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放課後と寄り道
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始業式が楽しみだと思ったことは、今まで一度もない。もちろん、今日もそれほど楽しみにはしていなかった。
かといって、鈴に会いたくないというわけでもない。恋人になってくれと彼女に伝えるくらいの気持ちがあるし、会いたいとは思う。でも、曖昧になりつつあった関係を明瞭化したところで、思いが重なったわけじゃなかったから、どことなく浮かない気持ちを持て余していた。
こんなことなら、鈴の登校時間にあわせていたときのように、ホームルームが始まるギリギリの時間に教室へ入れば良かったと思う。
今は『おはよう』の一言で関係を繋がなくても、関わりが切れてしまうことはない。だから、二学期の終わりよりも少し早めに家を出たはずなのに、久々の学校は落ち着かない。
煮え切らない私に同意するように、教室は半分が明るい声、半分が倦怠感の混じった声で埋まっている。
鈴はいつもと同じく、まだ学校に来ていない。私は鞄の中から本を一冊取りだして、ページをめくる。
「鈴木さん、おはよ」
数ページも進まないうちに名前を呼ばれて顔を上げると、マスク姿の藤原さんが立っていた。
「おはよう。……風邪?」
「こたつでうたた寝してたら、風邪ひいた。授業あるから、休みたかったんだけどね。熱下がったし、親に家を追い出されて仕方なく学校に来た」
くしゃみをしながら、私の一つ前の席に着く。
「なんで、始業式の日に授業あるんだろうね。ない学校の方が多いでしょ」
「だよね。今日、授業やるとか鬼だよ。鬼! 始業式の日は、それだけで終わるべきでしょ」
マスクを吹き飛ばす勢いで藤原さんが言って、またくしゃみをする。彼女ほど熱く語るつもりはないけれど、私も三学期初日に授業を付け加えるのは歓迎できない。親切丁寧に用意された授業を受けなければいけないと思うと、なけなしのやる気が行方不明になってしまう。
藤原さんも同じ気持ちのようで、二人同時に、はあ、とため息をつく。窓の外を見ると、そんな私たちをたしなめるように太陽が輝いていた。
「そうだ。三日に初詣行ったんだけど、奥井さんに会ったよ。鈴木さん、仲良かったよね?」
「奥井って、奥井菜都乃?」
ご機嫌な日の光が差し込む窓際、藤原さんが口にした名前に体がかたくなる。
「そうそう、鈴木さんといつも一緒にいた子。声かけられて、鈴木さん元気かって聞かれたんだけど、最近会ってないの?」
「卒業してから会ってないかな。……元気だった?」
三学期、始業式の日。
今日のように、明るさとけだるさが混じり合った教室で、私と菜都乃の関係が変わった。卒業してからは、会うどころか連絡もしていない。
「元気そうだったよ。というか、めちゃくちゃ元気だったんだけど。昔は、どっちかって言うと大人しいイメージじゃなかった? 体育の時、ほとんど喋らないし」
中学は同じだったけれど、同じクラスになったことのない藤原さんとは体育の授業が一緒だった。ただそれだけの接点で藤原さんは友人という位置に落ち着いていたけれど、菜都乃とはそれほど親しくなかったはずだ。それでも、彼女が持っている菜都乃のイメージは正しい。
「中学の頃は、人見知りだったから。今は、そんなに明るい感じなんだ?」
「人見知りって感じじゃなくなってたかな。気になるなら、連絡してみれば?」
菜都乃とメッセージを交換するためにインストールしたアプリは、卒業と同時に削除してしまったけれど、電話番号はスマートフォンに登録されたままだ。でも、その連絡先が未だに生きているのかは知らない。そして、電話が繋がるかどうか試してみようとも思えなかった。
私は、藤原さんに「うん」とも「ううん」とも取れる返事をしてから、開きっぱなしだった文庫本を閉じる。
「お正月に戻りたい。冬休み、短すぎる」
遺言のように言い残して、私は机に突っ伏す。おでこに本がぺたりとくっつき、紙の匂いが鼻をかすめた。
「私は、戻るならクリスマスまで戻りたいかなー。クリスマスパーティー、面白かったし。来年もいっ――」
いっ?
