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熊、がおーしまくる
第21話 心頭滅却すれば火もまた涼し
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「熊、あの状態だけど近寄れるの?」
運転席に座ったセレネさんが振り返って私を見る。
「た、たぶん」
人間、気合いだから。気合い!
心頭滅却すれば火もまた涼しって言うし、心を無にすれば大抵のことは解決する。そんな気がする。
「気合いでどうにかできるようには見えないけれど」
後部座席の一番後ろ、アシュリンさんが私の心を読んだかのように言った。
「だ、大丈夫ですって。触ればなんとかなりますし。アシュリンさんだって操れたんだし、熊もイチコロです」
「何のことかしら」
乙女に捕まったアシュリンさんは私に撫でられて、懐いて、デレまくっていた。忘れるはずがない。タロウ編集長だって、セレネさんだって操られたときのことを覚えていた。だから、何のことかわからないということはない。
でも、認めようとしない彼女の様子から私は悟る。
どうやら、アシュリンさんは私に操られていたことを死んでも認めたくないらしい。まあ、認めたくなくても、操られていたことは覚えているようだから、それで良しとしよう。
私は後部座席のドアをガラッと開け、外へ出る。
ついでに、勢いよくバンッとドアを閉めると、熊たちが私を見た。
「フガッ?」
壊れたジープの向こうに熊二頭。
胸が白い方がツキノワグマで、茶色っぽい方がハイイログマ。
ツキノワグマはハンドル、ハイイログマは金属の棒のようなものを持っている。二頭はぎろりとこちらを睨むと、ツキノワグマの方が「ブッフォー」と叫んだ。そして、躊躇いなくハンドルをこちらへ向かって投げる。
「うわっ」
ハンドルが着地したのは随分と前の方だったけれど、思わず大きな声がでる。無意識に後ろへ下がって、ドンッとワゴン車にぶつかって私は慌てて車へ乗り込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。タイム、タイムです」
早速、熊にがおーされた私はガラガラバタンとドアを閉めて、言い訳のようにセレネさんに告げる。
「待たない。無理っぽいから帰るよ」
セレネさんが淡々と言って、車を出そうとする。
「無理じゃないです。ちょっと待って欲しいだけで」
私は手を伸ばして、運転席に座るセレネさんの肩をがしっと掴む。思いっきり力を入れて、がっつりと掴む。
「瀬利奈ちゃん。それ、すっごく痛い」
「じゃあ、待ってください。今すぐ心も頭も滅却しまくって、恐怖をどこかに投げ捨てて熊に立ち向かうので、心の準備をさせてください」
セレネさんの肉をもぐ勢いで肩を掴んでお願いする。だけど、セレネさんは「うん」と言わない。だったら、心の準備は後回しにしてでも車から降りて、もう一度熊に向かっていくしかない。
私はセレネさんの肩から手を離す。
ドアを開けて外へ出ようとすると、今度は私が肩を掴まれた。
「リナ。わたしに任せて」
振り返れば、真剣な眼差し。
乙女が瞬きすることなく、私を見ていた。
「任せてって、どうするつもり?」
「囮になる。急にわたしが近づけば、熊もびっくりすると思うし。そしたら、きっと簡単に触れるよ」
にこりと乙女が笑う。
確かに囮がいれば、一人で触ろうとするより簡単に触れそうな気がする。でも、熊がびっくりするほど近づくなんて危険なことを乙女にさせるわけにはいかない。
「そんなの駄目。乙女はここにいて」
「大丈夫。猫になれば、リナより素早く動けるし」
乙女が自信満々に言って、私を押しのけて外へ出ようとする。けれど、ここから出すわけにはいかない。私は、慌てて背中でドアをガードする。
「セレネさん、乙女をお願いします」
返事は聞かずに、車の外へ飛び出る。そして、乙女が降りてくる前にドアを閉めた。
で、どうする。私。
車から降りたのはいいけれど、ノープランだ。
策があるわけでも、度胸があるわけでもない。
だからと言って、何もしないわけにもいかないから、私は一歩、また一歩と熊に近づいていく。ジープの残骸を迂回し、畑に向かう。
スニーカーから、土の感触が伝わってくる。
ぺたり、ぺたり。
足を進める。
「ブフォオオオオオ!」
熊二頭の一際大きな声が響き、私の足が止まる。
うう、怖い。
怖いけれど、熊を触らずに帰るわけにはいかないのだ。
右足を出して、左足を出す。
「ブフォフォー!」
二頭一緒に威嚇してくる。
鼓膜を揺らす鳴き声に、私の背筋がビッと伸びる。
怖くない、怖くない。
心頭滅却!
