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祭の開幕
イトスギ博士2
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そう前置きをして、船長さんはこう語った。
「出会ったばかりのころの彼は萎縮していてね。自分に心珠がないことをとても気にしていたよ。そんな彼を、船員たちは快く迎え入れてはいたんだ。……最初はね」
「最初だけ、ですか」
「ああ、みんな興味があったんだよ。空からあらわれた記憶を持たない謎の人物……その触れ込みで一躍有名人だったから。彼の記憶を取り戻そうと、協力を名乗り出てくれる者までいたほどだ」
船員はみんな優しかった。ハカセさんを一日でも早く船に慣れさせようと、気遣う人たちがたくさんいたのだという。
「ここで生活をする以上仕事はしてもらわなきゃいけない。一緒に生活をしてみて思ったんだが、イトスギくんは相当に臆病な性格をしていてね。気を遣ってくれる船員のみんなに酷く申し訳なさそうにしていたよ」
臆病。そう聞かされて、少し納得してしまった。ハカセさんには森の外に出ようと何度も誘っているけど、いまだに受け入れてくれていない。そんな姿を思い出す。
「イトスギくんには調査船への勤務を命じた。彼の体を調べたがる研究員たちに協力することなんだが、その要望には素直に応じてくれてね。実験にも協力的だったよ。さっきも言ったけど、彼は心珠がない以外、私たちと変わらない普通の人間だとわかってね」
普通の、人間。普通の人間ってなんだろう。
……例えば、エルフやドワーフ、巨人には心珠がない。
だから当初、ハカセさんは人間以外のナニかだと思われていたらしいのだけど、それは完全に否定されたとのこと。
「彼は勉強熱心だった。寝る間もおしんで日々机に向かっていたよ。記憶を失っていたが、その努力には目を見張るものがあってね、この船に在籍してもおかしくないほどの知識を蓄えていたよ」
他の船員の力になりたいから。
そう心に決めて、地名や文字、文化を勉強していたとのこと。ハカセさんの家にあった難しそうな書類は、全て飛行船で培った知識の結晶なのだろう。
「でもね、イトスギくんが船にやってきておおよそ半年くらいが経った頃のことさ。彼は仕事でミスをしてね、それでひどく落ち込んでしまったんだ」
「お仕事のミス、ですか?」
「ちょっとしたことさ。大人にだって、記憶違いや覚え違いくらいある。彼は誠意を込めて謝ったはずさ。だけど、その研究員は虫の居所が悪かった。ちょうど、カハズ村とは違う場所の舞空祭準備があったからね、忙しさもあいまって、心珠にアンチューサの花が咲いてしまったのさ」
「そんな……」
アンチューサ。
花言葉は──「あなたが信じられない」。
「私は指導船で指揮をとっていて、彼は調査船勤務だ。何度か顔を見に足を運んではいたんだが、そういうことがあったと知ったのは彼が研究所で孤立してからだった。もう少し早く気づけていたなら、今とは違う結果になっていたかもね」
クローバー船長はため息をついて、電話機に視線をよせたあと瞳を伏せた。
それが全てのキッカケ。分かれ道。
「ひどいわ。ハカセは、たったそれだけの理由で船を降りたの?」
ココネが歯を食いしばってクローバー船長を睨む。ココネを制してあげたかったけど、そればかりはできなかった。
「いや、イトスギくんはそれが原因で降りたんじゃない。さっき言ったのはキッカケさ」
「キッカケ、ですか」
「ああ。結論からいうと、その大元の原因はこの私にある」
「え……」
クローバー船長が原因? そんな。こんな優しそうな人が原因だなんて信じられない。ハカセさんと一緒にいた写真だって、二人とも笑顔だったのに。