藤原さんが不自然に区切った言葉の続きは、三秒待っても、四秒待っても聞こえてこない。消息を絶った言葉の行方が気になって顔を上げると、机の横に鈴が立っていた。時計を見れば、彼女がいつも登校してくる時間より十分近く早い。
「おはよう」
爽やかとは言い難い挨拶が聞こえてくる。
真冬に真夏日がやってきた。
それくらいの出来事に、私の思考が一時停止する。
「おはよう」
晴れやかな朝とはかけ離れた調子の挨拶がもう一度聞こえてきて、私は慌てて「おはよう」と返す。そして、疑問を一つ口にした。
「今日、どうしたの?」
「挨拶するのに理由がいるの?」
「いらないけど」
「じゃあ、そんな不思議そうな顔しないでよ」
鈴がくるりと背を向ける。薄い鞄を見ると、ピンクのキーホルダーがまだ付いていた。けれど、その隣には猫のキーホルダーが揺れていた。それは、二人で行った雑貨屋で、鈴の犬が好きだという言葉に反抗するように買ったマグカップの猫に似ているような気がする。
ピンクのキーホルダーが付いていることは、予想していた。
猫のキーホルダーが付いていることは、予想していなかった。
予想していたことと、予想していなかったことが同時に起こって、嬉しいけれど素直に喜べない。
あのとき、私も犬が好きだと答えていたら、犬のキーホルダーが付けられていたのかな、なんて余計なことが気になる。どうせなら、犬のキーホルダーが見たかったと考えたところで、藤田さんが身を乗り出してくる。
「柴田さん、どうしたの? 休み中、なんかあった?」
鈴が席に着くと同時に向けられたのは好奇心に満ちた目で、私はたじろぐ。
「何もない、かな」
「えー、なんかあったでしょ? 今まで柴田さんから挨拶してきたことなんて、一度もなかったし」
「挨拶ぐらいするでしょ」
「そんなこと言いながら、鈴木さん驚いてたじゃん。まあ、突然、柴田さんがこっち来たから私も驚いたけど。……で、何があったの?」
「何もないって」
面白いおもちゃを見つけたとばかりに、藤原さんが食い下がってくる。どうしたら彼女の関心をそらすことが出来るだろうかと、教室をぐるりと見回す。すると、視界の端に天の助けが映った。
「おっはよー。朝から楽しそうだけど、何か良いことでもあった?」
脳天気な平野さんの声が降ってきて、藤原さんの興味が彼女に移る。
「柴田さんがおはようって言った」
「へ? なにそれ」
「それがね――」
二人の話が盛り上がりかけた頃、柴田さん談義を強制終了させるチャイムが鳴って、私はほっと胸を撫で下ろした。
先生が少し遅れてやってきて、ホームルームを手早く終わらせる。体育館に移動すると、今日のメインイベントが始まる。校長先生の話は長かったけれど、始業式はそれほど長い時間かからなかった。
退屈な授業の大半は、記憶の海に沈めておきたかった菜都乃といつもとは違う鈴のことを考えていた。
菜都乃は、長く会わなかった間に私の知らない菜都乃になっている。きっと、私も菜都乃の知らない私になっていて、彼女が見たら驚くかもしれない。
鈴だって、私が知っていた“柴田さん”とはまったく違う。“柴田さん”は、悪気なく無遠慮なところがあって、クラスの女子とはわかりやすく距離がある存在だった。私にも、彼女は素直というより言葉をオブラートに包むという優しさを持ち合わせていないタイプに見えていたから、積極的に関わりたいとは思っていなかった。
あれから、“柴田さん”が鈴になって、その印象は随分と変わった。
気持ちを偽ってはいたけれど、飾ることもなく、気取ることもない鈴は、人よりも不器用なんだと思う。真っ直ぐすぎて、曲がることが出来なかったように見える。
愛想なんて持ち合わせていないくせに、突然、自分の方から私に挨拶してくるくらい物事を上手く処理できない。雪花ちゃんや先輩のことを考えるといい人だと言えないけれど、悪い人だとも思えなかった。
変わらないと思っていても、私たちはこれからも変わっていく。
