モフ愛強めの私はまったりもふもふライフを目指す

羽田宇佐

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獣使いの愛は止まらない

第12話 猫編集部は普通じゃない

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「人間、お前をスカウトしたのは、セレネがきっかけだからな」

 タロウ編集長の言葉に、セレネさんが「そうそう」と弾んだ声で相づちを入れる。

「一応、スカウトされるきっかけがあったんですね」
「何もないのに、人間を猫の国まで連れてくるわけがないだろう。今まで会った人間の中で一番撫でるのが上手い人間に会ったとセレネが言っていたから、お前に会いに行ったんだ」
「え? 私、撫でるの上手いんですか?」

 乙女とセレネさんに挟まれた私は、人を圧迫死させるつもりとしか思えない密着度の二人と何とか距離を取り、タロウ編集長を見た。

「上手いわけじゃない。正確には、獣使いの能力で魅了された結果、上手いように感じるだけだ」
「あー、魅了されてる状態があれなんですね。瀬利奈ちゃんがテクニシャンなんだと思ってました」

 セレネさんが感心したように言うと、私の手を取って自分の頭の上に置く。そして、猫を撫でるときのように手を動かした。

「ふむ。人間のときには、魅了が効かないみたいですね」
「獣使いの力を人間相手に使えるなら、こいつはすでにモテまくりだろうし、たくさんの人間を侍らせてるだろうな」
「瀬利奈ちゃん、モテないんだ?」

 あ、それ言っちゃうんですね。

 セレネさんの言葉に思わず「うっ」と声が出るが、「モテまくりではないですね」と事実をオブラートに包んで伝えておく。しかし、私にとっては人間にモテまくる能力よりも人間以外の動物にモテまくる能力の方が魅力的なので、獣使いであることに不満はない。むしろ、喜ばしい。

 ……獣使いの能力を有効活用できていないことが残念だけれど、それは今後に期待したい。

 それにしても、動物に逃げられまくるせいで、自分に動物を魅了する力があるなんて気がつかなかったから、タロウ編集長が私をスカウトしてくれて良かったと思う。おかげで自分の能力を知ることができた。

「まあ、わざわざスカウトした人間がこんなポンコツ獣使いだとは思わなかったけどな。人間、お前を見ていると、俺の力が衰えたんじゃないかと不安になるな」
「俺の力?」

 これ以上ないほど残念そうな顔で私を見るタロウ編集長に問いかける。

「人間の能力を見極める力だ。会えば、その人間にどんな能力があるかわかる」
「あたしは、会ってもわからないけどね」

 セレネさんはそう言うと、からっと晴れた日の太陽みたいに笑った。

「乙女もわかんないの?」
「わかんない。普通はわかんないんじゃない?」

 乙女の言葉に、向かい側で本を読んでいたサカナさんが顔を上げた。

「瀬利奈さんのような能力を持った人間も珍しいんですが、編集長のように能力を感じ取れる猫も珍しいんですよ。簡単に言えば、編集長も変わり者だと言うことですね」
「あー、ここの猫はみんな変わり者なんでしたっけ」

 セレネさんもコテツさんも変わった猫だし、サカナさんも本好きの変な猫だ。もちろん、乙女も。

 そんな編集部の編集長が変わっていないわけがない。
 サカナさんの言葉は説得力を持っていて、私はもっともな話だと納得する。

「あのな、人間。変わり者はお前の方だ。動物に逃げられまくる獣使いなんて前代未聞だ。それに、俺だけじゃないぞ。能力持ちがわかるのは」

 タロウ編集長の言葉に、私の猫耳がぴくりと反応する。

「他にも、タロウ編集長みたいに能力がわかる猫がいるんですか」
「いるが、ここにはいない。というか、俺の力なんてどうでも良いから、さっさと猫を触れるようになってこい」

 山ほど宿題を出された学生のようにうんざりした顔で、タロウ編集長が私を見た。

 言いたいことはわかる。
 私も、さっさと猫を触れるようになりたい。
 でも、まだ猫に近づく方法を編み出せていないのだ。
 このままの状態で外へ出ても、同じことの繰り返しのような気がする。

「どうしたら、猫に近づけますかね」

 しおれた花のように猫耳がぺたんと倒れ、私も机の上にぺたんと倒れ込む。ごつん、とおでこが机にぶつかったけれど気にしない。そんなことよりも、猫に近づけない方が問題だ。

「あたしが猫になって、瀬利奈ちゃんがあたしに近づけば解決しない? そしたら猫に近づいたことになるし、あたしは瀬利奈ちゃんと遊べる! みんな楽しいし、これで行こう!」
「賛成! わたしも遊びたい」

 両脇から、やけに明るい声が聞こえてくる。

 遊んでいる暇はない。

 そう答えるはずだったが、答える間もなく編集部に“ぽんっ”という軽い音が二つ響いて、私の背中に何かが乗る。

「ぐえっ」

 予想していなかった重みに、私は潰れたカエルも驚くような声を上げることになった。

 これ、二匹分の重みだ。
 しかも、じゃれ合っているのか背中の上でばたばたしている。

「おい、こらっ! セレネ、乙女! 人間に戻れ」

 タロウ編集長の怒鳴り声が聞こえ、そろそろと体を起こすと、背中の上の猫たちが軽やかに机の上に降りた。そして、撫でろと催促するようにすり寄ってくる。

 こんな風に猫が寄ってきたら、撫でないなんて選択肢はない。さらに言えば、この状態で撫でないなんて人間ではない。だから、私は二匹を抱きかかえるようにして撫でる。

 殺風景な編集部も猫が二匹もいると、お花畑のように華やかな感じがして心が弾む。二匹が可愛すぎて呼吸困難になりそうだ。
 望んでいたのはこういう状態ではないが、仕方がない。