「それから、調査船では彼の居場所がなくなりつつあった。元々臆病な性格だったからか、事態を打開させる手立てが見つからなかったんだろう。ギスギスした雰囲気が、彼を取り巻く人たちから感じられたよ」
「それでハカセをほったらかしにしたの!?」
「コ、ココネ。話は最後まで聞こうよ」
憤りが収まらないココネを諌める。でも、クローバー船長は気分を悪くした様子もなく、むしろその怒りを落ち着いて受け止めていた。
「彼を助けたかった。その一心だったんだけどね。イトスギくんは知識や実力のわりに、自信が持てていなかった。自信があれば、きっと立ち直ってくれると思って私自らが教えたんだよ。……魔法をね」
「じゃあ、ハカセさんが魔法を使えたのは……」
「ああ、私が彼に伝授した」
船長さんは魔法使いだ。だから、ハカセさんは魔法を使えたのだ。
「私の師……魔法を教わったエルフからは、一人だけなら魔法の伝授を許す、と言われていたのでね、いまがそのときだと思ったよ。エルフによっては伝授を禁止していることもあるそうだけどね」
魔法は超常を起こす手段。それゆえ、他者に広めるのはあまりよくないとされている。だけど、エルフに弟子として迎え入れられること自体が、そういう約束を守れる人。
魔法を使える人間は、それだけで敬われるのだ。
「しかし、それがいけなかった。魔法を身に着けた彼に待ち受けていたのは、嫉妬と侮蔑だったのさ。私も、軽率だったと後悔しているよ」
「ど、どうしてそうなるんですか? なぜハカセさんが──」
「魔法を使えるようになったからだよ。クラウドスカイ号の船員でも、魔法使いや竜士はごく少数しかいない。憧れの的なのさ。だから、彼を認めたくない人間がより一層嫌悪感を強くした。私の失策だよ。申し訳なく思っている」
「…………」
「それから彼は一人で閉じこもるようになってしまった。自分に心珠がないせいで、他人に誤解を与えてしまうと考えたんだろう。一人で人工的に心珠が作れないか、そればかりに没頭していた。その研究が成功するまでは、誰とも仲良くはなれないと落ち込んでいてね」
「出会ったばかりのころの彼は萎縮していてね。自分に心珠がないことをとても気にしていたよ。そんな彼を、船員たちは快く迎え入れてはいたんだ。……最初はね」
「最初だけ、ですか」
「ああ、みんな興味があったんだよ。空からあらわれた記憶を持たない謎の人物……その触れ込みで一躍有名人だったから。彼の記憶を取り戻そうと、協力を名乗り出てくれる者までいたほどだ」
船員はみんな優しかった。ハカセさんを一日でも早く船に慣れさせようと、気遣う人たちがたくさんいたのだという。
「ここで生活をする以上仕事はしてもらわなきゃいけない。一緒に生活をしてみて思ったんだが、イトスギくんは相当に臆病な性格をしていてね。気を遣ってくれる船員のみんなに酷く申し訳なさそうにしていたよ」
臆病。そう聞かされて、少し納得してしまった。ハカセさんには森の外に出ようと何度も誘っているけど、いまだに受け入れてくれていない。そんな姿を思い出す。
「イトスギくんには調査船への勤務を命じた。彼の体を調べたがる研究員たちに協力することなんだが、その要望には素直に応じてくれてね。実験にも協力的だったよ。さっきも言ったけど、彼は心珠がない以外、私たちと変わらない普通の人間だとわかってね」
普通の、人間。普通の人間ってなんだろう。
……例えば、エルフやドワーフ、巨人には心珠がない。
だから当初、ハカセさんは人間以外のナニかだと思われていたらしいのだけど、それは完全に否定されたとのこと。
「彼は勉強熱心だった。寝る間もおしんで日々机に向かっていたよ。記憶を失っていたが、その努力には目を見張るものがあってね、この船に在籍してもおかしくないほどの知識を蓄えていたよ」
他の船員の力になりたいから。
そう心に決めて、地名や文字、文化を勉強していたとのこと。ハカセさんの家にあった難しそうな書類は、全て飛行船で培った知識の結晶なのだろう。