いつか菜都乃と昔みたいに話せるようになるかもしれないし、鈴がピンクのキーホルダーを外す日が来るかもしれない。もしかすると、猫のキーホルダーが外されてしまう日が来るかもしれないけれど。
さして面白くもない授業がいつか終わるように、鈴との関係が終わってしまうなんてことは考えたくはない。
変わるなら私にとって良い方向がいいなと思う。でも、私にとっての良い方向は誰かにとっての悪い方向かもしれなくて、少し心が重くなる。
窓の外を見れば、薄く伸びた雲に落書きをされた空が広がっている。
穏やかな午後。
教室は、お経のような先生の声と生暖かい空気で満たされていて、平和を絵に描いたような空間を作り出していた。教科書に視線を落とすと、今日の授業がすべて終わったことを告げるチャイムが鳴る。私たちは担任の先生のありがたい話を聞いて、ようやく三学期初日というイベントから解放される。
「藤原、鈴木さん、かえろー」
教室から先生が出て行くと、すぐに平野さんがやってくる。けれど、藤原さんが返事をする前に予想外の場所から声が聞こえてきた。
「藤原さんと平野さん、ちょっといい?」
私の斜め後ろ、振り返ると鈴がいた。藤原さんが好奇心しかない目をしながら、「いいけど」と答える。
「今日、一緒に帰ってもいい?」
「え?」
声を上げたのは、藤原さんでも、平野さんでもなく私だった。でも、振り向くと二人も口が半分ほど開いていた。
「今日は、三人一緒に帰らないの?」
「帰るけど、柴田さんも一緒に帰るの?」
平野さんが信じられないといった様子で尋ねる。
「一緒に帰ってもいいなら。二人は、晶とどこまで一緒に帰るの?」
「バス停までだけど」
コートを手にした藤原さんが答えた。
「じゃあ、そこまで」
にこりともせずに鈴が言って、四人で教室を出る。
喋っているよりも長い沈黙とともに、騒がしい廊下を歩く。
相変わらず、鈴が何を考えているかわからない。けれど、彼女が変わろうとしていることは確かだった。
かといって、鈴に会いたくないというわけでもない。恋人になってくれと彼女に伝えるくらいの気持ちがあるし、会いたいとは思う。でも、曖昧になりつつあった関係を明瞭化したところで、思いが重なったわけじゃなかったから、どことなく浮かない気持ちを持て余していた。
こんなことなら、鈴の登校時間にあわせていたときのように、ホームルームが始まるギリギリの時間に教室へ入れば良かったと思う。
今は『おはよう』の一言で関係を繋がなくても、関わりが切れてしまうことはない。だから、二学期の終わりよりも少し早めに家を出たはずなのに、久々の学校は落ち着かない。
煮え切らない私に同意するように、教室は半分が明るい声、半分が倦怠感の混じった声で埋まっている。
鈴はいつもと同じく、まだ学校に来ていない。私は鞄の中から本を一冊取りだして、ページをめくる。
「鈴木さん、おはよ」
数ページも進まないうちに名前を呼ばれて顔を上げると、マスク姿の藤原さんが立っていた。
「おはよう。……風邪?」
「こたつでうたた寝してたら、風邪ひいた。授業あるから、休みたかったんだけどね。熱下がったし、親に家を追い出されて仕方なく学校に来た」
くしゃみをしながら、私の一つ前の席に着く。
「なんで、始業式の日に授業あるんだろうね。ない学校の方が多いでしょ」
「だよね。今日、授業やるとか鬼だよ。鬼! 始業式の日は、それだけで終わるべきでしょ」
マスクを吹き飛ばす勢いで藤原さんが言って、またくしゃみをする。彼女ほど熱く語るつもりはないけれど、私も三学期初日に授業を付け加えるのは歓迎できない。親切丁寧に用意された授業を受けなければいけないと思うと、なけなしのやる気が行方不明になってしまう。
藤原さんも同じ気持ちのようで、二人同時に、はあ、とため息をつく。窓の外を見ると、そんな私たちをたしなめるように太陽が輝いていた。
「そうだ。三日に初詣行ったんだけど、奥井さんに会ったよ。鈴木さん、仲良かったよね?」
