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妖精の森へ
妖精の森の謎
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○
翌日の寝覚めは悪くはなかった。早めに寝たせいもあったし、なにより、ココネの提案が私の気持ちを軽くしてくれたからだと思う。
おかげで、少しばかり気持ちが軽かった。
「おはようお母さん」
「おはよう。具合はどう? 気分が悪かったりはしない?」
「うん、平気だよ。昨日はゴメンね。せっかくのご馳走だったのに」
「気にしなくていいわ。結局、私もお父さんも全部食べきれなかったし」
微笑むお母さんと少しだけしゃべって洗面台に行く。顔を洗ったら、私はさっそく水汲みの支度を始めた。
「いつも大変よね。ハカセも毎日バケツを持って川に行くけど、チカの場合は家族三人分でしょ? なんだか朝だけでバテちゃいそう」
ココネが顔だけをひょっこりだして言った。
その感想に苦笑しながら、私はこう返事をする。
「別にそうでもないかな。もう慣れちゃったし。それにどこの家でもやってることだよ。水汲みは子供の仕事というか」
家の裏手に置いてある台車をひっぱりだす。鉄でできた頑丈なものだけど、何年も使い続けたせいかところどころ錆びたり傷んだりしている。そこに大きめのタルと小さなバケツを一つずつのせる。このタルにバケツで何度も水をいれるのだ。あまり入れすぎると、重くなりすぎて台車を押せなくなってしまうけど。
「人間の生活には必要なことなのね」
「うん。水がなかったらお料理ができないし、お皿だって洗えない。お手洗いだって流せないし、お花にだって水をあげられなくなるわ」
ガラガラと台車を押して川まで歩く。少し肌寒いけど、昇り始めた太陽の光は元気におはようを告げていた。雲もまばらだし、今日は晴れると思う。
「水汲みは大変だけど、雨が降ったらしばらくはいかなくてすむんだけどね」
「あ、そうか。う~ん、でもそうなるとお花の蜜を味わえなくなるわ。私としては、やっぱりずっと晴れててほしいかしら」
そんな会話をしながら川に到着する。家からはそれほど遠くないので、バケツだけ降ろして台車を川に近づけた。
ココネを見つけたのもここだ。周りを見渡せば、上流と下流にポツポツと私と同じように水汲みにきている子供がいる。家庭によって水汲みにくる時間は違うようだけど、大体は子供の仕事だ。
「ココネ、妖精の森のことなんだけどさ」
水を汲みながら話しかける。
妖精の森は川のすぐ目と鼻の先にある。ここからもう少し川をのぼれば橋がかけられていて、そこから森に入れるのだ。
「やっぱり、私一人じゃ怖くて入れないわ。ココネも狼に襲われたらしいじゃない。だから、森の中に行くのはちょっと……」
ココネには、昨日の夜にもハカセさんにはあまり頼りたくない、と言ってある。
村のルールでは、子供は森に入っちゃいけないことになっている。狼やクマなど、危険な動物がいるとかで、学校の集会でも、校長先生や村長さんが森に入らないよう毎年注意を呼びかけてもいる。
渋る私に対し、ココネはこんなことを尋ねてきた。
「狼とかクマが出てくるって話さ、大人たちのウソじゃないわよね?」
「え? ウソのはずないじゃない。先生たちはみんなアザミの花を咲かせていたわ。花言葉は『厳格』。だから、私たち生徒のことを心配してるはずだし」
「…………」
ココネはどこか納得のいかない様子だった。下を向き、腕を組んで黙り込んでしまう。
「何か気になるの?」
水を汲みおわったので戻る支度をする。バケツを台車にのせて、水を出来るだけこぼさないよう慎重に台車を押していく。
「やっぱりその話はウソよ。だって、私あの森で二年くらい過ごしてきたけど、クマなんてみたことないもの。狼だって襲われたあの日に初めて見たわ。危険な場所だって知ってたら、私、ハカセの家から飛び出さなかったし」
「ちょ、ちょっと待って。それってどういう意味?」
心珠は想いや感情を他人に知らせる体の器官。だから、ウソはつけない。
でも、ココネの言い分だとそれは間違いだということになる。
ココネと大人、どちらが正しいのだろう。
「大体さ、本当に立ち入り禁止にしたいなら、どうして森に続く橋がかけられているのかしら。誰かをいれたくないなら、橋なんてなくしてしまえば良いのにね」
確かに。橋の入り口には立ち入り禁止の看板があるだけで、橋そのものは普通に通れる状態になっている。入っちゃいけないなら、なぜそれを残したままにしているのだろう。