「でもね、イトスギくんが船にやってきておおよそ半年くらいが経った頃のことさ。彼は仕事でミスをしてね、それでひどく落ち込んでしまったんだ」
「お仕事のミス、ですか?」
「ちょっとしたことさ。大人にだって、記憶違いや覚え違いくらいある。彼は誠意を込めて謝ったはずさ。だけど、その研究員は虫の居所が悪かった。ちょうど、カハズ村とは違う場所の舞空祭準備があったからね、忙しさもあいまって、心珠にアンチューサの花が咲いてしまったのさ」
「そんな……」
アンチューサ。
花言葉は──「あなたが信じられない」。
「私は指導船で指揮をとっていて、彼は調査船勤務だ。何度か顔を見に足を運んではいたんだが、そういうことがあったと知ったのは彼が研究所で孤立してからだった。もう少し早く気づけていたなら、今とは違う結果になっていたかもね」
クローバー船長はため息をついて、電話機に視線をよせたあと瞳を伏せた。
それが全てのキッカケ。分かれ道。
「ひどいわ。ハカセは、たったそれだけの理由で船を降りたの?」
ココネが歯を食いしばってクローバー船長を睨む。ココネを制してあげたかったけど、そればかりはできなかった。
「いや、イトスギくんはそれが原因で降りたんじゃない。さっき言ったのはキッカケさ」
「キッカケ、ですか」
「ああ。結論からいうと、その大元の原因はこの私にある」
「え……」
クローバー船長が原因? そんな。こんな優しそうな人が原因だなんて信じられない。ハカセさんと一緒にいた写真だって、二人とも笑顔だったのに。
「それから、調査船では彼の居場所がなくなりつつあった。元々臆病な性格だったからか、事態を打開させる手立てが見つからなかったんだろう。ギスギスした雰囲気が、彼を取り巻く人たちから感じられたよ」
「それでハカセをほったらかしにしたの!?」
「コ、ココネ。話は最後まで聞こうよ」
憤りが収まらないココネを諌める。でも、クローバー船長は気分を悪くした様子もなく、むしろその怒りを落ち着いて受け止めていた。
「彼を助けたかった。その一心だったんだけどね。イトスギくんは知識や実力のわりに、自信が持てていなかった。自信があれば、きっと立ち直ってくれると思って私自らが教えたんだよ。……魔法をね」
「じゃあ、ハカセさんが魔法を使えたのは……」
「ああ、私が彼に伝授した」
船長さんは魔法使いだ。だから、ハカセさんは魔法を使えたのだ。
「私の師……魔法を教わったエルフからは、一人だけなら魔法の伝授を許す、と言われていたのでね、いまがそのときだと思ったよ。エルフによっては伝授を禁止していることもあるそうだけどね」
魔法は超常を起こす手段。それゆえ、他者に広めるのはあまりよくないとされている。だけど、エルフに弟子として迎え入れられること自体が、そういう約束を守れる人。
魔法を使える人間は、それだけで敬われるのだ。
「しかし、それがいけなかった。魔法を身に着けた彼に待ち受けていたのは、嫉妬と侮蔑だったのさ。私も、軽率だったと後悔しているよ」
「ど、どうしてそうなるんですか? なぜハカセさんが──」
「魔法を使えるようになったからだよ。クラウドスカイ号の船員でも、魔法使いや竜士はごく少数しかいない。憧れの的なのさ。だから、彼を認めたくない人間がより一層嫌悪感を強くした。私の失策だよ。申し訳なく思っている」
「…………」
「それから彼は一人で閉じこもるようになってしまった。自分に心珠がないせいで、他人に誤解を与えてしまうと考えたんだろう。一人で人工的に心珠が作れないか、そればかりに没頭していた。その研究が成功するまでは、誰とも仲良くはなれないと落ち込んでいてね」
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