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友達と恋人
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二人きりの教室は、夕陽と同じ色に染まっていた。窓の外からは、部活動にいそしむ生徒たちの声が聞こえてくる。
放課後、話したいことがあるから帰らないでと言われて、残った私に告げられたのは愛の言葉。
予想もしなかった事態に、石みたいに体がかたまっていた。
茜色に染まった教室での告白なんていうシチュエーションは、ロマンチックだと思う。私が乙女チックな女の子だったら、映画かドラマのワンシーンのようだと感じたのかもしれない。
目の前にいるのが柴田鈴でなければ。
天真爛漫と言えば聞こえが良いが、彼女の素直さは純粋な者が持つ特有の無遠慮さを持っていて苦手なタイプだった。悪気はないけれど歯に衣着せぬ言葉で、ずけずけと人の心に踏み込んでくるところがある。
男とか女とか、性別以前の問題だ。
『鈴木さんのことが好きだから、私の恋人になって欲しい』
なにをどうしてそんな台詞が出てきたのか知らないが、それがついさっき私が柴田さんから聞いた言葉だ。
彼女とは同じクラスだが、会話をしたことなんて数えるくらいしかなかった。席も離れているし、接点もない。授業で一緒に何かをするようなこともほとんどなかった。ただ、名前を知っているくらいで、他のことは誕生日だって、血液型だって知らない。
二人きりになったとき、何を話せばいいのかもわからなかった。
それなのに、私は二人でいるには広すぎる教室という空間で、柴田さんと向き合っている。
彼女は、告白の返事を待っていた。
私はかたまった体にネジを巻き、ロボットみたいにぎこちなく柴田さんの視線から逃げる。と言っても、逃げ場なんてどこにもないから、カーテンが中途半端に引かれた窓に近寄り、外を見た。
「えっと。……からかってたりする?」
これは、私の願望だ。
彼女のことは嫌いではないが、好きでもない。
けれど、できれば近寄りたくない人間に分類される。
「からかったりしてないよ。本気で言ってる」
柴田さんの声は硬かった。緊張しているのが私にも伝わってきて、告白が本気のものだとわかる。
薄くちぎって伸ばして赤く染めたような雲を見ていた私は、視線を柴田さんへと向ける。
夏の終わりの空が、柴田さんのふわふわの髪と頬を染めていた。
グラウンドから聞こえてくる声がやけに耳に付く。私は、こんなときに口にする言葉を上手く見つけられずにいた。
「でも、鈴木さんも私を好きになってなんて言わないから」
柴田さんの言葉に、私の周りから音が一瞬消える。
想像することすらできなかった台詞に、私が出来たのは「へ?」と間抜けな声を出すことだけだった。
「ただ付き合ってくれるだけでいいの。私が好きだって言ったら、鈴木さんも好きだって返す。そういう関係になって欲しいだけ。簡単でしょ?」
一緒に宿題をしよう、くらいの気軽さで柴田さんが言った。その羽が生えていそうなほど軽い言葉に、鈍っていた私の頭が働き出す。
「ただ付き合うって。それ、意味わからないから」
「わからないことないでしょ。恋人になるって意味以外にあるの?」
「いやいやいや。私は好きじゃないのに、柴田さんと付き合うんでしょ? それって、恋人じゃなくない? 恋人って好き同士がなるものでしょ」
私は、自分の理解を超える柴田さんの発言に否定の言葉をいくつも重ねる。そして、世間一般が考えるところの恋人同士の定義を告げ、大きなため息を一つついた。
そうだ。
柴田さんは、少し変わったところがある人だった。
クラスで見る柴田さんは、今のように常識を飛び越えるような発言をすることがあった。そのせいか、クラスでは浮いた存在になっている。突然の告白に、そんなことすら忘れていた。
「お互いの感情がどうあれ、恋人だって思えばその時点で恋人でしょ」
私が彼女に提示した一般的な恋人の定義は耳に届いていないようで、世界中の誰もがそう考えていると言わんばかりの勢いで柴田さんが言った。
「それ、違うと思う」