「話がそれかかってるわね。チカ、私が言いたいのは、妖精の森はそんなに怖いところじゃないのよ。少し暗いけどさ、日の当たるところは果物とかがたくさんあって、よくハカセがつまみ食いをしてる。妖精の森はそれくらい安全なの」
大人一人が生活できるほど、妖精の森は平和なところだとココネは言う。
「森は私の遊び場なの。知らない場所なんて一つもないわ。私はいま羽がこんなだから飛べないけどさ、道案内ならできるし、静かでのどかなところだから安心して」
狼がいたけれど、と。ちぎれた羽を残念に思いながらも、ココネは私を勇気づけるように胸を叩いてくれた。
「で、でも……」
近づいちゃ行けない怖い場所だと大人に教えられてきた身としては、ウンと頷ける強さが私にはなかった。
やっぱりやめたほうが良いと思う。でも、ココネは恩返しをしたいと言う。
どうしたらいいんだろう。
ココネをハカセさんのもとに帰すというのは良いと思う。みんなにウソを謝ろうにも、妖精に頼ったことが知れたらココネに迷惑がかかるかもしれないから。
一人だと心細い。誰か一緒に着いてきてくれる人を探すべきだろうか。だけど、それだと私の心珠の秘密をバラすことになるし、ココネの説明もしてあげなくちゃいけない。
お母さんとお父さんはダメだ。ココネを見ればきっと捨ててきなさいと言うと思う。
学校のクラスメイトも無理。秘密にしてもらわなきゃいけないのに、心珠を開花させてる子がたくさんいるから、私みたいにウソはつきとおせない。
「あ……」
そこまで考えて、一人だけ頼れそうな子がいた。
ううん。頼れそうというより、断られる可能性が高いだろうけど、ココネについて話してもかまわない子が一人いたのだ。
助けを求めるには勇気がいる。だけど、クラスメイトや両親に本当のことをうちあけるよりかはまだ楽なはず。ココネだって、ケンカ中のハカセさんに会うと決心してくれたのだから、私もそれに見合う勇気は持つべきだと思うし。
「ココネ、少し相談があるのだけど」
私の提案をココネに話すと、頬をふくらませて不機嫌そうに眉根を寄せた。
「本気なの?」
「う、う~ん……」
ココネが確認する。聞き返されると不安があるのも確かで。
私も返事ができず、首をひねるのだった。
翌日の寝覚めは悪くはなかった。早めに寝たせいもあったし、なにより、ココネの提案が私の気持ちを軽くしてくれたからだと思う。
おかげで、少しばかり気持ちが軽かった。
「おはようお母さん」
「おはよう。具合はどう? 気分が悪かったりはしない?」
「うん、平気だよ。昨日はゴメンね。せっかくのご馳走だったのに」
「気にしなくていいわ。結局、私もお父さんも全部食べきれなかったし」
微笑むお母さんと少しだけしゃべって洗面台に行く。顔を洗ったら、私はさっそく水汲みの支度を始めた。
「いつも大変よね。ハカセも毎日バケツを持って川に行くけど、チカの場合は家族三人分でしょ? なんだか朝だけでバテちゃいそう」
ココネが顔だけをひょっこりだして言った。
その感想に苦笑しながら、私はこう返事をする。
「別にそうでもないかな。もう慣れちゃったし。それにどこの家でもやってることだよ。水汲みは子供の仕事というか」
家の裏手に置いてある台車をひっぱりだす。鉄でできた頑丈なものだけど、何年も使い続けたせいかところどころ錆びたり傷んだりしている。そこに大きめのタルと小さなバケツを一つずつのせる。このタルにバケツで何度も水をいれるのだ。あまり入れすぎると、重くなりすぎて台車を押せなくなってしまうけど。
「人間の生活には必要なことなのね」
「うん。水がなかったらお料理ができないし、お皿だって洗えない。お手洗いだって流せないし、お花にだって水をあげられなくなるわ」
ガラガラと台車を押して川まで歩く。少し肌寒いけど、昇り始めた太陽の光は元気におはようを告げていた。雲もまばらだし、今日は晴れると思う。
「水汲みは大変だけど、雨が降ったらしばらくはいかなくてすむんだけどね」
「あ、そうか。う~ん、でもそうなるとお花の蜜を味わえなくなるわ。私としては、やっぱりずっと晴れててほしいかしら」
そんな会話をしながら川に到着する。家からはそれほど遠くないので、バケツだけ降ろして台車を川に近づけた。
ココネを見つけたのもここだ。周りを見渡せば、上流と下流にポツポツと私と同じように水汲みにきている子供がいる。家庭によって水汲みにくる時間は違うようだけど、大体は子供の仕事だ。
