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交渉…、する余地もない
しおりを挟むドアを開けると、玄関のドアを背にしてヘラルドとロレナが、台所のドアを背にしてアルバロ、エミル、イザックの3人が立っていた。
「おお、お嬢さん!」
「おねえさん!」
ヘラルドが嬉しそうに笑いながらロレナの背を押し出し、ロレナは両手を広げて私に走り寄って来ようとしたが、護衛組の壁に阻まれて、私までは辿り着けない。
「何よっ! アンタ達に用はないわよ、どいて! おねえさ~ん!」
どうして子供を連れて来たのかと思っていたら、私への説得要員だったらしい。
私に向かって媚を売っても、みんなにその態度じゃ台無しだよ。 ヘラルドが舌打ちしたのも見えてたからね。
「話は聞こえてたけど、一応聞くわ。 何の用? いま忙しいんだけど…」
「そんなぁ…。ロレナ、おねえさんに会いにここまで来たのに!」
ロレナは言いながら、手の甲で目を押さえて泣き出す。 …フリをした。 下手な演技でよかった。良心が全然痛まない。
「用がないなら早く帰って? 私、まだまだやること」
「どうしてお嬢さんはわしらを裏切ったんだ!? わしらはお嬢さんを信じていたのに!」
「ロレナ、おねえさんは優しい人だと思ってたのに、どうして意地悪するの!?」
2人は理屈ではなく感情に訴えてくるけど、全然心に響かない。
……“優しい人” が “チョロイヤツ”に聞こえるせいかな。
「……3人は言わなかったようだけど、私たちは今日、登録をすませるつもりはなかった。 登録の準備はしていたけどね。あなたが交渉に来るって言っていたから、話を聞くまでは登録を見合わせるつもりだったの」
「だったらなぜ!」
……えぇ? わからないの? 3人がちゃんと説明していたのに。
「あなた達が私を裏切って、意気揚々と登録をしに行ったからでしょ? だから、仕方なく<仮登録>をしたの」
「仮登録!? だったら……!」
「午後には本登録をすませたけど」
正確には<本登録の申請>だけど、ね。 たいした違いはないでしょ。
「どこかの恥知らずが、私のやり方を盗んで自分のものとして登録しようとしたんだから、当然のことよね?」
「それは…」
「そんなことで怒るなんて、アンタ、心が狭いんじゃないの?」
「ロレナ!!」
……ああ、ボロがでちゃった。さっきまで“おねえさん”だったのにね~。 子供とはいえ、ティッシュレベルの自制心だな。
「アタシ達は、アンタの代わりに登録をしてあげようとしたのよ! もちろん、アンタに1/10くらいは分けてあげるつもりだったわ! だからアンタは反省して、2/3をアタシ達によこしなさいよ!
アタシが媚びてあげたんだから、それくらい当然よね!」
…………どうやら、私はマイノリティーな趣味を持っていると勘違いされてるらしい。 幼女を愛でる趣味はないんだけど。
「エミル、イザック、どうだった?」
「このじいさんは、最初から最後まで、自分と孫娘の発見だとしか言わなかったぞ」
「ああ、アリスの名前なんか出なかったな。 アリスの名前が出ていたら、本登録を急がせることもなかったんだが」
「……らしいわよ?