無駄だと思いながらも、もう一度自分の考えを口にしたが、彼女は考えを改めそうになかった。どうしたものかとこめかみを押さえて柴田さんを見ると、彼女は私に向かって小指を立てて見せた。
「何もしないって約束する」
「え?」
「絶対に何もしない」
前触れもなく突きつけられた約束に、首をひねる。
何もしないが何を指しているのか見当も付かなかった。もしかして、過去に彼女と何かあったのかと記憶を辿ってみたけれど、それらしい記憶はない。
彼女と私はほとんどしゃべったことがないのだから、それは当然の結果だった。どんなに過去を遡っても、約束を交わすきっかけになるようなものは見つからないはずだ。
厄介な人に好意を持たれた。
ため息を百回ついても気分が晴れそうにない状況に、私は頭を抱えそうになる。けれど、今日はこれで帰ります、なんてことは許されそうにない。私に出来ることと言えば、柴田さんがどんな約束を交わそうとしているのか本人に尋ねてみることくらいだった。
「何もって、なんなの」
呆れたような声になっていたと思う。でも、柴田さんは気にせずに答えた。
「キスしたり、エッチなことをしたりかな。そういうこと、絶対にしない」
言葉にするなら、ふえ、が正しい。考えてもみなかった提案に、私の口から漏れた空気はかなり気の抜けた音を発した。
柴田さんが口にした約束は、彼女にさほど興味がない私にとってありがたいものではあったけれど、恋人になるつもりがないから無意味な約束でもある。
それに、私には彼女の考え方が理解できなかった。
何かをすることだけが恋人ではないと思う。
思うけれど、柴田さんの考える恋人は私が考える恋人と違っている。きっと、世間で言う恋人とも異なっているはずだ。
私は柴田さんに一歩近づくと、小指に触れてその指を下ろさせた。指切りをしてしまったら約束を交わしたことになり、彼女と付き合うことになってしまう。
「……それ、恋人じゃなくて友達で良くない?」
私は恋人にはなりたくないという意思を込めて、至極真っ当な答えだと思われるものを口にする。でも、柴田さんは私の言葉を受け入れなかった。
「良くない。何もしないけど、恋人になって欲しい」
「柴田さん、自分がめちゃくちゃなこと言ってるってわかってる?」
「めちゃくちゃじゃないよ。好きな人と付き合いたいって普通でしょ」
確かに、好きな人と付き合いたいという欲求はめちゃくちゃなものではない。そこは、間違っていない。けれど、私は柴田さんのことを好きなわけでもないし、付き合いたいわけでもない。
彼女から、私の気持ちが抜け落ちているということが問題なのだ。そこを理解して欲しいが、柴田さんには理解するつもりがないようだった。
私は、柴田さんにわかるようにわざとらしくため息をついた。
理解するつもりがない人に、自分の気持ちを理解してもらえる方法。
それを探さなければと思考を巡らせていると、彼女が言った。
「毎日一緒に帰って、寄り道して。それくらいのことだから、他の人から見たら友達にしか見えないと思う。だから、鈴木さんには迷惑かけない」
もうすでに迷惑がかかっている。
そう言いかけて、止める。
多分、彼女に言っても伝わらない。
やっぱり、柴田さんは苦手なタイプだ。
けれど、苦手な人に苦手だと言うのは難しい。言える人もいることはわかるけれど、私には出来そうにない。
「それ、友達と何が違うのかどうしてもわかんないんだけど」
私が今出来そうなこと。それは、やんわりと恋人になることを否定することだった。
「私の中では違うの。鈴木さんに好きな人が出来るまででもいい。それまででいいから、私と付き合って」
熱烈な愛情が感じられる物言いではない。どちらかと言えば、淡々としていた。でも、柴田さんの瞳には熱がこもっていた。
茜色だった教室は夜に近づき、空には闇色が混じっている。
ブラウスから伸びる柴田さんの白い腕。
少しだけ緩められたネクタイ。
額に汗をかいている私。
教室が暑いわけではないのに、手のひらも湿っていた。
柴田さんの熱が伝染したみたいで、居心地が悪かった。
「……なんで、そこまで私に固執するの?」
