言葉ならば手短にしてくれよ」
もはや足音ですら神経を逆なでする。のこのこと一人でやってきたらしいアレクは、心底めんどくさそうに嘆息する。その態度はグレイスの沸点をとうに超えていた。
「グレイス、キミがぼくのことを諦められないのは分かるが、ぼくの気持ちはかわらなっ……」
まるでこちらが別れたくなくて泣いて縋るとでも信じているような傲慢さに、ついにグレイスは我慢が効かなくなった。やりすぎるなよ、と忠告してくれた友人に頭の中で詫びる。
首根っこを掴んで引き寄せると、アレクの声は情けなく裏返った。
「てめえふざけんじゃねえ、殺されてえのか……? そもそもてめえの両親が金目当てでフローレス家に婚約を打診してきたんだろうがよ」
令嬢らしからぬ粗野な口調に目を白黒させる。しばらくぽかんとしていたがようやく何を言われているか理解したのか怒りで唇をわななかせた。
「なっ……、誇り高い伯爵家がそんなことをするものか。身分が卑しいだけでなくそんな嘘をついて侮辱するなぞ、許されるとおもっ」
地を這うような声にかつての婚約者は困惑するがもう遅い。グレイスのこぶしは、男の腹にめり込んだ。アレクは膝を折って地にひれ伏す。
「うっうう……」
下町で喧嘩に明け暮れていたところを引き取られ、養女になったのは十歳のころだ。奇特な商人がパンを配っているというので仲間たちと共に行ってみた。そうするとなぜか子供に恵まれない夫婦に気に入られてしまったのだ。
曰く、なんでも物怖じしないところが気に入ったらしい。グレイスの本質は下町で喧嘩に明け暮れていた頃から変わってはいない。
「どうしたんですの、アレクさまぁ。いやー別れるなんてグレイス、とっても悲しい。せめてお別れの前にわたくしの愛を受け取ってくださいませね」
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
腹を抑え込んでうめき声をあげる彼の頭をつかんで引き上げようとした瞬間、人影が二人の間に割って入った。
「あ?」
「は、ハドリーさま、助けてください」
情けない声が響く。ハドリーと呼ばれた男はアレクには目もくれず、グレイスに微笑みかけた。
「若人たちの語らいを邪魔してごめんね。でもあんまり結婚前の男女がこんな暗がりで一緒にいるなんて感心しないな。それに二人はもう恋人じゃないんだしさ」
確かに年若い男女が供もつれず暗がりで一緒にいては醜聞だろう。けれども先ほどの婚約破棄に勝る悪評などそうそうない。
「ご令嬢のご機嫌を損ねて頬をはたかれちゃうなんてよくある話じゃない、ね、許してあげてよ」
実際には頬を叩かれる、なんてかわいらしいもめ事ではないのだが、そういうことにしておけばアレクの名誉も傷つかないだろう。正直殴り足りないので睨みつけるが、アレクは身を震え上がらせた。
「き、貴様! 覚えていろよ!」
そしてこれ以上ない小物の捨て台詞を吐いて去っていったのである。
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