「奥井って、奥井菜都乃?」
ご機嫌な日の光が差し込む窓際、藤原さんが口にした名前に体がかたくなる。
「そうそう、鈴木さんといつも一緒にいた子。声かけられて、鈴木さん元気かって聞かれたんだけど、最近会ってないの?」
「卒業してから会ってないかな。……元気だった?」
三学期、始業式の日。
今日のように、明るさとけだるさが混じり合った教室で、私と菜都乃の関係が変わった。卒業してからは、会うどころか連絡もしていない。
「元気そうだったよ。というか、めちゃくちゃ元気だったんだけど。昔は、どっちかって言うと大人しいイメージじゃなかった? 体育の時、ほとんど喋らないし」
中学は同じだったけれど、同じクラスになったことのない藤原さんとは体育の授業が一緒だった。ただそれだけの接点で藤原さんは友人という位置に落ち着いていたけれど、菜都乃とはそれほど親しくなかったはずだ。それでも、彼女が持っている菜都乃のイメージは正しい。
「中学の頃は、人見知りだったから。今は、そんなに明るい感じなんだ?」
「人見知りって感じじゃなくなってたかな。気になるなら、連絡してみれば?」
菜都乃とメッセージを交換するためにインストールしたアプリは、卒業と同時に削除してしまったけれど、電話番号はスマートフォンに登録されたままだ。でも、その連絡先が未だに生きているのかは知らない。そして、電話が繋がるかどうか試してみようとも思えなかった。
私は、藤原さんに「うん」とも「ううん」とも取れる返事をしてから、開きっぱなしだった文庫本を閉じる。
「お正月に戻りたい。冬休み、短すぎる」
遺言のように言い残して、私は机に突っ伏す。おでこに本がぺたりとくっつき、紙の匂いが鼻をかすめた。
「私は、戻るならクリスマスまで戻りたいかなー。クリスマスパーティー、面白かったし。来年もいっ――」
いっ?
藤原さんが不自然に区切った言葉の続きは、三秒待っても、四秒待っても聞こえてこない。消息を絶った言葉の行方が気になって顔を上げると、机の横に鈴が立っていた。時計を見れば、彼女がいつも登校してくる時間より十分近く早い。
「おはよう」
爽やかとは言い難い挨拶が聞こえてくる。
真冬に真夏日がやってきた。
それくらいの出来事に、私の思考が一時停止する。
「おはよう」
晴れやかな朝とはかけ離れた調子の挨拶がもう一度聞こえてきて、私は慌てて「おはよう」と返す。そして、疑問を一つ口にした。
「今日、どうしたの?」
「挨拶するのに理由がいるの?」
「いらないけど」
「じゃあ、そんな不思議そうな顔しないでよ」
鈴がくるりと背を向ける。薄い鞄を見ると、ピンクのキーホルダーがまだ付いていた。けれど、その隣には猫のキーホルダーが揺れていた。それは、二人で行った雑貨屋で、鈴の犬が好きだという言葉に反抗するように買ったマグカップの猫に似ているような気がする。
ピンクのキーホルダーが付いていることは、予想していた。
猫のキーホルダーが付いていることは、予想していなかった。
予想していたことと、予想していなかったことが同時に起こって、嬉しいけれど素直に喜べない。
あのとき、私も犬が好きだと答えていたら、犬のキーホルダーが付けられていたのかな、なんて余計なことが気になる。どうせなら、犬のキーホルダーが見たかったと考えたところで、藤田さんが身を乗り出してくる。
「柴田さん、どうしたの? 休み中、なんかあった?」
鈴が席に着くと同時に向けられたのは好奇心に満ちた目で、私はたじろぐ。
「何もない、かな」
「えー、なんかあったでしょ? 今まで柴田さんから挨拶してきたことなんて、一度もなかったし」
「挨拶ぐらいするでしょ」
「そんなこと言いながら、鈴木さん驚いてたじゃん。まあ、突然、柴田さんがこっち来たから私も驚いたけど。……で、何があったの?」
「何もないって」
面白いおもちゃを見つけたとばかりに、藤原さんが食い下がってくる。どうしたら彼女の関心をそらすことが出来るだろうかと、教室をぐるりと見回す。すると、視界の端に天の助けが映った。
