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猫編集部には猫がいる
第2話 私が思ってたのと違う
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職場には猫がいる。
むしろ、猫しかいない。
私、吉井瀬利奈は確かに、間違いなく、そう聞いた。
けれど、初めて“猫編集部”にやってきた私の周りには猫がいない。かわりに、おじさん一人と美人二人の計三人の人間がいる。
暖かな春の午後、制服のままダッシュで猫編集部にやってきたのに、猫がいないなんてありえない。
青春まっただ中、高校二年生の貴重な時間を割いてアルバイトをする理由は猫がいるからだ。
話が違う。
私は、小さくため息をつく。
猫がいないアルバイト先なんて、カルビ抜きの焼肉みたいなもので味気ない。
私は握っていたボールペンを放り出し、思いっきり机に突っ伏す。やる気が七十五パーセントほど削られているから、何もできそうにない。
「おい、人間。ちゃんと働け」
べったりと机に顔を付けていると、斜め前に座っている四十代半ばくらいのおじさんこと、タロウ編集長の不満そうな声が飛んでくる。ついでにぽこんと何かが頭に当たって、私はのろのろと顔を上げた。
「働いてますって」
「働いてないだろうが。サボってるの、見えてるぞ。お前の仕事は本作りの手伝いで、机に突っ伏すことじゃないからな」
「だって、猫がいないじゃないですか。タロウ編集長、猫だらけの職場だって言ったのに」
「猫ならいるぞ、三匹も」
「いるのは、三人じゃないですか」
私は、猫編集部を見回す。
二十畳くらいの室内、目に入るのはやっぱりおじさん一人と美人が二人。
机は、一人分多くて五つある。
あとは本棚やホワイトボードといった家具や備品のようなものがいくつかあるだけ。部屋に対して人間が少ないし、置いてあるものも少ない。無意味にできた広いスペースには、ボールだとか、箱だとかが無造作に転がっている。
働く場所より、余白というか、余剰な空間が多くて殺風景にも見える猫編集部は不自然な点もあるが、編集部というものはこんなものなのかもしれない。……よくわからないけれど。
何故なら私はただの高校生で、本を作ったこともなければ、編集部なるもので働いたこともないから、一般的な編集部がどういうものかわからないのだ。
ただ、見える範囲に猫という生き物がいないことはわかる。
「三人に見えても、三匹だ」
「そうかもしれないですけど、こんなのいないも同然ですよ。猫に囲まれて仕事ができると思ったのに、話が違います」
私は文句を言いつつ、机の横に置いてあるゴミ箱にタロウ編集長が投げたであろう紙くずを捨てる。
「話は違ってないからな。どこからどう見ても、猫だらけだろ。この編集部」
確かに猫はいる。
三人は三匹で、三匹は三人。
猫が住む猫の国にある編集部なのだから、ここにいるのは私以外は全員猫だ。ただ、みんな人間に変身している。
「そうですけど、そうですけど。私が思ってたのと、違うんですよおっ」
私は人間に見える猫と仕事がしたかったわけではなく、猫に見える猫と仕事がしたかった。
モフモフだったり、ふわふわだったり、ツヤツヤだったり。
にゃーにゃーにゃーにゃー言ってる猫と働きたかった。
私は悲しみのあまり、おでこをごつんと机にぶつける。
痛い。結構、痛い。
でも、いい。
痛みが猫の姿をした生き物がいないという辛い現実を忘れさせてくれる。しかし、すぐにタロウ編集長の声が飛んでくる。
「おい、人間。サボってないで猫に聞き込みにでも行ってこい」
はて、私の仕事は聞き込みだったかなと考える。でも、思い出せない。それもそのはず、私は自分がどんな仕事をするのか聞いていなかった。
いや、待って。
猫に聞き込みって、猫語が理解できないと無理なのではないだろうか。それとも、この国に来れば人間と猫がお喋りできるようになるのだろうか。
「あの、私の仕事って猫への聞き込みなんですか? というか、猫に聞き込みって私にできるんですか?」
頭に浮かんだ疑問を口にする。
