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ことさら乱暴にしたつもりはないが、やり過ぎた自覚はあった。
ベッドの上、美晴は小さく息を吐き出す。
行為が終わってから、十分か、二十分。
荒かった呼吸は静かなものに変わっているが、琴子はくたりと横になったまま起き上がろうとしない。目を閉じているから、眠っているのかもしれなかった。
美晴は、汗で額に張り付いてる琴子の前髪をかき上げる。
瞼に唇を軽くつけ、こめかみにも頬にもいくつかのキスを落とす。
だが、琴子は目を開けない。
少し癖のある髪にショートカットはよく似合っている。年齢よりも若く見られることが多い琴子は、目を閉じているとより幼く見える。どうやっても三十五歳には見えない。二十代半ばと言えば、ほとんどの人が信じるだろう。
美晴は、琴子が幼く見えると気にしている丸い目が開くところを見たくてつむじをつつく。だが、目は開かない。琴子は、美晴が思う以上に疲れているのかもしれなかった。
「琴ちゃん」
美晴は小さく呟いて、琴子の体を覆うタオルケットをめくる。
隠す物がなくなった体には、いくつもの赤い痕が見えた。胸から肋骨にかけて、そして脇腹と数えることが面倒になるほど残った痕は、琴子を困らせるには十分な量だ。
首筋には痕を残していないが、体中につけた痕を考えればそれは気休めに過ぎない。
美晴は、指先で自分がつけた痕を辿る。
今日、最初につけた痕がどれかはもうわからない。
一、二と数えて、九個目で数えることを止め、胸に顔をうずめる。歯を立ててから軽く吸うと、つむじをつつかれて美晴は顔を上げた。
「はるちゃん、なにやってるの?」
美晴の視線の先で、琴子が丸い目を眩しそうに細める。
「キスマークを数えてた」
「……キスマークつけてたの間違いじゃない?」
「まだつけてないから」
「つけなくていいから」
そう言うと、琴子が美晴の額をぺしんと叩いてから起き上がる。そして、確かめるように体を見た。
「あー、もう。はるちゃん、またこんなにつけてる。明日、学校なのに」
赤い痕を撫でながら、琴子が眉間に皺を寄せる。
怒ってはいないが、困っている顔。
琴子のそういう顔は、童顔も手伝って随分と幼く見える。だが、本人にそれを告げると拗ねてしまうから、美晴は代わりに用意しておいた言い訳を口にする。
「首筋にはつけてないし、他は服で隠れると思う」
琴子は、高校で教師をしている。
美晴は首筋にも痕を残したかったが、そんなところにキスマークをいくつもつけた先生が校内を歩き回るわけにはいかないことくらいは理解している。だから、首筋に痕はつけなかった。そのことを褒めてほしくらいだと美晴は思う。
「隠れなかったらどうするの」
「責任とって、学校をクビになった琴ちゃんのお世話してあげる」
「もう、そんなことばっかり言って。はるちゃんは私の世話じゃなくて、若者らしく自分のしたいことをしてればいいの。まだ十七歳なんだから、大人の世話なんてしなくても大丈夫なんだからね。子どもは子どもらしくしないと」
普段は教師だということを感じさせない琴子だが、こういうときは高校生の美晴に対してテレビドラマに出てくる先生がする諭すような言い方をする。美晴はそれが気に入らない。
「今してることが自分のしたいことだもん」
「これが?」
琴子が体についた赤い痕を撫でる。
「そう」
「はるちゃん、いつもこんなにキスマークつけてたら恋人できてもすぐに振られるよ」
当然のように琴子が言って、美晴の髪に触れた。琴子の指が肩よりも長く、背中の真ん中には届かない髪を梳いて、子どもにするように頭を撫でる。
琴子はいつもこうだ。
美晴を恋人だと認めない。
人ごとのように、美晴の未来の恋人を語る。
私は琴ちゃんが好きなのに。
美晴がずっと告げ続けている言葉は、いつまでたっても琴子には届かない。それでも、美晴は認めてもらえる日を夢見て繰り返す。
「恋人、ここにいるじゃん。私、琴ちゃんが好きだし、琴ちゃん以外とは付き合わない」
「あのね、はるちゃん。私は恋人じゃなくて、叔母さん。そして、先生」
