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第8章

70.冷めぬ怒りと新たな事実

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ピリピリとした張り詰めた空気が一瞬で辺りを覆う。

「ディーンが間に入ったことでうやむやになっていたが、俺はクラウザー嬢あなたのことをまだ許したわけではない」

あんに、無礼を働いた罪を償って貰っていないぞ。と、ほのめかすライオスの言葉にリリスの顔が強張る。

「そ、その件については申し訳ありませんでしたライオス殿下。…しかし、アユラ様と会うことに何故ライオス殿下が却下されるのですか?」

か細く震える声で尋ねる顔には理解できないという感情が現れていた。困惑する彼女を見て、ある言葉が頭によぎった。

『貴族たる者、内心はどうであれ感情を表に出してはいけない。ソレがいつ自分の命取りになるか分からないからな。いつ、どんな時でも笑うんだ』

低くて大きな声でそう説くお父様の顔はいつにも増して迫力があり、泣き出しそうになりながらもその話を聞いたのは確か小さい頃、お母様がいない寂しさに毎日泣いていた時だった。

小さいながらも、それからは貴族に生まれたからにはしっかりしなければと感情をコントロールできるように頑張っていた。

その頑張りもあってか前世の記憶を思い出した今でも、どんな時でも綺麗な笑みを瞬時に作ることができるが、リリスはつい最近まで平民として自由に生きてきた。

制御できていない感情のままにライオス殿下を見つめる姿は貴族として幼く、そして危うく写った。

ライオスも同様のことを感じたのだろう。眉間にシワを寄せ、深い溜め息をついた。リリスの肩がビクリと跳ねるのが視界の隅で見えたのか、また溜め息を吐いたライオスは硬い声で告げる。

「今回のアユラ様との茶会は、ディーンがユーナに対する詫びだと先程から二人が話していただろう?王族である俺も断られたのに、クラウザー嬢、あなたが同席できるとお思いか?」

「い…いえ」

「ではアユラ様への面会は今回は諦めろ。なに、一般の面会申請で機会を待てばいつかは会える。処罰は以上だ。この場にこれ以上いても不愉快だな。ユーナ、あちらのテラスで新作のケーキを用意して貰っているんだ。そちらでゆっくりお茶にしよう」

そう言い放つとユーナの返事なども聞かずに颯爽さっそうとユーナをエスコートして連れ出してしまった。

去り際にリリスの声が聞こえた気がしたが、ライオスは聞こえていなかったのか歩く速度を落とさなかった。

後ろから手を回すようにライオスの腕がしっかりと腰をホールドをしていて、上手く後ろを振り返ることが出来なかったが一瞬だけ、一瞬だけだがヒロインのリリスと目が合った気がした。

細くてもたくましいディーンに両手を掴まれて必死に止められているリリスの瞳は、微笑めば華がほころぶような愛らしさなどなかった。

目尻に涙を浮かべて語るその瞳は正しく〝憎しみ〞の文字だった。あの瞳が目を閉じても目蓋まぶたの裏から消えない。

「ユーナ、どうした。新作のケーキ嫌いなものだったのか?」

目を開けると、向かいの席に座るライオスが心配そうにユーナの顔を見つめていた。そして、手元には美味しそうな季節のフルーツタルトケーキがみずみずしく輝いて早く食べて!と誘っている。ユーナは軽く頭を左右に振る。

「いいえ、フルーツは大好きですわ。少し、考え事をしてしまってただけですわ。ライオスも早く頂きましょう」

そう言ってニコリと笑って見せれば、ライオスは眉をひそめたが、それ以上は深く聞いて来なかった。

フルーツがたっぷりで、とても豪華なタルトケーキは美味しかったのだと思う。正直、味が分からなかった。

頭の中をずっと支配する憎しみの瞳と、見間違えたのかもしれないリリスのあの言葉。

リリスの口元が〝ヒロインは私なのにッ!〞と言っていた気がするのだ。

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