話を聞けば、彼女の勢いに流されてしまうことは予想できた。私の悪い癖だ。話を聞けば聞くほど、断れなくなる。これまでに何度も、つまらないことを押しつけられてきている。今だって、柴田さんの勢いに押されて、ここまで話を聞いてしまった。
それでも、彼女に聞いてみたかった。
「好きだから」
返ってきたのは、単純な答え。
柴田さんの言葉は、理解しやすくて理解しにくい。
好きにはなれそうにないと思う。
でも、嫌いではない。
「デートは、美味しいケーキがあるお店にするから」
「それ、いま関係ある?」
「鈴木さん、スイーツ系のお店一人で行くの苦手でしょ? 一緒に行く友達もいないみたいだし」
「……よく知ってるね」
「好きな人のことだから」
柴田さんがさらりと言う。
甘い物が好きだけれど、一人ではお店に入れない。
休み時間を一緒に過ごす友達はいるけれど、一緒に寄り道をして帰るような友達はいない。いつから私を観察していたのか知らないが、柴田さんの言うことに間違いはなかった。
「鈴木さんが行きたいお店、一緒に行こうよ」
彼女が私を恋人だと言っても、私が彼女のことを友達だと思っていれば問題ないんじゃないか。
そんな考えが頭に浮かぶ。
きっと、心の中までは見えない。
私は一つにまとめてはいるけれど、長くなって少しばかり鬱陶しい髪に触れた。
断ることが苦手な私がこのまま話続けても、彼女の告白を断ることはできない。それは、自信がある。
私の心が折れるのは、新聞屋の朝より早かった。
「食べ歩き、付き合ってもらうからね」
彼女の言う恋人なら、付き合ったところでごっこ遊びみたいなものだ。きっと、おそらく、たぶん、恋人同士になっても問題がない。
「鈴木晶」
唐突に名前を呼ばれる。
「なに?」
「鈴木晶は、今日から柴田鈴の恋人ね」
柴田さんが楽しそうに宣言する。
「うん、まあ、そういうことで」
曖昧に笑ってそう言うと、柴田さんは満面の笑みを私に向けた。
「じゃあ、早速デートしようよ」
「今から? あまり帰るの遅くなると怒られるんだけど」
「一緒に帰るだけでもデートでしょ」
弾む声で柴田さんが言った。
そうだね、と返すと、柴田さんが私に背を向ける。彼女が机の上から鞄を手に取ると、柴田さんの肩に付くか付かないかくらいの髪が嬉しそうにぴょんと跳ねた。
放課後、話したいことがあるから帰らないでと言われて、残った私に告げられたのは愛の言葉。
予想もしなかった事態に、石みたいに体がかたまっていた。
茜色に染まった教室での告白なんていうシチュエーションは、ロマンチックだと思う。私が乙女チックな女の子だったら、映画かドラマのワンシーンのようだと感じたのかもしれない。
目の前にいるのが柴田鈴でなければ。
天真爛漫と言えば聞こえが良いが、彼女の素直さは純粋な者が持つ特有の無遠慮さを持っていて苦手なタイプだった。悪気はないけれど歯に衣着せぬ言葉で、ずけずけと人の心に踏み込んでくるところがある。
男とか女とか、性別以前の問題だ。
『鈴木さんのことが好きだから、私の恋人になって欲しい』
なにをどうしてそんな台詞が出てきたのか知らないが、それがついさっき私が柴田さんから聞いた言葉だ。
彼女とは同じクラスだが、会話をしたことなんて数えるくらいしかなかった。席も離れているし、接点もない。授業で一緒に何かをするようなこともほとんどなかった。ただ、名前を知っているくらいで、他のことは誕生日だって、血液型だって知らない。
二人きりになったとき、何を話せばいいのかもわからなかった。
それなのに、私は二人でいるには広すぎる教室という空間で、柴田さんと向き合っている。
彼女は、告白の返事を待っていた。
私はかたまった体にネジを巻き、ロボットみたいにぎこちなく柴田さんの視線から逃げる。と言っても、逃げ場なんてどこにもないから、カーテンが中途半端に引かれた窓に近寄り、外を見た。
「えっと。……からかってたりする?」
これは、私の願望だ。
彼女のことは嫌いではないが、好きでもない。
けれど、できれば近寄りたくない人間に分類される。
「からかったりしてないよ。本気で言ってる」
柴田さんの声は硬かった。緊張しているのが私にも伝わってきて、告白が本気のものだとわかる。