「そう言えば、説明していなかったな。人間、お前の仕事は本を作ることと、この国と人間の世界の猫に聞き込みをすることだ。とりあえず、外に人間になっていない猫がいるから、この国で聞き込みしてこい」
「聞き込みは良いんですけど、私、猫語できませんよ?」
「乙女を通訳として使え。人間の姿をしていても、元が猫だから言葉がわかる。編集部の奴らを使ってもいいぞ」
私はタロウ編集長の言葉から、人間は猫語を理解できないことを知る。そして、さらに頭に疑問に浮かぶ。
「乙女と一緒に聞き込みをするのはすごく楽しそうだし、仕事じゃなくてもやりたいんですけど……。それって、乙女だけで良くないですか? 私が間に入る必要がなさそうなんですが」
私の飼い猫である乙女も、今日からこの編集部で一緒に働くことになっている。彼女はこの猫の国で人間に変身をする訓練をしたらしく、人の姿をして私の隣に座っていた。
私は、乙女を見る。
彼女がいれば猫と意思疎通を図ることができる。
それは理解した。でも、乙女を介して私が猫と会話をするよりも、私と言う間を省いて乙女が直接聞き込みをした方が早い気がする。
「お前がいかなきゃ話にならん。獣使いとしての訓練も含まれてるんだからな」
「あの、その獣使いって何なんですか?」
どうやら私には、“獣使いのすごい才能”があるらしい。
と言っても、詳しいことはまだ聞かされていない。
「動物を魅了する能力だ。お前には、その力がある。しかも、最強レベルだ。お前ならどんな動物も、どんな強情な奴も虜にすることができる。誰だって、お前に協力する。だから、お前を雇ったんだぞ」
「虜!? 猫が私の虜になるんですか?」
素敵ワードが聞こえ、私はタロウ編集長を凝視する。
ついでに、猫耳がぴんっと立つ。
「なるぞ。お前なら、触って撫でることができれば魅了できる」
「やります。今すぐ聞き込みに行ってきます! って、何を聞いてくればいいんですか?」
「とりあえず、猫にその猫しか知らない秘密を聞いてこい。他にやって欲しいこともあるがな」
「わかりました。猫と遊んできます」
そう言うと、私は今すぐ駆け出す勢いで立ち上がり、隣に座っている乙女の腕を取る。
「遊ぶんじゃない。秘密だ! 秘密を聞いてこい」
「まかせてください!」
どんっ、と胸を叩くと、乙女は「リナ、どこ行くの?」と気の抜けた声を出した。
むしろ、猫しかいない。
私、吉井瀬利奈は確かに、間違いなく、そう聞いた。
けれど、初めて“猫編集部”にやってきた私の周りには猫がいない。かわりに、おじさん一人と美人二人の計三人の人間がいる。
暖かな春の午後、制服のままダッシュで猫編集部にやってきたのに、猫がいないなんてありえない。
青春まっただ中、高校二年生の貴重な時間を割いてアルバイトをする理由は猫がいるからだ。
話が違う。
私は、小さくため息をつく。
猫がいないアルバイト先なんて、カルビ抜きの焼肉みたいなもので味気ない。
私は握っていたボールペンを放り出し、思いっきり机に突っ伏す。やる気が七十五パーセントほど削られているから、何もできそうにない。
「おい、人間。ちゃんと働け」
べったりと机に顔を付けていると、斜め前に座っている四十代半ばくらいのおじさんこと、タロウ編集長の不満そうな声が飛んでくる。ついでにぽこんと何かが頭に当たって、私はのろのろと顔を上げた。
「働いてますって」
「働いてないだろうが。サボってるの、見えてるぞ。お前の仕事は本作りの手伝いで、机に突っ伏すことじゃないからな」
「だって、猫がいないじゃないですか。タロウ編集長、猫だらけの職場だって言ったのに」
「猫ならいるぞ、三匹も」
「いるのは、三人じゃないですか」
私は、猫編集部を見回す。
二十畳くらいの室内、目に入るのはやっぱりおじさん一人と美人が二人。
机は、一人分多くて五つある。
あとは本棚やホワイトボードといった家具や備品のようなものがいくつかあるだけ。部屋に対して人間が少ないし、置いてあるものも少ない。無意味にできた広いスペースには、ボールだとか、箱だとかが無造作に転がっている。
働く場所より、余白というか、余剰な空間が多くて殺風景にも見える猫編集部は不自然な点もあるが、編集部というものはこんなものなのかもしれない。……よくわからないけれど。
