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賠償を求める“話し合い” 1

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 人前ではいつも羽織っていたマントをインベントリにしまい、結い上げた髪にモレーノ裁判官から贈られたターフェアイトの髪飾りを飾り、愛刀<鴉>を腰に佩いて、私は法廷で衝立ついたてに四方を囲まれた状態で座っていた。 もちろん衝立の前には護衛組が1人ずつ立っている。

 地球の裁判で見る “証人の遮蔽措置”のようだが、私は領主の嫡男のレイナルドとも領主隊の隊長のソラルともすでに面識があるし、2人に睨まれたとしても圧迫を感じて何も言えなくなることはないだろうから、この措置の理由がわからない。

 まあ、傍聴席を埋めている法廷兵さんたちと領兵たちの視線を遮るのに役立ってるから、いいけど。

 マルタがこっそりと教えてくれたのは、傍聴席の真ん中付近で固まって座り私を射殺さんばかりのきつい視線で睨みつけているらしい領兵の様子だ。 こちらを見て舌打ちをしている品のない輩もいるらしい。

 ……逆だよね? 怒っているのは私の方なんだけど。

 不愉快な気分を紛らわせる為に従魔たちには果物を、私は温かいシチュードティーを飲みながら裁判官の入廷を待っていた。

 紅茶とミルクの甘い香りが広がって、領兵たちが殺気立っているとハクが楽しそうに教えてくれたけど放置する。

 気にするのも面倒だし、ハクとライムが楽しそうだから問題はない。 どうせ姿は見えていないしね!

 シチュードティーのおかわりを注いでいる間にレイナルドとソラルが入廷し、2回目のおかわりをする前にモレーノ裁判官が入廷した。

「あれ? こっちにくる」

 マルタの囁きで、モレーノ裁判官はお供にティト裁判官とウーゴ隊長を連れて入廷し、裁判官席に向かうことなく私たちの席の前、レイナルドやソラルと対面するように座ったことがわかる。

「始めましょうか」

 モレーノ裁判官の発言で、法廷を使った“話し合い”が始まった。









 話し合いが始まると同時に私を囲っていた衝立ついたての正面の1枚が上から下に半分に折れて、状況が目に見えるようになった。

 心無い“場外戦”から私を守る為の配慮だったらしい。

「ソラル子爵は否定しています! それにその“噂”とやらが本当にあったのか、あったとしても領兵が流したという証拠がありません!」

 領主代理のレイナルドは“証拠不十分で痛み分け”を狙ったらしいが、裁判官は落ち着いて扉の方へ声をかけた。

「お入りなさい。証言を」

 モレーノ裁判官が招き入れたのは私たちを襲った盗賊団の2人だ。

「俺たちは、俺たちの情報屋を捕まえた少女が“特殊な鑑定スキル持ちだから、犯罪者は見ただけでわかりアジトも簡単にわかる”という話を聞いて、自分たちを守る為にその少女を襲ったんだ…」

「その話の出所はわかりますか? 不確かな噂を信じたわけではないでしょう」

 裁判官の質問に盗賊たちは頷く。

「俺たちは別々の場所で噂を聞いた。噂の出所は2箇所とも兵隊の制服を着ている男だったし、後をつけて屯所に入っていくのを確認したから間違いのない話なんだと確信したんだ。 そんな危険な少女を野放しにしておけないから、その日の内に少女を襲った」

「その話をしていた男たちの顔を覚えていますか?  もしもこの場にいたら、指を差してください」

 裁判官に言われて盗賊たちは顔を見合わせた後、傍聴席に座っている領兵の中から別々の男を指差した。 盗賊の片方が領兵を指差したまま話し続ける。

「あの男は屯所に戻ってすぐに、たまたま外にいたらしい上役のあの男と“あの娘には精々役に立ってもらおう”と話していたので、すぐにでも少女を殺さないといけないと思った…」

 盗賊に指をさされていた領兵はもちろん、話の途中から指をさされたソラルも一気に顔色を悪くする。

「嘘だ! その男は嘘を吐いている!」

「ああ? もう、刑が確定している俺が何のために嘘を吐くんだ?」

 ソラルは言い逃れをしようとしたが、盗賊はあっさりと一蹴した。

「噂を流したのが領兵であることとソラル子爵が関与していたことは、確かな話のようですね?」

「そ、その噂が“真実”であるなら、領兵がしていたのはただの噂話でそれほどの罪には…!」

「ティト裁判官、<水晶>の用意を」

 レイナルドの発言を受けて、私の目の前に<真実の水晶>がセットされた。

 ティト裁判官が私の手を取り水晶の上に置いてから質問を始める。

「あなたの【鑑定】スキルは特別で、犯罪者を見ただけで特定し、アジトを見つけることが可能ですか?」

「……私は、見ただけで犯罪者やそのアジトを特定することはできません」

 いきなりの展開だったので、質問の仕方に注文をつける暇なんかなかった。 “嘘”にならない様に注意しながら答えたが、

「その女は裁判官の質問に正しく答えていない!」

 とソラルにつっこまれてしまう。

 モレーノ裁判官が少し不安そうに振り返り、ティト裁判官が困ったように質問を繰り返す。

「………私の【鑑定】スキルは特別で、鑑定対象の体調がわかります。これにより、病や怪我の治療に役立てることが可能ですが、犯罪者やアジトを(ただ)見ただけで特定することはできません。 
 …裁判官、私はこのスキルのことを公にするつもりはありませんでした!」

 質問に答え終わって、水晶が反応しないことにホッとしながら裁判官に抗議する。 

「…必要な質問でしたが、あなたが公にしたくなかったスキルを白日の下に晒してしまったことを謝罪します。 <冒険者>志望のあなたが無理やりに<治癒士ギルド>に取り込まれることのないように、留意することを誓います」

 こちらを振り向いて誓いを立てたモレーノ裁判官の目が悪戯っぽく輝いていたので、私の抗議が形だけのものであることに気がついたらしい。

 これでソラルや領兵の流していた噂が捏造されたものだと証明された。 アドバンテージはこちらのままだ。

 きっちり責任を取らせてやるからね!
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