「他の猫も、乙女とセレネさんみたいに近寄ってきてくれたら良いんだけどなあ」

 私にじゃれつく二匹を見ていると、午前中、猫に逃げられまくったのは夢だったんじゃないかと思えてくる。というか、夢であって欲しい。

 他の猫も、乙女とセレネさんを見習うべきだ。
 いや、この世のすべての動物が見習うべきだ。
 そうすれば、もふもふに囲まれて生きていける。

 私は編集部員二匹をうっとりと見つめ、艶やかな毛の撫で心地を楽しむ。けれど、幸せは長くは続かない。

「ええい、お前ら! ここは遊び場じゃないぞ。人間になって働け」

 編集部に、タロウ編集長の声が響く。
 だが、二匹はにゃーにゃーと楽しそうに鳴いている。

 タロウ編集長が何を言っているか理解しているはずだけれど、働くつもりはないらしい。セレネさんが私の手に顔をこすりつけ、乙女が真似をするようにすり寄ってくる。

 そろそろ働いた方が良いよね。

 そう思うけれど、私の手は条件反射のように猫を撫でてしまう。二匹の要求に応えつつ、それでもどうしたものかと考えていると、サカナさんがのんびりと言った。

「まあまあ、編集長。食休みですよ。食休み」
「休憩はもう終わりだ。働くぞ!」

 勢いよくタロウ編集長が立ち上がり、宣言をする。けれど、その勢いを削ぐように机の上に煮干しが入ったお皿と湯飲みが置かれた。

「お茶とお茶菓子を持ってきました」

 コテツさんが静かに言い、私の机の上にもお茶と煮干しがやってくる。煮干しをお茶菓子と呼ぶことには疑問があったけれど、サカナさんがウキウキとした声で「美味しいから、食べてください」と言うから美味しい物だということは間違いないのだと思う。

「お茶を飲んだら、編集長で練習しましょうか」
「しないぞ!」

 バリバリと煮干しを噛み砕きながらサカナさんが微笑み、タロウ編集長が間髪入れずに否定する。

 けれど、最終的にサカナさんの意見が通り、というか、対編集長兵器の猫じゃらしが活躍して午後はタロウ編集長が私の練習相手になってくれた。もちろん、成果はなかったけれど。

 夕方、逃げ疲れて机の上で猫の姿のままへばっているタロウ編集長を置いて、私と乙女は編集部を後にする。

 二人で廊下をぺたりぺたりと歩く。
 突き当たりにある扉を開けると、ミヨルメントに続く倉庫に出る。そこは乙女が猫に戻らなければいけない場所で、彼女とのお喋りができなくなる場所だ。だから、扉が見えるとちょっと寂しい気持ちになる。

「リナ」

 乙女が急に立ち止まって、私を呼ぶ。

「どうしたの?」
「今日は、邪魔しちゃってごめんね」
「ん?」
「エノ、なんだっけ? 草で猫に近づこうとしたとき」

 しょんぼりとした顔の乙女を見て、午前中、エノコログサを使って猫を釣ろうとしたときのことを思い出す。ゆらりと揺らしたエノコログサに飛びついたのは、野原にいる猫ではなく乙女だった。
 彼女は、あのときのことを反省しているらしい。

「いいよ、気にしなくて。今度はもっと良い作戦考えるから」

 私は慰めるように、乙女の頭をぽんぽんと軽く叩く。すると、その手はぎゅっと彼女に握られた。

「わたしね、リナとお話したかったから編集部で一緒に働くことにしたの」
「そっか。私も乙女と話せたらいいのにって思ってたから、ここでお喋りできるようになって良かった」

 私の飼い猫は、可愛い。
 人間になっても、とても可愛い。
 こんなに可愛いことを言う猫なんて他にいない。

 私は、乙女をむぎゅっと抱きしめる。

「あとね、リナの役に立ちたかったの。リナ、いつも優しくしてくれるし、撫でてくれるからお手伝いしたくて。だから、今度はわたしが猫にお願いしてあげる。触らせてって」

 私よりも少しだけ大きな乙女が、猫のように頭を擦り付けてくる。

「ありがと。自分の力で触れるように頑張るけど、どうしてもダメだったらそのときは手伝ってね」
「わかった! いつでも言ってね」
「うん」

 私は、今にもにゃーんと鳴き出しそうな乙女の髪を撫でる。
 手のひらをくすぐるふわふわの髪は、とても気持ちが良い。できればいつまでも撫でていたいけれど、残念ながらそうはいかない。

 帰りが遅くなると、お母さんが心配する。

 私は腕の中の彼女を解放すると、ミヨルメントへ続く倉庫への扉を開けた。
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