せっかくのチャンスを自分たちが踏み潰したことがわかった? わかったら、いい加減に諦めて帰って。 迷惑なの」
必要なことは全て言ったし、自分を“カモ”だと認識している人に、これ以上の時間を割くのはもったいない。
2匹とマルタを促して台所へ戻ると、護衛組に追い出される2人の喚き声がドアの向こうから聞こえた。
玄関のドアを閉めると2人の喚き声が小さくなり、ほっと一息吐いた時だった。
“ガチャン! ガチャン! パリンッ”
何かが壊れる音と、
「きゃあ!! 離せっ! この痴漢!!」
不穏なことを叫ぶ、幼い声が聞こえてきた。
何事かと表に出てみると、
「皆さん、こんばんは。 夜分に失礼します。 夕食はもうお済みでしょうか?」
<商業ギルド>のセルヒオさんが、にこやかな笑顔でロレナを取り押さえながら殴りかかるヘラルドの手を避けていた。
風に乗って臭いが鼻につき、臭いの元を探すと、家の壁にぶちまけられたミルクと割れたミルク瓶。
「セルヒオさんを助けて!」
私のお願いと同時にイザックが動き、ヘラルドを取り押さえてくれる。
「離せっ! 痴漢! 変態! 人攫いーっ!」
「……とんだ濡れ衣ですね」
セルヒオさんが呆れたように呟くとマルタが動き、ロレナの身柄を預かった。
「あたしはあんたを襲うほど、悪趣味じゃないわよ? ハクちゃんやライムちゃんの方が何万倍も可愛いもの」
マルタがにこやかに言い放つと、護衛組が“うんうん”と首を縦に振って同意した。 もちろん私もだ。
得意そうなハクと、嬉しそうにぷるぷる震えるライムを見て和んでいると、複数の足音が聞こえてきた。
「何事だっ!?」
ロレナの声を聞いて、事件だと思った衛兵が駆けつけてくれたらしい。
「衛兵さん、助けて!!」
集団で取り押さえられている少女と老人を見て、衛兵たちは一瞬だけ私たちに敵意を向けたが、誰一人逃げようとしないで落ち着いている私たちを見て冷静になってくれた。
「何事ですか?」
「私が説明をしましょう」
衛兵の質問にセルヒオさんが答えてくれている間も、ロレナとヘラルドは喚き続けていて、ちらほらと、迷惑そうにご近所さんが顔を出し始めた。
「あの! お話はここでないとダメですか? 近所の方の迷惑になっているので、よければ家に入りませんか?」
周りを見ながら衛兵に提案をすると、衛兵も気がついて、
「では、そうしましょう。 でも、その前に」
話をしていた衛兵はもう1人の衛兵に合図を送り、無駄のない動きでロレナとヘラルドに猿轡を噛ませた。
「これで、落ち着いて話が聞ける」
そう言って微笑み合う衛兵たちも、2人の喚き声には辟易していたらしく、家の中に連行する手つきが少しだけ、乱暴だった。
護衛組以外を玄関で待たせて急いで部屋のセッティングを済ませると、マルタとイザックがロレナとヘラルドを部屋の隅に連れて行ってから縛り上げ、エミルが衛兵とセルヒオさんにブーツの留め金を外しておくように説明をしながら敷物の横まで連れてくる。
クリーンを掛けると護衛組が一斉にブーツを脱ぎ始めるのを見て、衛兵とセルヒオさんも釣られたようにブーツを脱ぐ姿がおもしろかった。
「臭くない…」
ボソッと呟く衛兵は、足の臭いに悩んでいるらしい。とても嬉しそうだ。
“ぐぅぅぅぅぅぅ”
ハクがまたお腹をすかせたのかな? と振り返ると、もう1人の衛兵がお腹を押さえて頬を赤く染めていた。
“きゅるるるるるるぅ”
「失礼しました。 この部屋があまりにも素敵な香りなもので…」
今度はセルヒオさんのお腹が鳴ったらしい。
言われてみると、クッキーの甘い香りとシチューのミルクの香りが、奇跡的に嫌な香りにならずに部屋に漂っている。
「お茶でもいかがですか? ……賄賂にならなければ、ですが」
「金品などの土産は賄賂になりますが、お茶や菓子程度なら賄賂にはなりませんよ」
後で問題にならないように、ロレナとヘラルドを見ながら聞けば、セルヒオさんが答えてくれた。
衛兵2人も顔をほころばせながら、
「「お気持ちはありがたくいただきます」」
と言ってくれたので、軽いティータイムにすることにした。
2つのティーポットにカモミールティーを注いで後を任せてから、クッキーを取る為に台所のドアを開けると、甘い香りが部屋に広がる。
““““ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ””””
なんか、数が多かったような……。 簡単なものでも作ろうかな……。
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