薄くちぎって伸ばして赤く染めたような雲を見ていた私は、視線を柴田さんへと向ける。
夏の終わりの空が、柴田さんのふわふわの髪と頬を染めていた。
グラウンドから聞こえてくる声がやけに耳に付く。私は、こんなときに口にする言葉を上手く見つけられずにいた。
「でも、鈴木さんも私を好きになってなんて言わないから」
柴田さんの言葉に、私の周りから音が一瞬消える。
想像することすらできなかった台詞に、私が出来たのは「へ?」と間抜けな声を出すことだけだった。
「ただ付き合ってくれるだけでいいの。私が好きだって言ったら、鈴木さんも好きだって返す。そういう関係になって欲しいだけ。簡単でしょ?」
一緒に宿題をしよう、くらいの気軽さで柴田さんが言った。その羽が生えていそうなほど軽い言葉に、鈍っていた私の頭が働き出す。
「ただ付き合うって。それ、意味わからないから」
「わからないことないでしょ。恋人になるって意味以外にあるの?」
「いやいやいや。私は好きじゃないのに、柴田さんと付き合うんでしょ? それって、恋人じゃなくない? 恋人って好き同士がなるものでしょ」
私は、自分の理解を超える柴田さんの発言に否定の言葉をいくつも重ねる。そして、世間一般が考えるところの恋人同士の定義を告げ、大きなため息を一つついた。
そうだ。
柴田さんは、少し変わったところがある人だった。
クラスで見る柴田さんは、今のように常識を飛び越えるような発言をすることがあった。そのせいか、クラスでは浮いた存在になっている。突然の告白に、そんなことすら忘れていた。
「お互いの感情がどうあれ、恋人だって思えばその時点で恋人でしょ」
私が彼女に提示した一般的な恋人の定義は耳に届いていないようで、世界中の誰もがそう考えていると言わんばかりの勢いで柴田さんが言った。
「それ、違うと思う」
無駄だと思いながらも、もう一度自分の考えを口にしたが、彼女は考えを改めそうになかった。どうしたものかとこめかみを押さえて柴田さんを見ると、彼女は私に向かって小指を立てて見せた。
「何もしないって約束する」
「え?」
「絶対に何もしない」
前触れもなく突きつけられた約束に、首をひねる。
何もしないが何を指しているのか見当も付かなかった。もしかして、過去に彼女と何かあったのかと記憶を辿ってみたけれど、それらしい記憶はない。
彼女と私はほとんどしゃべったことがないのだから、それは当然の結果だった。どんなに過去を遡っても、約束を交わすきっかけになるようなものは見つからないはずだ。
厄介な人に好意を持たれた。
ため息を百回ついても気分が晴れそうにない状況に、私は頭を抱えそうになる。けれど、今日はこれで帰ります、なんてことは許されそうにない。私に出来ることと言えば、柴田さんがどんな約束を交わそうとしているのか本人に尋ねてみることくらいだった。
「何もって、なんなの」
呆れたような声になっていたと思う。でも、柴田さんは気にせずに答えた。
「キスしたり、エッチなことをしたりかな。そういうこと、絶対にしない」
言葉にするなら、ふえ、が正しい。考えてもみなかった提案に、私の口から漏れた空気はかなり気の抜けた音を発した。
柴田さんが口にした約束は、彼女にさほど興味がない私にとってありがたいものではあったけれど、恋人になるつもりがないから無意味な約束でもある。
それに、私には彼女の考え方が理解できなかった。
何かをすることだけが恋人ではないと思う。
思うけれど、柴田さんの考える恋人は私が考える恋人と違っている。きっと、世間で言う恋人とも異なっているはずだ。
私は柴田さんに一歩近づくと、小指に触れてその指を下ろさせた。指切りをしてしまったら約束を交わしたことになり、彼女と付き合うことになってしまう。
「……それ、恋人じゃなくて友達で良くない?」
私は恋人にはなりたくないという意思を込めて、至極真っ当な答えだと思われるものを口にする。でも、柴田さんは私の言葉を受け入れなかった。
「良くない。何もしないけど、恋人になって欲しい」
「柴田さん、自分がめちゃくちゃなこと言ってるってわかってる?」
「めちゃくちゃじゃないよ。好きな人と付き合いたいって普通でしょ」