「ココネ、妖精の森のことなんだけどさ」
水を汲みながら話しかける。
妖精の森は川のすぐ目と鼻の先にある。ここからもう少し川をのぼれば橋がかけられていて、そこから森に入れるのだ。
「やっぱり、私一人じゃ怖くて入れないわ。ココネも狼に襲われたらしいじゃない。だから、森の中に行くのはちょっと……」
ココネには、昨日の夜にもハカセさんにはあまり頼りたくない、と言ってある。
村のルールでは、子供は森に入っちゃいけないことになっている。狼やクマなど、危険な動物がいるとかで、学校の集会でも、校長先生や村長さんが森に入らないよう毎年注意を呼びかけてもいる。
渋る私に対し、ココネはこんなことを尋ねてきた。
「狼とかクマが出てくるって話さ、大人たちのウソじゃないわよね?」
「え? ウソのはずないじゃない。先生たちはみんなアザミの花を咲かせていたわ。花言葉は『厳格』。だから、私たち生徒のことを心配してるはずだし」
「…………」
ココネはどこか納得のいかない様子だった。下を向き、腕を組んで黙り込んでしまう。
「何か気になるの?」
水を汲みおわったので戻る支度をする。バケツを台車にのせて、水を出来るだけこぼさないよう慎重に台車を押していく。
「やっぱりその話はウソよ。だって、私あの森で二年くらい過ごしてきたけど、クマなんてみたことないもの。狼だって襲われたあの日に初めて見たわ。危険な場所だって知ってたら、私、ハカセの家から飛び出さなかったし」
「ちょ、ちょっと待って。それってどういう意味?」
心珠は想いや感情を他人に知らせる体の器官。だから、ウソはつけない。
でも、ココネの言い分だとそれは間違いだということになる。
ココネと大人、どちらが正しいのだろう。
「大体さ、本当に立ち入り禁止にしたいなら、どうして森に続く橋がかけられているのかしら。誰かをいれたくないなら、橋なんてなくしてしまえば良いのにね」
確かに。橋の入り口には立ち入り禁止の看板があるだけで、橋そのものは普通に通れる状態になっている。入っちゃいけないなら、なぜそれを残したままにしているのだろう。
「話がそれかかってるわね。チカ、私が言いたいのは、妖精の森はそんなに怖いところじゃないのよ。少し暗いけどさ、日の当たるところは果物とかがたくさんあって、よくハカセがつまみ食いをしてる。妖精の森はそれくらい安全なの」
大人一人が生活できるほど、妖精の森は平和なところだとココネは言う。
「森は私の遊び場なの。知らない場所なんて一つもないわ。私はいま羽がこんなだから飛べないけどさ、道案内ならできるし、静かでのどかなところだから安心して」
狼がいたけれど、と。ちぎれた羽を残念に思いながらも、ココネは私を勇気づけるように胸を叩いてくれた。
「で、でも……」
近づいちゃ行けない怖い場所だと大人に教えられてきた身としては、ウンと頷ける強さが私にはなかった。
やっぱりやめたほうが良いと思う。でも、ココネは恩返しをしたいと言う。
どうしたらいいんだろう。
ココネをハカセさんのもとに帰すというのは良いと思う。みんなにウソを謝ろうにも、妖精に頼ったことが知れたらココネに迷惑がかかるかもしれないから。
一人だと心細い。誰か一緒に着いてきてくれる人を探すべきだろうか。だけど、それだと私の心珠の秘密をバラすことになるし、ココネの説明もしてあげなくちゃいけない。
お母さんとお父さんはダメだ。ココネを見ればきっと捨ててきなさいと言うと思う。
学校のクラスメイトも無理。秘密にしてもらわなきゃいけないのに、心珠を開花させてる子がたくさんいるから、私みたいにウソはつきとおせない。
「あ……」
そこまで考えて、一人だけ頼れそうな子がいた。
ううん。頼れそうというより、断られる可能性が高いだろうけど、ココネについて話してもかまわない子が一人いたのだ。
助けを求めるには勇気がいる。だけど、クラスメイトや両親に本当のことをうちあけるよりかはまだ楽なはず。ココネだって、ケンカ中のハカセさんに会うと決心してくれたのだから、私もそれに見合う勇気は持つべきだと思うし。
「ココネ、少し相談があるのだけど」
私の提案をココネに話すと、頬をふくらませて不機嫌そうに眉根を寄せた。
「本気なの?」
「う、う~ん……」
ココネが確認する。聞き返されると不安があるのも確かで。
私も返事ができず、首をひねるのだった。
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