琴子が決まり文句を口にする。
先生と生徒が関係を持つ。
それは一般的に許されることではない。だが、琴子は先生ではあるが、美晴が通う高校の教師ではない。年齢的に問題があるかもしれないが、それも些細なことだ。最近は、性別も大騒ぎするほどのものではなくなっている。
血の繋がり。
それが一番の問題だった。
いや、美晴は叔母と姪という関係を気にしてはいない。だが、琴子は違った。美晴にとって小さな問題を夜空に輝く月よりも大きな問題として捉えている。
「琴ちゃん、私のこと好きだよね?」
「もちろん、好きだよ。私の可愛い姪っ子だもん」
琴子は、美晴を嫌ってはいない。
それはわかる。
それどころか、明らかな好意を感じる。
だが、琴子はその好意を恋人への好意ではなく、姪への好意にすり替えてしまう。
おそらく。
いや、きっと、九十九パーセント、もしかしたら九十七パーセントくらいかもしれないが、琴子の好意は恋人へのものだ。それでも琴子が認めなければ、美晴の想いは一方通行で片想いと変わらない。
「琴ちゃんが私のこと恋人だって言ってくれたら、それで終わる話だと思うけど」
過去に何度も同じようなことを口にしてきたが、美晴は飽きずに似たような台詞を口にする。
「はるちゃんが姪じゃなくなって、歳の差もなくなったら考えてあげる」
「難しすぎない? っていうか、不可能じゃない? それ」
「かもねえ」
人ごとのように言って、琴子がふわりと笑う。
「あーあ、名字なんてなくなればいいのに。住田も竹尾もなくなってほしい」
住田美晴と竹尾琴子がただの美晴と琴子になって、血の繋がりも消えてしまえばいいのに。
美晴は強く願うが、琴子ののんびりとした声がその願いを打ち砕く。
「そうねえ。でも、名字がなくなっても、はるちゃんが私の可愛い姪っ子だってことは変わらないけど。ついでに、歳の差もどうにもならないしね」
「歳の差だって、たいしたことないじゃん」
「十八の差って、たいしたことあるよ? はるちゃんの年齢以上の差だもん」
「関係ないじゃん」
「あるの。はるちゃんが三十のとき、私、四十八だよ。四十のときには五十八、ずっと十八の差があるんだから」
「姪なのはどうにもならないけど、歳の差くらいはおまけしてよ」
「無理。はるちゃんも三十過ぎたらわかるよ」
琴子がぴしゃりと言ってタオルケットを引き寄せ、露わになっていた胸を隠すようにもぞもぞと布にくるまる。
三十なんて先のこと過ぎてわからない。
だが、それを口にすれば琴子に子どもだからだと言われそうで、美晴は喉まで出かかった言葉を飲み込む。そして、代わりの言葉を口にした。
「じゃあ、身長は? 身長なら私の方が高い」
「高いって言っても、たった一センチでしょ。というか、なんの勝負なの、これ」
「大人勝負。一センチでも私の方が高いんだから、身長で言ったら大人だと思う」
「そういうところが子どもだっていうの」
琴子が笑いながら、目覚まし時計を手に取る。寝る前に起きる時間を必ずそれにセットする琴子から、何時に起きればいいかな、と小さな声が聞こえてくる。だから、美晴は琴子の手を掴んだ。
「ちょっと、はるちゃん。この手、なに?」
美晴には、琴子を寝かせるつもりがなかった。
「もう一回する」
「……もう。明日早いから、今度は手加減してよ」
渋々といった口調だが、怒ってはいない。というよりも、琴子は滅多に怒らない。乱暴なくらいの行為も、何度も行為を求めることも、美晴がすることは大抵許してくれる。怒られることがあっても、これまで美晴が許されなかったことは一度もなかった。
それは、自分が子どもだと思われているようで美晴は腹立たしい。
鎖骨の下につけた赤い痕を指でなぞる。美晴は星と星を繋いで星座を作るように赤い痕同士を繋いで、そのうちの一つに唇をそっとつけた。
赤い痕は、自分が恋人であると琴子に知らしめ、それを自覚させるためのものだ。そのためにいくつもの痕をつけている。しかし、それがただの気休めに過ぎないことも美晴は知っている。
だから、琴子に無理を言う。
