恋だけがそれを知っている

羽田宇佐

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放課後と寄り道

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 ぎこちない空気を背負ったまま、靴を履き替える。自転車置き場へ向かった平野さんを待ってから、私たちは足並みを揃えて校門を通り過ぎる

「藤原。風邪、早く治さないと」

 くしゅん、とくしゃみが聞こえて、平野さんが言った。
 バス停へと続く歩道は広いけれど、四人並んで歩くほどの幅はない。自転車を押して歩く平野さんもいるから、必然的に二人ずつに分かれることになる。

「治さずに休む」

 平野さんの隣で、藤原さんが力強く断言する。

「いやいやいや。早く治して」
「なんで?」
「スキー! もうすぐ修学旅行! 楽しみじゃないの?」
「あー。今月、修学旅行か。どうせならディズニーランドとか、ユニバーサルスタジオとかそういうところが良かった。県内でスキー行くところ、うちくらいでしょ」
「ええー、スキーいいじゃん。鈴木さんもスキーしたいよね?」

 平野さんがくるりと振り向いて、期待に満ちた目で私を見た。
 国内なら、スキー以外にも選択肢があるはずだ。学校によっては、海外に修学旅行へ行くところだってある。だから、寒い時期にわざわざ寒い場所へ行く理由がわからない。
 鈴と修学旅行へ行くということ自体は楽しみにしたい気持ちもあるけれど、スキーは気乗りがしなかった。

「んー。私も、他のところが良かったかな。寒いの苦手だし」

 大きく一歩踏み出して、空を見上げる。雪は降っていないけれど、目の端に映った太陽には冬の乾いた空気を暖めるほどの力はない。スキーが出来るような場所に行けば、太陽は今よりももっと役に立たなくて、今日よりも寒いということは簡単に想像できた。

「柴田さんは?」

 未練がましくというよりは、恐る恐るといった様子で平野さんが尋ねる。

「寒いの嫌いだし、スキーも嫌い。休みたい」

 冬の風ほどは冷たくないけれど、ぶっきらぼうに鈴が答えて会話が途切れる。車道を走るバイクのエンジン音が響いて、消えかけた会話を繋ぐように藤原さんが平野さんの背中をばんっと叩いた。

「三対一で平野の負けね。一人で行ってきて」
「そういうものじゃないから、修学旅行。みんな行くの!」
「何が楽しくて、修学旅行にスキー行かなきゃいけないの。もっと暖かい時期に観光地でしょ、普通」
「普通じゃないから、いいのに」
「そんなことないと思うけど」

 藤原さんから「ねえ?」と同意を求めるように見られて、私はにこりと笑う。

「楽しくなかったら、平野さんに責任取ってもらうってことで」
「だってさ、平野」
「責任取るから、まかせて!」

 勢いよく言って平野さんが笑って、藤原さんも笑う。
 でも、鈴は笑わない。
 続くのは、ぎこちない会話。
 くるくると回る自転車のタイヤが前をゆく。
 私たちは盛り上がっているようで、空回りしている。

 鈴が私と二人でいるときのように少しくらい笑ってくれたら、会話が上手く回りだしそうだし、藤原さんや平野さんが持っているイメージが変わると思う。クラスメイトが考えているほど、近寄りがたい人間ではないことが伝わるはずだ。

 同時に、私だけが知っている鈴を手放したくないとも思う。実際には私だけが知っているというわけではないのだろうけれど、出来るだけ秘密にしておきたいなんて狭量な考えに囚われる。
 街のざわめきが遠くなりかけた頃、私の視界を占めていた自転車のタイヤが回転を止めた。