私は気合いで足を進める。
熊に近づく、どんどん近づく。
近づいているはずなんだけど、何故か目に見える熊の大きさが変わらなくなっている。
「ん? こっちに来ないどころか、遠ざかってない?」
よく見れば、熊は私が近づいた分だけ後ずさっている。
じわりと寄れば、じわりと下がる。
でも、威嚇は続けている。
「っていうか、怪我してる?」
視線を落とせば、ツキノワグマが足を引きずっている。なんで怪我をしているかはわからないが、手当をした方が良さそうだ。しかも、二頭とも息が荒い。興奮しているというよりは、疲れているように見える。
そして、大事なことが一つ。
よく見ると、熊は可愛い。
丸いお耳に、大きなお鼻。
でっかい手のひら。
ファンシーな生き物ではないけれど、もふもふしていて可愛い。
「……フガ?」
熊の後ずさる速度が気持ち、早まる。
あ、ヤバイ。
逃げられてしまうのでは、これ。
それは困る。
いや、追い払うことでも役目を果たせるけれど、追い払っただけでは駄目なのだ。私がいなくなれば戻ってきて、同じことを繰り返すに違いない。操って、なんで畑を荒らしていたのか聞いて、もう二度と畑を荒らさないように言い聞かせる。それが私の役目だと思っている。
「熊さん、お願いだから逃げないで」
私は懇願するが、熊の逃げ足が速くなっていく。
これ、もう駄目だ。
諦めかけたそのとき、後ろから声が聞こえた。
「リナ、わたしが行く」
振り向けば、そこにはふわふわの髪をなびかせた乙女がいる。
「大丈夫! 熊が逃げちゃう前にわたしがなんとかするから」
私の横を通り過ぎ、乙女が瓶の蓋を開けるような軽快な「ぽんっ」という音とともに猫の姿に戻る。アシュリンさんほどではないにしても、大きな猫が駆けていく。
「だめっ。待って!」
行き先は、どう見ても熊の方で。
彼女は迷うことなく熊に飛びかかろうとしていて。
待って、待って、待って。
私は、彼女を追いかける。
でも、足がもつれて上手く走れない。
「うにゃー!」
熊を呼び止めるように、乙女が鳴く。
二頭の熊が足を止め、大きいけれど小さな猫を見た。
私の願いも空しく、乙女の足が力強く土を蹴る。
「にゃあああっ」
乙女は勇ましく鳴き声を上げると、小さい方の熊、ツキノワグマに飛びかかった。
運転席に座ったセレネさんが振り返って私を見る。
「た、たぶん」
人間、気合いだから。気合い!
心頭滅却すれば火もまた涼しって言うし、心を無にすれば大抵のことは解決する。そんな気がする。
「気合いでどうにかできるようには見えないけれど」
後部座席の一番後ろ、アシュリンさんが私の心を読んだかのように言った。
「だ、大丈夫ですって。触ればなんとかなりますし。アシュリンさんだって操れたんだし、熊もイチコロです」
「何のことかしら」
乙女に捕まったアシュリンさんは私に撫でられて、懐いて、デレまくっていた。忘れるはずがない。タロウ編集長だって、セレネさんだって操られたときのことを覚えていた。だから、何のことかわからないということはない。
でも、認めようとしない彼女の様子から私は悟る。
どうやら、アシュリンさんは私に操られていたことを死んでも認めたくないらしい。まあ、認めたくなくても、操られていたことは覚えているようだから、それで良しとしよう。
私は後部座席のドアをガラッと開け、外へ出る。
ついでに、勢いよくバンッとドアを閉めると、熊たちが私を見た。
「フガッ?」
壊れたジープの向こうに熊二頭。
胸が白い方がツキノワグマで、茶色っぽい方がハイイログマ。
ツキノワグマはハンドル、ハイイログマは金属の棒のようなものを持っている。二頭はぎろりとこちらを睨むと、ツキノワグマの方が「ブッフォー」と叫んだ。そして、躊躇いなくハンドルをこちらへ向かって投げる。
「うわっ」
ハンドルが着地したのは随分と前の方だったけれど、思わず大きな声がでる。無意識に後ろへ下がって、ドンッとワゴン車にぶつかって私は慌てて車へ乗り込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。タイム、タイムです」
早速、熊にがおーされた私はガラガラバタンとドアを閉めて、言い訳のようにセレネさんに告げる。
「待たない。無理っぽいから帰るよ」
セレネさんが淡々と言って、車を出そうとする。
「無理じゃないです。ちょっと待って欲しいだけで」