今日も、明日は仕事だという琴子の体に何度も触れた。そして、触れられた。これからする行為も一回で終わらせることができるかわからない。だが、何回になったとしても怒られることはないだろうと美晴は思った。
ベッドの上、美晴は小さく息を吐き出す。
行為が終わってから、十分か、二十分。
荒かった呼吸は静かなものに変わっているが、琴子はくたりと横になったまま起き上がろうとしない。目を閉じているから、眠っているのかもしれなかった。
美晴は、汗で額に張り付いてる琴子の前髪をかき上げる。
瞼に唇を軽くつけ、こめかみにも頬にもいくつかのキスを落とす。
だが、琴子は目を開けない。
少し癖のある髪にショートカットはよく似合っている。年齢よりも若く見られることが多い琴子は、目を閉じているとより幼く見える。どうやっても三十五歳には見えない。二十代半ばと言えば、ほとんどの人が信じるだろう。
美晴は、琴子が幼く見えると気にしている丸い目が開くところを見たくてつむじをつつく。だが、目は開かない。琴子は、美晴が思う以上に疲れているのかもしれなかった。
「琴ちゃん」
美晴は小さく呟いて、琴子の体を覆うタオルケットをめくる。
隠す物がなくなった体には、いくつもの赤い痕が見えた。胸から肋骨にかけて、そして脇腹と数えることが面倒になるほど残った痕は、琴子を困らせるには十分な量だ。
首筋には痕を残していないが、体中につけた痕を考えればそれは気休めに過ぎない。
美晴は、指先で自分がつけた痕を辿る。
今日、最初につけた痕がどれかはもうわからない。
一、二と数えて、九個目で数えることを止め、胸に顔をうずめる。歯を立ててから軽く吸うと、つむじをつつかれて美晴は顔を上げた。
「はるちゃん、なにやってるの?」
美晴の視線の先で、琴子が丸い目を眩しそうに細める。
「キスマークを数えてた」
「……キスマークつけてたの間違いじゃない?」
「まだつけてないから」
「つけなくていいから」
そう言うと、琴子が美晴の額をぺしんと叩いてから起き上がる。そして、確かめるように体を見た。
「あー、もう。はるちゃん、またこんなにつけてる。明日、学校なのに」
赤い痕を撫でながら、琴子が眉間に皺を寄せる。
怒ってはいないが、困っている顔。
琴子のそういう顔は、童顔も手伝って随分と幼く見える。だが、本人にそれを告げると拗ねてしまうから、美晴は代わりに用意しておいた言い訳を口にする。
「首筋にはつけてないし、他は服で隠れると思う」
琴子は、高校で教師をしている。
美晴は首筋にも痕を残したかったが、そんなところにキスマークをいくつもつけた先生が校内を歩き回るわけにはいかないことくらいは理解している。だから、首筋に痕はつけなかった。そのことを褒めてほしくらいだと美晴は思う。
「隠れなかったらどうするの」
「責任とって、学校をクビになった琴ちゃんのお世話してあげる」
「もう、そんなことばっかり言って。はるちゃんは私の世話じゃなくて、若者らしく自分のしたいことをしてればいいの。まだ十七歳なんだから、大人の世話なんてしなくても大丈夫なんだからね。子どもは子どもらしくしないと」
普段は教師だということを感じさせない琴子だが、こういうときは高校生の美晴に対してテレビドラマに出てくる先生がする諭すような言い方をする。美晴はそれが気に入らない。
「今してることが自分のしたいことだもん」
「これが?」
琴子が体についた赤い痕を撫でる。
「そう」
「はるちゃん、いつもこんなにキスマークつけてたら恋人できてもすぐに振られるよ」
当然のように琴子が言って、美晴の髪に触れた。琴子の指が肩よりも長く、背中の真ん中には届かない髪を梳いて、子どもにするように頭を撫でる。
琴子はいつもこうだ。
美晴を恋人だと認めない。
人ごとのように、美晴の未来の恋人を語る。
私は琴ちゃんが好きなのに。
美晴がずっと告げ続けている言葉は、いつまでたっても琴子には届かない。それでも、美晴は認めてもらえる日を夢見て繰り返す。
「恋人、ここにいるじゃん。私、琴ちゃんが好きだし、琴ちゃん以外とは付き合わない」
「あのね、はるちゃん。私は恋人じゃなくて、叔母さん。そして、先生」
琴子が決まり文句を口にする。