「柴田さん、聞いてもいい?」

 平野さんが勢いよく振り向く。

「どうぞ」

 素っ気ない声に、疑問がぶつけられる。

「どうして一緒に帰ろうと思ったの?」
「どうしてって。……三人でなに話してるか知りたかったから」

 今までよりも柔らかな声が聞こえて、ほっとしたように平野さんが自転車を押し始める。うーん、という小さなうなり声の後に言葉が続く。

「なに話してるかかあ」
「そう」
「……藤原。私たち、いつもなに話してたっけ?」
「しょーもないこと。平野のおすすめの曲とか、おすすめの曲とか、おすすめの曲」

 それが全てではないけれど、間違ってはいない日常を藤原さんが口にすると、「ええー」と情けない声が聞こえてきた。

「それ、私が馬鹿みたいじゃん」
「鈴木さん、平野って馬鹿じゃないの?」
「数学はどうにかした方が良いと思う」
「親切に良い曲を教えてあげているというのに。酷い奴らだな」

 そう言うと、平野さんが急に自転車を歩道の端に寄せ、鞄をごぞごぞと漁り始める。

「せっかくだから、柴田さんにもおすすめのCDを」
「平野、あんた今日もCD持ってきてるの?」

 始業式にまでと言いたげな呆れ声に、歯切れの良い「持ってきてる」という言葉が返される。私は呆れることはなかったけれど、尊敬の眼差しを向けたりすることもなく平野さんに声をかけた。

「宣教師の鏡だよね」
「平野さん、布教活動が趣味なんだ」

 鈴の声に、興味がありそうな響きはなかった。でも、平野さんにとってはそんなことは関係ないらしく、鈴の前にCDが何枚か差し出される。

「布教でも趣味でもなくて、ただのおすすめ。CD、聴く?」
「遠慮しとく。音楽、それほど聴かないし」
「そっか。残念」

 気を遣っているのかいないのか。愛想が足りない鈴の言葉に、平野さんがにこりと笑顔を返して信号を指さす。

「私たち、こっちだから」
「平野、青になった。鈴木さん、柴田さん、また明日」

 藤原さんが手を振りながら走り出して、平野さんがその後を追う。慌ただしく去っていく二人に手を振ると、「ばいばーい」と威勢の良い声が聞こえてきて、その背中を見送った。

 道行く人の話し声や、車のエンジン音。

 聞こえてくる音はいくつもあるのに、二人きりになると街が突然静かになったような気がした。

「いつもあんな感じ?」

 視界が開けた歩道をゆっくりと歩く鈴が、私に問いかけてくる。

「まあね」
「楽しい?」
「楽しいよ」

 ふーん、と気のない返事が聞こえて、少し歩くスピードが上がる。薄い鞄が揺れる。イルカと猫のキーホルダーがぶつかり合って、かちゃかちゃと小さな音が聞こえた。
 藤原さんと平野さんと一緒に帰りたいと言い出したのは鈴のはずなのに、二人のことには触れない。私たちは、くだらない話をしながら駅に向かう。

「鈴、一つ聞いてもいい?」

 声をかけると、歩調が緩む。

「一つならね」
「電話番号、教えて。話したいことあるから」

 メールで事足りるからと、今まで聞かずにいたことを口にする。私のスマートフォンに詰まっているのは、今は連絡を取らなくなった友達の番号ばかりで鈴の電話番号はどこにもない。

「今じゃ駄目なの? 話なら聞くけど」
「今でも明日でもなくて、今日、もう少しゆっくり話したい」

 駅が見えてきて、鈴が足を止めた。
 鞄からスマートフォンを取り出して、何かを打ち込む。
 鈴は何も言わなかったけれど、鞄の中で私のスマートフォンがメールの着信を知らせる。

「じゃあね」

 メールを確認する前に、鈴が手を振って改札に消えていく。
 スマートフォンを取り出せば、メールが一通。
 そこには、彼女の電話番号が書かれていた。

 家に帰ってからは、昨日よりも少しだけ重いような気がするスマートフォンと何度もにらめっこをすることになった。

 夕飯の前と後。
 お風呂の前と後。

 いつ鈴に電話をしようかと散々迷ってから、十時を過ぎる前に登録したばかりの電話番号を活用することを決める。
 机の上のマグカップから、お茶を飲む。
 座り直して電話をかけると、四回目の呼び出し音がなる前にスマートフォンから鈴の声が聞こえてきた。

