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第5章 神々の宴
14.月神の従者
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堆く積み上げられた芋が、やっと半分くらいまで減ってきた頃、廊下の奥の方から、何やら逆上した様子の老人がのしのしと歩いて来た。
『月神様があんな精霊上がりの神と直接お会いになるとは信じられん。あの落ちぶれ神は、信仰を失って危うく消えかかっていたと言うじゃないか……!』
『これ、口が過ぎるぞ』
隣を歩いている髭面の男が、翁を軽く咎めた。
『あんな男じゃが、少々特別なものでな……』
髭面は扇子を取り出して口に当て、翁に耳打ちした。翁は目を丸くして驚き、掌を顔に当てて落胆しながら続けた。
『本当に月神様の気紛れにも困ったものだ……』
『とにかく、あの神にはあまり目立たぬようにして貰わねばなるまいな』
(……今、月神と言わなかったか?)
俺は思わず芋の皮を剥く手を止めて、二人の会話に聞き入ってしまった。
『こら、勝手に休むな! 皮むきが遅れれば煮込みの時間が足りなくなるんだ!』
俺がついそちらに気を取られていると、監督官に見咎められて、注意されてしまった。
気にはなるが、今はこの場を離れられない。焦らず期を待つしかなかった。
もう一生分の皮剥きをしたんじゃないかと思った後も、俺達は直ぐに信じられない量の煮物を作らされた。
盛り付け、配膳に至る頃には、ここはそういうタイプの地獄なんじゃないかと思える程の激務であった。
魚や肉を担当していた部隊も、心なしか遠い目をしている。
『……長い事料理人やってきたけどよ、こんなに沢山の煮物を作った事は一度も無かったぜ……』
いつも前向きな西原でさえ、燃え尽きて虚な顔をしていた。
広大な宴会場に、数万人分の料理が漆塗りのお膳に乗せられて並んでいる。数的には大きな野球場やドームの観客席全てに配膳するようなものだ。その様子は圧巻だった。
『よし、今夜の料理は間に合った! 片付けは別の者達が行う予定になっている。皆ご苦労だった。本日はこれにて解散とする。明日も遅れない様、時間通りに集合してくれ!』
宇迦様の御使である現場監督は、疲れを感じさせずテキパキと挨拶した。
『俺は宴席の給仕に紛れて様子を探って行くから、西原は先に霊界に戻って休んでいてくれ』
俺が小声でそう告げると、西原は驚いて聞き返した。
『ええ!? まだ働くのか? って、まあそっちが本題だもんな……一人で大丈夫か?』
『ああ。数人で動く方が目立つからな。今日は初日だし、少し様子見したら直ぐ戻るよ』
俺はそう言うと、西原と別れて給仕係の控え室へと向かった。
廊下は大勢が行き交っていたが、料理人や手伝いも数千人単位で立ち働いていたので、誰も顔をいちいち覚えてはいないだろう。
(……とりあえず、これを着れば良さそうだな)
俺は作務衣を脱いで、控え室にかかっていた着物に着替える。すると、廊下の方から聞き覚えのある声がした。
『……何で宝物庫に鍵が掛かっておらんのだ!?』
振り返ると、さっき見かけた爺さんと髭面が何やら揉めていた。
『儀式で使用する道具を出し入れしとったんじゃ仕方なかろう』
『白霧の羽織りは、月神様も大切にしておられるものだ! 何としても盗人を捕らえて取り返せ!』
『しかし、こんな大事な日に騒ぎを起こしてはまずい……』
『では、狛犬達にだけ伝えておけ! 盗人は噛みちぎっても構わんが、羽織りだけは無傷で取り返せとな!』
そう言うと、爺さんは足早に宴会場へと歩いて行った。
『月神様があんな精霊上がりの神と直接お会いになるとは信じられん。あの落ちぶれ神は、信仰を失って危うく消えかかっていたと言うじゃないか……!』
『これ、口が過ぎるぞ』
隣を歩いている髭面の男が、翁を軽く咎めた。
『あんな男じゃが、少々特別なものでな……』
髭面は扇子を取り出して口に当て、翁に耳打ちした。翁は目を丸くして驚き、掌を顔に当てて落胆しながら続けた。
『本当に月神様の気紛れにも困ったものだ……』
『とにかく、あの神にはあまり目立たぬようにして貰わねばなるまいな』
(……今、月神と言わなかったか?)
俺は思わず芋の皮を剥く手を止めて、二人の会話に聞き入ってしまった。
『こら、勝手に休むな! 皮むきが遅れれば煮込みの時間が足りなくなるんだ!』
俺がついそちらに気を取られていると、監督官に見咎められて、注意されてしまった。
気にはなるが、今はこの場を離れられない。焦らず期を待つしかなかった。
もう一生分の皮剥きをしたんじゃないかと思った後も、俺達は直ぐに信じられない量の煮物を作らされた。
盛り付け、配膳に至る頃には、ここはそういうタイプの地獄なんじゃないかと思える程の激務であった。
魚や肉を担当していた部隊も、心なしか遠い目をしている。
『……長い事料理人やってきたけどよ、こんなに沢山の煮物を作った事は一度も無かったぜ……』
いつも前向きな西原でさえ、燃え尽きて虚な顔をしていた。
広大な宴会場に、数万人分の料理が漆塗りのお膳に乗せられて並んでいる。数的には大きな野球場やドームの観客席全てに配膳するようなものだ。その様子は圧巻だった。
『よし、今夜の料理は間に合った! 片付けは別の者達が行う予定になっている。皆ご苦労だった。本日はこれにて解散とする。明日も遅れない様、時間通りに集合してくれ!』
宇迦様の御使である現場監督は、疲れを感じさせずテキパキと挨拶した。
『俺は宴席の給仕に紛れて様子を探って行くから、西原は先に霊界に戻って休んでいてくれ』
俺が小声でそう告げると、西原は驚いて聞き返した。
『ええ!? まだ働くのか? って、まあそっちが本題だもんな……一人で大丈夫か?』
『ああ。数人で動く方が目立つからな。今日は初日だし、少し様子見したら直ぐ戻るよ』
俺はそう言うと、西原と別れて給仕係の控え室へと向かった。
廊下は大勢が行き交っていたが、料理人や手伝いも数千人単位で立ち働いていたので、誰も顔をいちいち覚えてはいないだろう。
(……とりあえず、これを着れば良さそうだな)
俺は作務衣を脱いで、控え室にかかっていた着物に着替える。すると、廊下の方から聞き覚えのある声がした。
『……何で宝物庫に鍵が掛かっておらんのだ!?』
振り返ると、さっき見かけた爺さんと髭面が何やら揉めていた。
『儀式で使用する道具を出し入れしとったんじゃ仕方なかろう』
『白霧の羽織りは、月神様も大切にしておられるものだ! 何としても盗人を捕らえて取り返せ!』
『しかし、こんな大事な日に騒ぎを起こしてはまずい……』
『では、狛犬達にだけ伝えておけ! 盗人は噛みちぎっても構わんが、羽織りだけは無傷で取り返せとな!』
そう言うと、爺さんは足早に宴会場へと歩いて行った。
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