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第二章 財政対策

第三話

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 次の日の朝。寝床から出た徹也は朝食を食べ終え、家から出て馬車の前にいた。この馬車に乗って、王都に帰る予定である。

 今、徹也とヘンリーの目の前では、その家の家族三人が頭を下げている。徹也とヘンリーを見送る為である。

「では、我々は王都に戻る。コーフォン。世話になった」

「いえ。またぜひ、お越しください。コーフォン家一同、お待ちしております」

 コーフォンと呼ばれた男がそう言うと、ヘンリーは頷いて馬車の中に乗り込んだ。徹也もヘンリーの後を追って馬車の中に乗り込もうとする。

 だが、その前に男が娘の背中を押した。それによって、娘が徹也に話しかける。

「あ、あの!」

 後ろからそう声をかけられた徹也は、驚きつつもその女性の方に振り向いた。その女性の言葉の続きを聞くためである。

「ま、また、来てくださいますか……?徹也様……」

「……ええ。また、機会があれば、必ず」

 徹也がそう返すと、女性は笑顔を浮かべた。それを見た徹也は小さく礼をして、今度こそ馬車に乗り込む。

 徹也が馬車の席につくと、馬車が王都に向かってゆっくりと出発した。外を見ると、コーフォン家が揃って頭を下げて徹也達を送り出していた。それは、徹也とヘンリーからコーフォン一家が見えなくなるまで続いていた。

 コーフォン一家が徹也達から見えなくなってから、徹也はヘンリーに問いかけた。

「……すいません。一つ尋ねたいことがあるんですけど……」

「む?なんだ?」

「あの娘さんの名前と、才能って知ってますか?」

 徹也のその問いに、ヘンリーは目を見開いて驚いた。それを聞くということは、そういうことなのだろうかと、ヘンリーは思ってしまう。

「……惚れたのか?」

 ヘンリーの言葉を聞いた徹也は、一瞬で顔を赤くした。そして、すぐにそれを否定する。

「なっ!?ち、違いますよ!これから先の対策に協力してくれればなって思っただけです!」

「……ほう。なら話そうか。彼女はレイヒ・コーフォン。【料理】の才能を持っている」

(やっぱりそうか……。それなら、経済を回すのに重要な人材になる。力になってくれればありがたいが……)

 そう簡単にはいかないだろうなと、徹也は思う。なぜなら、レイヒの態度が演技臭かったからだ。あれが本心ではないのだろうと、徹也は考えている。

 考えられるのは、親から近づけと言われたなどだろうか。ヘンリーは徹也をと紹介していた。それを聞いて取り入ろうとしたのかもしれないと、徹也は考えた。

「だが、そうか。惚れたのかと思ったが、気づいていたか」

 ヘンリーのその言葉で、徹也は確信した。やはりレイヒは演技をしていたようだ。

「……まあ、あれだけあからさまなら。流石に気づきますよ」

「天然とは考えなかったのか?」

「天然は、一度見ているので……」

 そう言った徹也は、ある少女を思い浮かべた。出会った当初から名前呼びをし、様付けしてきたシャーロットである。

 シャーロットは嘘偽りないような感じだったが、レイヒはそれとは違う。だからこそ徹也は、気づくことができたのだ。

「なるほど。だがまあ、普段あれだけの女子に囲まれていれば敏感にもなるだろう」

「え?別に囲まれてなんていませんけど?」

「……才無佐君、鈍感と言われたことはないかね?」

 ヘンリーにそう言われた徹也は、目を見開いて驚いた。実際に、言われたことがあったからだ。

「あ、ありますけど……。何で分かったんですか?」

「誰でも分かることだ……」

(そ、そうなのか……?確かに、複数人から言われたことはあるけど……。俺は自分が鈍感だと思ったことはないんだが……)

 そう思う徹也であったが、ヘンリーは確信していた。見ていれば分かることだ。治伽はともかく、舞は間違いなく徹也に惚れている。

 だが、あれだけの好意を向けられているにも関わらず、徹也はそれに全く気づかないのだ。ヘンリーが徹也を鈍感だと思っても仕方がない。

「……だが、これからも気をつけろ。私の側近になった以上、近づこうとする者達は多くいるだろう。金を使ってきたり、娘や孫などの少女を使ってきたり、な」

「そう、ですね。気をつけます」

 ヘンリーの注意喚起に、徹也も頷く。それは予想できることだ。ヘンリーは財務大臣である。その側近ともなれば、取り入るチャンスであると考えるだろう。

「まあ、少女の方は対策ができるがな。特定の彼女を作ればいい」

「簡単に言いますけどね……。俺は難しいですよ。モテないし」

 徹也のその言葉に、ヘンリーは眉を潜めた。だが少しすると、ヘンリーは何かを思いついたのか眉を元に戻し、徹也にある提案をした。

「……なら、クリスはどうだ?」

「……は?ほ、本当に何言ってるんですか……?」

 そんなヘンリーの提案に対して、徹也は混乱してそう返す。だが、ヘンリーは更に言葉を紡ぐ。

「冗談ではなく、婚約者にどうだと言う話だ。クリスの方も、才無佐君を悪く思ってはいないだろうしな」

「……すいませんが、お断りします。俺は、元の世界に帰ることが目的なので、それはできません」

「……そうか。それならば仕方がない」

 徹也がそのように断ると、ヘンリーは心底残念そうにそう言った。ヘンリーとしては、できれば徹也達にはこの世界に残ってほしかったのだ。

 一方、徹也はこの婚約は受け入れがたいものが多くあった。まず、クリスの気持ちではないこと。そして、元の世界に帰れば会うことができなくなるからである。徹也からすれば、元の世界に帰ることを諦めるのはありえないことなのだ。

 そのような会話を最後に、徹也とヘンリーの間に静寂が流れる。馬車はゆっくりと、しかし確実に、王都に近づいていた。
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