「話したいことって?」
「今日のこと、聞きたくて。朝のこととか、四人で帰ろうって言ったこととか。全部、今までの鈴とは違うから」

 一気に喋って、鈴の答えを待つ。

「朝も言ったけど、挨拶するのに理由がいるの?」
「いらないけど」
「大体、挨拶くらい誰でもするでしょ。それほどおかしなことでもないと思うけど」
「おかしくはないけど、今まで鈴からおはようって言ってきたこと一度もなかったから」
「そういう日もあるってこと。もういいでしょ」

 ぴしゃりと鈴が言い切って、話を打ち切ろうとする。けれど、疑問は二つ。今、解決したとは言い難いものの、解決したことになった疑問とは別に知りたいことがもう一つある。

「じゃあ、帰りはなんだったの?」

 問いかけると、スマートフォンの向こう側が静かになった。何かしているのかかちかちと硬い音がしてから、鈴の声が聞こえてくる。

「――晶のこと、知りたかったから」

 感情が読めない平坦な言葉の後、誰の曲かは知らないけれど音楽が流れ始める。

「それで、何かわかった?」
「藤原さんと平野さんが、あんなにおしゃべりだなんて知らなかった」
「それ、私のことじゃないんだけど」
「晶の友達のことなんだから、晶のことを知ったみたいなものでしょ」
「……大雑把すぎない?」

 鈴の隣で流れているであろう音楽を遮るように言うと、即座に答えが返ってくる。

「すぎない。どんな人と仲が良いのかとか、そういうことも大事だと思うし。でも、しばらくは四人で帰るのやめとく。すごく疲れた」
「無理しない方がいいよ。藤原さんと平野さんも驚いてたし」

 重苦しい雰囲気を何とかすべく会話の糸口を探し、不自然に言葉を紡いでいた平野さんを思い出して、私は笑う。
 今日、あったことはあまりないことで、ぎこちないながらも面白くはあったし、いつもとは違う鈴が嬉しくもあった。でも、無理をしてまで続けることもない。また、寄り道をしながら二人で帰れば良いと思う。

 私は、冷え切ったお茶を喉に流し込む。
 机にマグカップを置くと、猫のイラストが目に入った。

「そうだ。猫のキーホルダー、いつ買ったの?」

 マグカップの猫を撫でながら尋ねる。

「冬休みが終わるちょっと前」
「犬が好きだって言ってたのに」
「猫、嫌いだとは言ってないでしょ。それとも、クマが良かった?」

 スマートフォンから聞こえてくる言葉に、雑貨屋で見たクマのマグカップと鈴の部屋にあったクマのぬいぐるみが重なる。クマは好きだったけれど、今はそれほどでもない。むしろ、避けたいものになりつつあった。

「猫がいい」

 そう答えてから、言葉を続ける。

「明日、帰りに本屋寄ってもいい? 買いたい本があるから」
「いいよ」

 私は躊躇いのない肯定の言葉を聞いて、ベッドに寝転がった。
 枕に頭を預けて、鈴ともう少し話たいなんて思う。けれど、何を話せばいいのかわからなくて、「話はこれだけ」と彼女に伝えた。

「じゃあ、切るね」

 鈴がやっぱり躊躇いなく言うから、電話を切られる前に約束を果たしてもらうことにする。

「一つ忘れてる」
「なに?」
「鈴、好きだよ」

 少しだけ小さな声で伝えると、同じように少しだけ小さな声が返ってくる。

「うん、私も好き」

 決められた言葉が返ってきて、私から電話を切った。
 二人だけの決めごとは、相手も自分も洗脳するみたいなものだと思う。
 スマートフォンを投げ出して、目を閉じる。
 私が鈴を好きになったみたいに、鈴も私を好きになればいいのになんて考えが浮かんですぐに消えた。
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