先生と生徒が関係を持つ。
それは一般的に許されることではない。だが、琴子は先生ではあるが、美晴が通う高校の教師ではない。年齢的に問題があるかもしれないが、それも些細なことだ。最近は、性別も大騒ぎするほどのものではなくなっている。
血の繋がり。
それが一番の問題だった。
いや、美晴は叔母と姪という関係を気にしてはいない。だが、琴子は違った。美晴にとって小さな問題を夜空に輝く月よりも大きな問題として捉えている。
「琴ちゃん、私のこと好きだよね?」
「もちろん、好きだよ。私の可愛い姪っ子だもん」
琴子は、美晴を嫌ってはいない。
それはわかる。
それどころか、明らかな好意を感じる。
だが、琴子はその好意を恋人への好意ではなく、姪への好意にすり替えてしまう。
おそらく。
いや、きっと、九十九パーセント、もしかしたら九十七パーセントくらいかもしれないが、琴子の好意は恋人へのものだ。それでも琴子が認めなければ、美晴の想いは一方通行で片想いと変わらない。
「琴ちゃんが私のこと恋人だって言ってくれたら、それで終わる話だと思うけど」
過去に何度も同じようなことを口にしてきたが、美晴は飽きずに似たような台詞を口にする。
「はるちゃんが姪じゃなくなって、歳の差もなくなったら考えてあげる」
「難しすぎない? っていうか、不可能じゃない? それ」
「かもねえ」
人ごとのように言って、琴子がふわりと笑う。
「あーあ、名字なんてなくなればいいのに。住田も竹尾もなくなってほしい」
住田美晴と竹尾琴子がただの美晴と琴子になって、血の繋がりも消えてしまえばいいのに。
美晴は強く願うが、琴子ののんびりとした声がその願いを打ち砕く。
「そうねえ。でも、名字がなくなっても、はるちゃんが私の可愛い姪っ子だってことは変わらないけど。ついでに、歳の差もどうにもならないしね」
「歳の差だって、たいしたことないじゃん」
「十八の差って、たいしたことあるよ? はるちゃんの年齢以上の差だもん」
「関係ないじゃん」
「あるの。はるちゃんが三十のとき、私、四十八だよ。四十のときには五十八、ずっと十八の差があるんだから」
「姪なのはどうにもならないけど、歳の差くらいはおまけしてよ」
「無理。はるちゃんも三十過ぎたらわかるよ」
琴子がぴしゃりと言ってタオルケットを引き寄せ、露わになっていた胸を隠すようにもぞもぞと布にくるまる。
三十なんて先のこと過ぎてわからない。
だが、それを口にすれば琴子に子どもだからだと言われそうで、美晴は喉まで出かかった言葉を飲み込む。そして、代わりの言葉を口にした。
「じゃあ、身長は? 身長なら私の方が高い」
「高いって言っても、たった一センチでしょ。というか、なんの勝負なの、これ」
「大人勝負。一センチでも私の方が高いんだから、身長で言ったら大人だと思う」
「そういうところが子どもだっていうの」
琴子が笑いながら、目覚まし時計を手に取る。寝る前に起きる時間を必ずそれにセットする琴子から、何時に起きればいいかな、と小さな声が聞こえてくる。だから、美晴は琴子の手を掴んだ。
「ちょっと、はるちゃん。この手、なに?」
美晴には、琴子を寝かせるつもりがなかった。
「もう一回する」
「……もう。明日早いから、今度は手加減してよ」
渋々といった口調だが、怒ってはいない。というよりも、琴子は滅多に怒らない。乱暴なくらいの行為も、何度も行為を求めることも、美晴がすることは大抵許してくれる。怒られることがあっても、これまで美晴が許されなかったことは一度もなかった。
それは、自分が子どもだと思われているようで美晴は腹立たしい。
鎖骨の下につけた赤い痕を指でなぞる。美晴は星と星を繋いで星座を作るように赤い痕同士を繋いで、そのうちの一つに唇をそっとつけた。
赤い痕は、自分が恋人であると琴子に知らしめ、それを自覚させるためのものだ。そのためにいくつもの痕をつけている。しかし、それがただの気休めに過ぎないことも美晴は知っている。
だから、琴子に無理を言う。
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