私は手を伸ばして、運転席に座るセレネさんの肩をがしっと掴む。思いっきり力を入れて、がっつりと掴む。
「瀬利奈ちゃん。それ、すっごく痛い」
「じゃあ、待ってください。今すぐ心も頭も滅却しまくって、恐怖をどこかに投げ捨てて熊に立ち向かうので、心の準備をさせてください」
セレネさんの肉をもぐ勢いで肩を掴んでお願いする。だけど、セレネさんは「うん」と言わない。だったら、心の準備は後回しにしてでも車から降りて、もう一度熊に向かっていくしかない。
私はセレネさんの肩から手を離す。
ドアを開けて外へ出ようとすると、今度は私が肩を掴まれた。
「リナ。わたしに任せて」
振り返れば、真剣な眼差し。
乙女が瞬きすることなく、私を見ていた。
「任せてって、どうするつもり?」
「囮になる。急にわたしが近づけば、熊もびっくりすると思うし。そしたら、きっと簡単に触れるよ」
にこりと乙女が笑う。
確かに囮がいれば、一人で触ろうとするより簡単に触れそうな気がする。でも、熊がびっくりするほど近づくなんて危険なことを乙女にさせるわけにはいかない。
「そんなの駄目。乙女はここにいて」
「大丈夫。猫になれば、リナより素早く動けるし」
乙女が自信満々に言って、私を押しのけて外へ出ようとする。けれど、ここから出すわけにはいかない。私は、慌てて背中でドアをガードする。
「セレネさん、乙女をお願いします」
返事は聞かずに、車の外へ飛び出る。そして、乙女が降りてくる前にドアを閉めた。
で、どうする。私。
車から降りたのはいいけれど、ノープランだ。
策があるわけでも、度胸があるわけでもない。
だからと言って、何もしないわけにもいかないから、私は一歩、また一歩と熊に近づいていく。ジープの残骸を迂回し、畑に向かう。
スニーカーから、土の感触が伝わってくる。
ぺたり、ぺたり。
足を進める。
「ブフォオオオオオ!」
熊二頭の一際大きな声が響き、私の足が止まる。
うう、怖い。
怖いけれど、熊を触らずに帰るわけにはいかないのだ。
右足を出して、左足を出す。
「ブフォフォー!」
二頭一緒に威嚇してくる。
鼓膜を揺らす鳴き声に、私の背筋がビッと伸びる。
怖くない、怖くない。
心頭滅却!
私は気合いで足を進める。
熊に近づく、どんどん近づく。
近づいているはずなんだけど、何故か目に見える熊の大きさが変わらなくなっている。
「ん? こっちに来ないどころか、遠ざかってない?」
よく見れば、熊は私が近づいた分だけ後ずさっている。
じわりと寄れば、じわりと下がる。
でも、威嚇は続けている。
「っていうか、怪我してる?」
視線を落とせば、ツキノワグマが足を引きずっている。なんで怪我をしているかはわからないが、手当をした方が良さそうだ。しかも、二頭とも息が荒い。興奮しているというよりは、疲れているように見える。
そして、大事なことが一つ。
よく見ると、熊は可愛い。
丸いお耳に、大きなお鼻。
でっかい手のひら。
ファンシーな生き物ではないけれど、もふもふしていて可愛い。
「……フガ?」
熊の後ずさる速度が気持ち、早まる。
あ、ヤバイ。
逃げられてしまうのでは、これ。
それは困る。
いや、追い払うことでも役目を果たせるけれど、追い払っただけでは駄目なのだ。私がいなくなれば戻ってきて、同じことを繰り返すに違いない。操って、なんで畑を荒らしていたのか聞いて、もう二度と畑を荒らさないように言い聞かせる。それが私の役目だと思っている。
「熊さん、お願いだから逃げないで」
私は懇願するが、熊の逃げ足が速くなっていく。
これ、もう駄目だ。
諦めかけたそのとき、後ろから声が聞こえた。
「リナ、わたしが行く」
振り向けば、そこにはふわふわの髪をなびかせた乙女がいる。
「大丈夫! 熊が逃げちゃう前にわたしがなんとかするから」
私の横を通り過ぎ、乙女が瓶の蓋を開けるような軽快な「ぽんっ」という音とともに猫の姿に戻る。アシュリンさんほどではないにしても、大きな猫が駆けていく。
「だめっ。待って!」
行き先は、どう見ても熊の方で。
彼女は迷うことなく熊に飛びかかろうとしていて。
待って、待って、待って。
私は、彼女を追いかける。
でも、足がもつれて上手く走れない。
「うにゃー!」
熊を呼び止めるように、乙女が鳴く。
二頭の熊が足を止め、大きいけれど小さな猫を見た。
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