何故なら私はただの高校生で、本を作ったこともなければ、編集部なるもので働いたこともないから、一般的な編集部がどういうものかわからないのだ。
ただ、見える範囲に猫という生き物がいないことはわかる。
「三人に見えても、三匹だ」
「そうかもしれないですけど、こんなのいないも同然ですよ。猫に囲まれて仕事ができると思ったのに、話が違います」
私は文句を言いつつ、机の横に置いてあるゴミ箱にタロウ編集長が投げたであろう紙くずを捨てる。
「話は違ってないからな。どこからどう見ても、猫だらけだろ。この編集部」
確かに猫はいる。
三人は三匹で、三匹は三人。
猫が住む猫の国にある編集部なのだから、ここにいるのは私以外は全員猫だ。ただ、みんな人間に変身している。
「そうですけど、そうですけど。私が思ってたのと、違うんですよおっ」
私は人間に見える猫と仕事がしたかったわけではなく、猫に見える猫と仕事がしたかった。
モフモフだったり、ふわふわだったり、ツヤツヤだったり。
にゃーにゃーにゃーにゃー言ってる猫と働きたかった。
私は悲しみのあまり、おでこをごつんと机にぶつける。
痛い。結構、痛い。
でも、いい。
痛みが猫の姿をした生き物がいないという辛い現実を忘れさせてくれる。しかし、すぐにタロウ編集長の声が飛んでくる。
「おい、人間。サボってないで猫に聞き込みにでも行ってこい」
はて、私の仕事は聞き込みだったかなと考える。でも、思い出せない。それもそのはず、私は自分がどんな仕事をするのか聞いていなかった。
いや、待って。
猫に聞き込みって、猫語が理解できないと無理なのではないだろうか。それとも、この国に来れば人間と猫がお喋りできるようになるのだろうか。
「あの、私の仕事って猫への聞き込みなんですか? というか、猫に聞き込みって私にできるんですか?」
頭に浮かんだ疑問を口にする。
「そう言えば、説明していなかったな。人間、お前の仕事は本を作ることと、この国と人間の世界の猫に聞き込みをすることだ。とりあえず、外に人間になっていない猫がいるから、この国で聞き込みしてこい」
「聞き込みは良いんですけど、私、猫語できませんよ?」
「乙女を通訳として使え。人間の姿をしていても、元が猫だから言葉がわかる。編集部の奴らを使ってもいいぞ」
私はタロウ編集長の言葉から、人間は猫語を理解できないことを知る。そして、さらに頭に疑問に浮かぶ。
「乙女と一緒に聞き込みをするのはすごく楽しそうだし、仕事じゃなくてもやりたいんですけど……。それって、乙女だけで良くないですか? 私が間に入る必要がなさそうなんですが」
私の飼い猫である乙女も、今日からこの編集部で一緒に働くことになっている。彼女はこの猫の国で人間に変身をする訓練をしたらしく、人の姿をして私の隣に座っていた。
私は、乙女を見る。
彼女がいれば猫と意思疎通を図ることができる。
それは理解した。でも、乙女を介して私が猫と会話をするよりも、私と言う間を省いて乙女が直接聞き込みをした方が早い気がする。
「お前がいかなきゃ話にならん。獣使いとしての訓練も含まれてるんだからな」
「あの、その獣使いって何なんですか?」
どうやら私には、“獣使いのすごい才能”があるらしい。
と言っても、詳しいことはまだ聞かされていない。
「動物を魅了する能力だ。お前には、その力がある。しかも、最強レベルだ。お前ならどんな動物も、どんな強情な奴も虜にすることができる。誰だって、お前に協力する。だから、お前を雇ったんだぞ」
「虜!? 猫が私の虜になるんですか?」
素敵ワードが聞こえ、私はタロウ編集長を凝視する。
ついでに、猫耳がぴんっと立つ。
「なるぞ。お前なら、触って撫でることができれば魅了できる」
「やります。今すぐ聞き込みに行ってきます! って、何を聞いてくればいいんですか?」
「とりあえず、猫にその猫しか知らない秘密を聞いてこい。他にやって欲しいこともあるがな」
「わかりました。猫と遊んできます」
そう言うと、私は今すぐ駆け出す勢いで立ち上がり、隣に座っている乙女の腕を取る。
「遊ぶんじゃない。秘密だ! 秘密を聞いてこい」
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