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花畑
しおりを挟む何かあれば逃げる気満々で訪れた教会は、拍子抜けするほど穏やかだった。
門番に「何用か?」と聞かれ「ビジューさまに日々の感謝の祈りを」と答えるとあっさりと礼拝堂に通してもらえたし、礼拝堂の中には座って祈りを捧げる人たちがいるだけで、教会関係者が見張って(見守って?)いる様子も特にはなかった。
警戒しすぎだったと内心で苦笑を零しながら椅子に座り、正面に目を向けると、そこには何かを掬うように体の前で手をまぁるく重ねた女神の立像があった。
……とても美しい女神像なのだけど、残念なことにビジューとは似ていない。
なので私は目を閉じて、私の記憶にあるビジューの姿を思い出しながら祈りの姿勢をとった。
不思議な白い空間でお話した時からまだ2か月も経っていないけど、色々なことがあった。
地上に降りてすぐにハクが声を掛けてくれたから、知らない世界で一人ぽっちの心細さを味わわなくてすんだし、ライムが一緒に来てくれるようになって旅が賑やかなものになった。
マルゴさんを始めとする素敵な人々との出会い。素性のわからない怪しい私の為に後見役を買ってでてくれたオスカーさんやモレーノお父さまのこと。何かと力になってくれたアルバロたちや、現在進行形でお世話になっているディアーナたちのこと。新しく従魔になってくれたスレイとニールのことなどを思いつくままに心の中でビジューに報告する。
一度死んだ私が今、こんなに楽しく過ごせているのはビジューのお陰だ。
「私もアリスのお陰で、ビジューの様子が見られて楽しいわ」
「っ!?」
これまでのことを振り返り、ビジューに深く感謝を捧げていると突然柔らかな女性の声で名前を呼ばれて驚いた。思わず目を開けると、
「私に会いに来てくれて嬉しいわ♪」
あの日のまま、何一つ変わらずに美しい女神が優しく微笑みを浮かべて私を見つめていた。
「ビジュー……?」
「なあに?」
場所もさっきまでいた礼拝堂ではなく、小さな可愛らしいお花がたくさん咲いている花畑だ。
その中に置かれたテーブルセット。私の対面の椅子に腰かけて可愛らしく小首を傾げているビジュー。
どうやら不思議空間にご招待されたようだけど、正直なところ、場所なんてどうでもいい。
「ビジューっ!!」
久しぶりに見るビジューの笑顔は相変わらず麗しく……。感極まってしまった私は椅子から立ち上がった勢いのまま、ビジューに向かって抱きついていた。
私の報告のような感謝の祈りは全てビジューに届いていたようだけど、ビジューの好奇心はそれを聞くだけでは収まらず、その時にどんな風に感じたのか・何か気に入るものはあったのかなどと、ビジューの質問に答える形で会話が進む。
美しかった朝焼け。旅先で出会った優しい人々。可愛いだけじゃなくてとっても頼りになる従魔たちのお陰で私が今どれほど幸せかを伝え、改めて感謝すると、ビジューからも「アリスの目に映るものはとても楽しいわ」と嬉しそうな笑顔が帰ってきた。
……たまに大変な目に遭ったりもしているんだけどね? それすらもビジューにとっては❝楽しみ❞の1つのようで目をキラキラさせて話を聞いてくれるので、私も楽しくて仕方がない。
「アリスのお料理やお菓子、私も食べてみたいわ」
とビジューがおねだりしてくれるので、リクエストに応える形で食事を出しおやつやお茶を出していたら、いつの間にか結構な時間が過ぎていた。 食事を2回、おやつを3回も食べたんだもん。1日くらい経っているのかもしれない。
ビジューに会えた嬉しさと楽しさのあまり、ハクとライムを教会に置いてきぼりにしたまま予定していた約束をすっぽかしてしまった!と慌てる私を見て、「大丈夫よ。ここと地上では時間の流れが違うもの。地上ではまだ1分ほども経っていないわ」
くすくすといたずらっぽく笑いながらビジューが教えてくれた。
流石は女神の不思議空間だ。あんなに楽しい時間を過ごしたのに、時間がほとんど経っていないなんて!
「でも、そろそろ地上に戻った方がいいわね。アリスの精神に負担がかかってしまうもの」
喜んで感心している私に、ビジューが残念そうにお別れを告げる。
精神だけがここにきている状態なのは、実は結構な負担がかかるものだったらしい。
ビジューの言う通りに地上に戻った方がいいことは理解しているんだけど、その前に、どうしても聞いておきたいことがある。 ビジューには楽しい事だけを聞いてほしかったからあまり詳しくは話していなかった、フランカの事。
フランカという素敵な女性と出会ったのだけど、不幸が重なりお別れするしかなかった。としか触れていなかったんだけど、それでもどうしても聞いておきたい。
「フランカはここに辿り着いたかな?」
恐る恐る聞いてみた私に、ビジューは慈しむような視線を向けると、
「ええ。今は安らかに魂を休めているところよ」
と言って私の座っている椅子の側に咲いている、小さな可愛らしいお花を指差した。
「フランカ……だったの?」
思わずしゃがんで話し掛けると、まるで返事をするように風もないのに揺れる花弁。
「ふふふっ、今日は起きていたのね。フランカも楽しかった?」
ビジューの優しい声に先ほどよりも大きく揺れる花弁をみて、願っていた通りにフランカが安らかに過ごしていることを知り、胸の奥底にあった小さな、とても小さな硬くて冷たい何かが、静かに溶けていくのを感じた。
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