確かに、好きな人と付き合いたいという欲求はめちゃくちゃなものではない。そこは、間違っていない。けれど、私は柴田さんのことを好きなわけでもないし、付き合いたいわけでもない。
彼女から、私の気持ちが抜け落ちているということが問題なのだ。そこを理解して欲しいが、柴田さんには理解するつもりがないようだった。
私は、柴田さんにわかるようにわざとらしくため息をついた。
理解するつもりがない人に、自分の気持ちを理解してもらえる方法。
それを探さなければと思考を巡らせていると、彼女が言った。
「毎日一緒に帰って、寄り道して。それくらいのことだから、他の人から見たら友達にしか見えないと思う。だから、鈴木さんには迷惑かけない」
もうすでに迷惑がかかっている。
そう言いかけて、止める。
多分、彼女に言っても伝わらない。
やっぱり、柴田さんは苦手なタイプだ。
けれど、苦手な人に苦手だと言うのは難しい。言える人もいることはわかるけれど、私には出来そうにない。
「それ、友達と何が違うのかどうしてもわかんないんだけど」
私が今出来そうなこと。それは、やんわりと恋人になることを否定することだった。
「私の中では違うの。鈴木さんに好きな人が出来るまででもいい。それまででいいから、私と付き合って」
熱烈な愛情が感じられる物言いではない。どちらかと言えば、淡々としていた。でも、柴田さんの瞳には熱がこもっていた。
茜色だった教室は夜に近づき、空には闇色が混じっている。
ブラウスから伸びる柴田さんの白い腕。
少しだけ緩められたネクタイ。
額に汗をかいている私。
教室が暑いわけではないのに、手のひらも湿っていた。
柴田さんの熱が伝染したみたいで、居心地が悪かった。
「……なんで、そこまで私に固執するの?」
話を聞けば、彼女の勢いに流されてしまうことは予想できた。私の悪い癖だ。話を聞けば聞くほど、断れなくなる。これまでに何度も、つまらないことを押しつけられてきている。今だって、柴田さんの勢いに押されて、ここまで話を聞いてしまった。
それでも、彼女に聞いてみたかった。
「好きだから」
返ってきたのは、単純な答え。
柴田さんの言葉は、理解しやすくて理解しにくい。
好きにはなれそうにないと思う。
でも、嫌いではない。
「デートは、美味しいケーキがあるお店にするから」
「それ、いま関係ある?」
「鈴木さん、スイーツ系のお店一人で行くの苦手でしょ? 一緒に行く友達もいないみたいだし」
「……よく知ってるね」
「好きな人のことだから」
柴田さんがさらりと言う。
甘い物が好きだけれど、一人ではお店に入れない。
休み時間を一緒に過ごす友達はいるけれど、一緒に寄り道をして帰るような友達はいない。いつから私を観察していたのか知らないが、柴田さんの言うことに間違いはなかった。
「鈴木さんが行きたいお店、一緒に行こうよ」
彼女が私を恋人だと言っても、私が彼女のことを友達だと思っていれば問題ないんじゃないか。
そんな考えが頭に浮かぶ。
きっと、心の中までは見えない。
私は一つにまとめてはいるけれど、長くなって少しばかり鬱陶しい髪に触れた。
断ることが苦手な私がこのまま話続けても、彼女の告白を断ることはできない。それは、自信がある。
私の心が折れるのは、新聞屋の朝より早かった。
「食べ歩き、付き合ってもらうからね」
彼女の言う恋人なら、付き合ったところでごっこ遊びみたいなものだ。きっと、おそらく、たぶん、恋人同士になっても問題がない。
「鈴木晶」
唐突に名前を呼ばれる。
「なに?」
「鈴木晶は、今日から柴田鈴の恋人ね」
柴田さんが楽しそうに宣言する。
「うん、まあ、そういうことで」
曖昧に笑ってそう言うと、柴田さんは満面の笑みを私に向けた。
「じゃあ、早速デートしようよ」
「今から? あまり帰るの遅くなると怒られるんだけど」
「一緒に帰るだけでもデートでしょ」
弾む声で柴田さんが言った。
そうだね、と返すと、柴田さんが私に背を向ける。彼女が机の上から鞄を手に取ると、柴田さんの肩に付くか付かないかくらいの髪が嬉しそうにぴょんと跳ねた。
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