心の花の国

いりえ。

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祭の開幕

イトスギ博士3

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 信じられなくて声が出なかった。心珠が咲かない私よりもつらい状況だと思う。私にはココネがいた。ウィルがいてリリさんも仲良くなってくれた。
 でもハカセさんは?

「私を避けるようになったのも、彼の心遣いだった。仲良くしているところを同じ調査船の人間に見られれば、苛立ちの矛先が私に向かないとも限らないからだと」
「もう我慢できない。その調査船ってところに案内して! そいつらみんなけちょんけちょんにしてやるんだから!」

 ココネが小さい腕をブンブンと振り回し踵を返そうとする。
 しかしその背中に、船長さんからこんな事情を話してくれた。

「残念だが当時の関係者はもういない。彼らも船の和を乱したと自覚していてね、責任をとるという意向でみんな船を下りたよ」
「~~っ、だったら最初からハカセを除け者にしなきゃ良いのに!」

 ダンダン、とココネはぶつけることのできない怒りをあらわにして、足元の机を踏む。

「君の言うとおりだよココネくん。私や他の船員たちの心が弱かったんだ。本当にすまないと思っている。もっと他にやり方はあったはずなんだ。彼の盾になる勇気がなかっただけかもしれないがね」

 ハカセさんの盾。どうだろう。仮にクローバー船長が積極的に庇ったとしても、結局は同じ結末をたどっていたような気がする。

「ん? ハカセをいじめたヤツが船を下りたのなら、どうしてハカセも下りたの? もめ事はもうなくなったんでしょ?」

「そのとおりだ。でも、イトスギくんも責任を感じてしまったのさ。自分がいなければ、他の船員たちは船から下りることもなかった、と。止めたんだがね、彼は飛行船には感謝しているとだけ言って、四年前の舞空祭のときに身を引いたんだよ」
「じゃあ、あの写真はそのときに?」

 クローバー船長はコクリと頷くと、近くの戸棚から何かを取り出した。
 写真だ。ハカセさんが持っているものと同じ、二人が映っている。
 でも、二人とも笑顔じゃなかった。暗く落ち込んでいるようにも見える。背景も構図も同じだけど。

「あのとき写真は二枚撮ったんだ。これがその一枚目。二枚目はイトスギくんが持っててくれたみたいだね。最初私たちは笑って撮影することができなかったんだ。無理に笑って記念としての体裁を整えたものを彼に譲ってね」

 現像された写真をハカセさんに渡し、それで船を去って行ったという。

 ハカセさんがどうして他人とあまり関わり合いたくないのか、その理由がわかった。他人に誤解される、嫌われる以外にも、まわりに不和を与えてしまうことをもっとも恐れているから。

 本当に優しい人。
 優しいのに、悲しい。

「彼に戻りたいという意志があるなら、快く受け入れるつもりだよ。だけど、それには条件がある。彼が他者を受け入れること。繰り返しになるが、私はクラウドスカイ号を託された長だ。船員の安全を守る義務がある。弱い意志で船員になられては、以前と同じことになりかねないから」

 クローバー船長は険しい表情と声音で強く言った。
 ハカセさんは受け入れてくれる。

 でも、戻りたいという意志がなければ受け入れられない。船長さん自身は前向きのようだけど、提示された条件をハカセさんが飲むかはとても怪しい。
 妖精の森にいるより、絶対にこの船に乗っていたほうが病気の治療法も見つかりやすいはずなのに。どうしたら説得できるだろうか。

「彼には手紙を出そう。船に乗ってほしいと、できるだけ強く伝えてみるよ」
「ほ、ホントですか!?」

 それはとてもありがたい提案だった。船長さんの説得なら耳を貸してくれるかも。

「ああ。感情を失っている状況にあるという彼を助けたい気持ちは、私も同じだからね。……それともう一通、君たち宛のモノを送るよ」
「え?」

 私とココネ宛て? どうして? 話があるならここで伝えてくれればいいのに。

「実をいうと、どう言葉にしようか迷っているんだ。君たちにとっては、さっきの話よりもつらい想いになるだろうからね。頭を整理する時間がほしい」

 さっきよりもつらい、ってどういう。
 ──コンコン。

 尋ねようとしたとき、ちょうど部屋の扉がノックされた。ウィルとリリさんが戻ってきたのだ。私は再度、船長さんに口止めをお願いする。さっきの話とココネのこと。
 船長さんは頷いて、二人を出迎えるのだった。



「本っ当にありえませんわ……」
「だから悪かったってさっきから言ってんじゃん」

「謝ってすむ話じゃありませんの。私の名誉が傷つけられたんですのよ。その責任をどうとるかをウィルさんには説明してほしいんです」

「説明もなにも、別に気にすることないじゃん。たかだかトイレを間違えたと勘違いされただけだろ」
「だけ、って……ああ、もう。デリカシーのない方とお話するのは疲労がたまる一方ですわね。淑女に対する接し方がなってませんわ」

「は? どこに淑女ってのがいるんだ? 改めるから教えてくれよ」
「な、なんですってぇ~」

「二人ともやめようよ。まだ船の中なんだからさ~」

 クローバー船長と別れてから、私たち三人は甲板で迎えの竜を待っていた。
 船長さんはここまで案内してくれたのだけど、仕事があるからとすぐに自分の部屋に戻っていったのだ。多分、ハカセさん宛ての手紙を書いてくれているのだと思う。

 でも、私たちだけになってからは、ウィルとリリさんは頭をつきあわせていた。
 なんでも、トイレの前で待ちぼうけをしていたリリさんは、船員にこう声をかけられたらしい。

 お嬢さん。そこは男性用のお手洗いですよ、と。
 もちろんリリさんは首をふった。
 お構いなく。出てくるのを待っているだけですわ、と。

 すると、船員は驚いた表情でこう返してきたという。
 驚いた。キミは男の子だったのかい、と。
 リリさんは自分の説明不足に慌てた。

 そういうことではなく、中に連れがいて、船で迷わないよう自分が案内してあげなければいけない、という旨を伝えたかったらしいのだけど、男の子と勘違いされたショックで頭が回らなかったらしい。

 違うんです。中にいる彼を待たなくちゃいけなくて、……溜まっているみたいで。

 そう答えてしまい、船員たちは大笑いしたのだという。
 そのあと、ウィルが一応はリリさんを庇うように経緯を伝えたのだけど、船員の方たちは酒の肴ができたよとお礼を言い、二人の頭を撫でて立ち去ったらしい。

 問題は、ウィルが船員の方たちの勘違いを、こう擁護したこと。
 いざとなったらこいつもこっちでできるから、別に気にしなくて良いですよ。
 その一言がリリさんの琴線に触れた。以来、二人はずっとこんな調子なのだ。

「ハァ。もう呆れてモノも言えませんわね。ちょっと私、顔を洗ってきますから、もし竜士様がきたら少しお待ちになるようお願いしていただけます?」
「ウンコならさっさとすませろよ~。もう時間がないぞ~」
「頭を冷やしてくるだけですわよ! この、トンチンカン!」

 そう叫びながらリリさんは大股で甲板の下へおりていった。
 顔を洗って怒りが収まってくれたら良いんだけど、多分無理だろうなあ。

「チカ。お前、明日からはオレんちのおつかいもやれよ」
「うん、わかった」

 こっちはこっちでウィルに貸しがどんどん増えていく。クローバー船長と秘密のお話がしたかったのだ。そこでリリさんを連れ出すための演技をしてくれたのは、とてもありがたかった。……代償はあるけど。
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