「おっはよー。朝から楽しそうだけど、何か良いことでもあった?」
脳天気な平野さんの声が降ってきて、藤原さんの興味が彼女に移る。
「柴田さんがおはようって言った」
「へ? なにそれ」
「それがね――」
二人の話が盛り上がりかけた頃、柴田さん談義を強制終了させるチャイムが鳴って、私はほっと胸を撫で下ろした。
先生が少し遅れてやってきて、ホームルームを手早く終わらせる。体育館に移動すると、今日のメインイベントが始まる。校長先生の話は長かったけれど、始業式はそれほど長い時間かからなかった。
退屈な授業の大半は、記憶の海に沈めておきたかった菜都乃といつもとは違う鈴のことを考えていた。
菜都乃は、長く会わなかった間に私の知らない菜都乃になっている。きっと、私も菜都乃の知らない私になっていて、彼女が見たら驚くかもしれない。
鈴だって、私が知っていた“柴田さん”とはまったく違う。“柴田さん”は、悪気なく無遠慮なところがあって、クラスの女子とはわかりやすく距離がある存在だった。私にも、彼女は素直というより言葉をオブラートに包むという優しさを持ち合わせていないタイプに見えていたから、積極的に関わりたいとは思っていなかった。
あれから、“柴田さん”が鈴になって、その印象は随分と変わった。
気持ちを偽ってはいたけれど、飾ることもなく、気取ることもない鈴は、人よりも不器用なんだと思う。真っ直ぐすぎて、曲がることが出来なかったように見える。
愛想なんて持ち合わせていないくせに、突然、自分の方から私に挨拶してくるくらい物事を上手く処理できない。雪花ちゃんや先輩のことを考えるといい人だと言えないけれど、悪い人だとも思えなかった。
変わらないと思っていても、私たちはこれからも変わっていく。
いつか菜都乃と昔みたいに話せるようになるかもしれないし、鈴がピンクのキーホルダーを外す日が来るかもしれない。もしかすると、猫のキーホルダーが外されてしまう日が来るかもしれないけれど。
さして面白くもない授業がいつか終わるように、鈴との関係が終わってしまうなんてことは考えたくはない。
変わるなら私にとって良い方向がいいなと思う。でも、私にとっての良い方向は誰かにとっての悪い方向かもしれなくて、少し心が重くなる。
窓の外を見れば、薄く伸びた雲に落書きをされた空が広がっている。
穏やかな午後。
教室は、お経のような先生の声と生暖かい空気で満たされていて、平和を絵に描いたような空間を作り出していた。教科書に視線を落とすと、今日の授業がすべて終わったことを告げるチャイムが鳴る。私たちは担任の先生のありがたい話を聞いて、ようやく三学期初日というイベントから解放される。
「藤原、鈴木さん、かえろー」
教室から先生が出て行くと、すぐに平野さんがやってくる。けれど、藤原さんが返事をする前に予想外の場所から声が聞こえてきた。
「藤原さんと平野さん、ちょっといい?」
私の斜め後ろ、振り返ると鈴がいた。藤原さんが好奇心しかない目をしながら、「いいけど」と答える。
「今日、一緒に帰ってもいい?」
「え?」
声を上げたのは、藤原さんでも、平野さんでもなく私だった。でも、振り向くと二人も口が半分ほど開いていた。
「今日は、三人一緒に帰らないの?」
「帰るけど、柴田さんも一緒に帰るの?」
平野さんが信じられないといった様子で尋ねる。
「一緒に帰ってもいいなら。二人は、晶とどこまで一緒に帰るの?」
「バス停までだけど」
コートを手にした藤原さんが答えた。
「じゃあ、そこまで」
にこりともせずに鈴が言って、四人で教室を出る。
喋っているよりも長い沈黙とともに、騒がしい廊下を歩く。
相変わらず、鈴が何を考えているかわからない。けれど、彼女が変わろうとしていることは確かだった。
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