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いざ、孤児院へ
しおりを挟むこれからフランカのいた孤児院に行くと伝えると、ディアーナの休みを明日に振り替えるようにサブマスが提案してくれる。ギルドの方でもディアーナの休暇中にビーチェが抜けたのでさすがに仕事が滞ってしまい、ディアーナに復帰して欲しかったらしい。
サブマスの提案を聞いて、自分のいない間に溜まってしまった仕事量を見たディアーナが申し訳なさそうに「街の案内の続きは2~3日後まで待って欲しい」と言うのでもちろん了承した。ギルドマスター達へのお仕置きで、ディアーナや彼女の担当する冒険者、ギルドにまで迷惑をかける訳にもいかないからね。
孤児院までの簡単な地図を書いてもらい【マップ】に反映させると、孤児院は街の中心から離れた所にあるのがわかる。歩けないことはないんだけど……。
(スレイを迎えに行くのにゃ♪)
(すれいをむかえにいこう!)
私が提案する前に、先輩従魔たちは後輩従魔の待つ宿へ向かって歩き始めた。
旦那さんと離れて、1頭でお留守番をしてくれているスレイが寂しがっていないか心配だもんね? 今日はできるだけ一緒にいよう!
「さっさとよこせ! それは工房のもんだろ!」
「やめろよ、離せ! これは俺が彫ったんだ。工房のものじゃない!!」
「工房の木を彫ったもんは工房のもんだろ! 俺が預かってやるからさっさとよこせよ!」
「そうだぞ! 工房の工具を使って工房の材料を使ったんだから、それは俺たちの…、工房のもんだ! さっさと渡せっ」
スレイの背に揺られながら孤児院に向かう途中、路地裏で子供たちが騒いでいる声が聞こえてきた。なんとなく近づいてみると、1人の少年が両手で握りしめた何かを胸に抱え込んでおり、それを年上らしき少年たちが取り上げようとしているようだ。
話は少年の持っている物の所有権について? <工房>の物を持ち出してしまった少年を諫めているだけ? でもそれにしては、最後の少年の言った言葉が引っかかる。
気になって様子を窺っていると、
「おまえなんかは雑用をしているのがお似合いなんだよ! 生意気に女神像なんか掘りやがって! さっさとよこせ!」
一番体の大きな少年が、年下らしき少年の肩を殴りつけた。それを皮切りに他の2人も少年の髪を引っ張ったり背中を殴ったりし始めるので、私は急いでスレイから飛び降りる。
集団で1人に暴行を加えるのを黙って見ている訳にはいかないし、少年が奪われまいと大事に持っている<女神像>にも興味があるしね。
でも、私の出番はなさそうかな?
「おい! そこで何をしている!」
私が少年たちの元へ走り寄る前に大人の男の声が割って入ったから。少し様子を見てみよう。
仲裁に入ったのはこの街の衛兵を務めている男だった。今日は非番で1人らしい。
男が事情を聞く中で分かったことは、
少年たちは同じ工房で働く❝見習い仲間❞のようだ。……仲間、にしては随分といい態度だったけど。
衛兵の質問に答えているのは絡んでいた方の少年たち。中でも一番体の大きな少年が代表して答えている。絡まれていた少年は何かを言いたそうにしながらも、<女神像>を胸に抱いてじっと黙っていた。
少年たちは衛兵に対し、自分たちは工房の親方にも期待されている兄弟子で、絡まれていた少年はまだ雑用しかできない不出来な弟弟子だと強調した上で、少年が工房の物を❝盗み出した❞から、自分たちが取り返しているのだと説明した。少年が素直に❝盗んだ物❞を返すのなら、大事にするつもりはなく親方にも内緒にしておくつもりなのだと。少年が<女神像>を素直に❝返さない❞からつい手が出てしまったが、暴力を振るってしまったことは反省しているといい、弟弟子に対して頭を下げて見せた。
衛兵は少年たちの話を聞き終わると、
「良い兄弟子たちじゃないか。今なら俺も見ないフリをしてやれるから、盗んだものを素直に返すがいい」
優しく微笑みながら、絡まれていた弟弟子に向かって手を差し出した。
……兄弟子たちの話だけを聞いて、絡まれていた弟弟子の話は聞かないの?
びっくりする私の視線の先では、衛兵の背後で顔を見合わせて笑いを浮かべている兄弟子たち。
弟弟子が<女神像>をギュッと胸に抱いて首を横に振るのを見て「もしも今回のことが親方にバレたら、俺も一緒に謝ってやるから」と話しかける衛兵は、確かに優しい男なんだろう。 でも、はっきり言うと、優しいだけの考えの足りない男だ。自分が弟弟子たちのいいように騙されていることには気がつかない。だから、
「ねえ、どうして弟弟子くんの話を聞いてあげないの?」
仕方がないから、首を突っ込むことにした。
突然割って入った若い女(私のことだ)に不審の目を向ける衛兵と兄弟子たち。弟弟子くんは驚いた様な顔をしてはいるけど、まだ何も言う気配はない。
弟弟子くんに自分のことを主張する気がないのなら、私の行動は勇み足だったかと後悔しかけたんだけど、
「あなたはどちらの……? いや、こんな所にお嬢さまのような方がいらっしゃるものではありませんよ。ただの子供の喧嘩です。ここはわたしに任せて、どうぞお屋敷の方に見つかって叱られる前にお戻りください」
スレイプニルのスレイを連れている私がどこかのお嬢さまのお忍びに見えたらしく、衛兵はこちらに困った顔を向けるだけだが、一瞬呆けたようにスレイを見ていた兄弟子たちが露骨に顔色を変えて私を見る。
もしかして、今自分たちの味方の衛兵よりもスレイプニルを連れた私の方が権力がありそうにみえて、私が弟弟子くんを庇うことが不利になると思ってる? だったらもう少しだけ口を出してみようかな。
「私には兄弟子たちが一方的に弟弟子くんの持ち物を取り上げようとしているようにしか見えなかったんだけど?」
兄弟子たちを睨むようにしながら声を掛けると、兄弟子たちはビクリと身を震わせ、弟弟子くんは呆けたように私を見た。口元が(信じてくれるの?)と動いている。
驚きすぎて声にならないらしい。 でも、全面的に弟弟子くんを信じる前にまずは事情を知りたいから、
「あなたの口から事情を話してくれる?」
と聞くと、
「これは俺が彫っ」
「お嬢さま! こいつは孤児です! 金がないから、工房の物を盗んだんです!」
弟弟子くんの説明にかぶせるように、大きな声で兄弟子が邪魔をした。
衛兵は弟弟子くんが孤児だと聞いて納得したような顔をするけど、私は納得なんかできないよ?
孤児ってことは、もしかしたら❝フランカと同じ孤児院の弟分❞かもしれないってことだよね?
……きっちりとお話を聞かせてもらおう。
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