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【第3話】頬に手を当てる
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「お待たせいたしました。季節のフルーツパンケーキです」
店員が、皿をテーブルに置いた。
山盛りのホイップクリーム。色とりどりのベリー。そして、ふかふかの厚焼きパンケーキが三段重ねになっている。
甘い香りが、湯気と共に立ち上る。
「ほあ……」
露西亜の目が、かつてないほど大きく見開かれ、口元がちょっとだらしなく緩む。
しかし、彼女はすぐに咳払いをして冷静さを装った。
「秀一。これは、なんと巨大なものか」
僕はたぶん、かなりニヤニヤしていた。
「すごいでしょ? ここの名物なんだ」
「うむ。妾の肌よりも白い。そして美しい……見事な威容じゃ。……ふわふわ」
最後の一言は、完全に素の少女の声だった。
彼女はナイフとフォークを手に取ると、先ほどの優雅な所作とは裏腹に、少し前のめりになってパンケーキを切り分けた。
一口、口に運ぶ。
「んんぅ~っ……!」
彼女は両手で頬を押さえ、身悶えした。その頬が、ほんのりと桜色に染まる。
「これは良き味……。秀一、これ、凄く良き味ですわ……」
「あ、うん。よかった」
口の端にクリームがついている。
彼女はそれに気づかず、次々とパンケーキを口に運んだ。
僕は思わず笑ってしまった。
「……なんじゃ? なぜ笑う?」
「いや……美味しそうに食べるなと思って」
「当然であろう! これはそなたの『浄化』に必要な法力回復の源であるゆえ!」
彼女は慌ててクリームを拭い、再びドヤ顔を取り繕ったが、もう遅かった。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
実のところ、僕は若い娘が苦手だ。
過去に付き合った女性は年上ばかりで、一人だけ年下がいた。
わがままで、うるさくて、ガサツだった。
その時の彼女だけがそうだったのかもしれないが、自分を女として取り繕うことなく、素のままを曝け出して依存されるのが嫌だった。
それで年下女性と付き合うのは、何となく避けてきた。
しかし、目の前の皆川露西亜は、まるで鉄のような仮面を付けている。それは年上女性とはまた違う、女らしい仮面ではなく、彼女独自の仮面である。
きっと僕は、その仮面の影に見える素肌を覗き見たり、触れてみたりするのが好きなんだな。
僕はこの子を、恋人や彼女だとは思っていない。ただ、面白い女の子として、その可愛らしさを観察して楽しんでいた。
カフェを出て、少し散歩をしていると、露西亜が頻繁にスマートフォンで時間を確認し始めた。
腕時計を見ると、まだ夕方の五時過ぎだった。
「……そろそろ、戻らねばならぬ」
「えっ、もう? 夕飯でも食べていく?」
「ならぬ、門限は六時。これは『古よりの規則』じゃ」
彼女は厳しい顔で首を横に振った。
「母上が定めた帰還時刻を過ぎることは、許されぬ。『浄化』の儀を阻止されぬとも限らぬでな」
「そっか……お母さん、厳しいんだね」
「厳しさではない。これは愛であり、規律なのじゃ。妾が穢れなき存在であるための、絶対の防壁なのである」
彼女は名残惜しそうに僕を何度か見たが、僕は彼女を止めることなどできない。彼女と過ごすのは楽しいが、家族としては、まだ十七歳の、それも学校に通っていない世間知らずな娘を遅くまで外に歩かせたくないのもわかる。
彼女にとって、母親の言いつけは法律のように、あるいはそれ以上に重いのだろう。
「秀一。本日は……その、かたじけなかった。パンケーキ、美味であったぞ」
別れ際、彼女はボソリと礼を言うと、逃げるように改札へと駆けていった。
ひらひらと揺れる黒いスカートの裾を見送りながら、僕は思った。
それから僕たちは週に二、三度ほど、一緒に遊びに出かけるようになった。
映画、ボウリング、ゲームセンターなど。
彼女の面白いところは、どこに連れて行っても、そんなことは知っているという顔をして、どれも初の体験であるらしいところだった。
強がりなのだ。
映画館では、僕が入場用のQRコードを取り出す前に入り口を通り抜けようとして、店員さんに捕まえられて、目をシバシバさせていた。
ボウリングでは、強いて僕に先にプレイを譲って、その間に僕とスマートフォンを交互に観察していた。後で彼女がボールを転がす時、テーブルに置かれた彼女のスマートフォン画面に視線を向けると、「ボーリング やり方」の検索結果が出ていた。
ゲームセンターでは、「これはなんじゃ。秀一、説明せよ」「UFOキャッチャーというのは、この箱を壊すゲームなのか、何? この貧相な……お道具で巨大なぬいぐるみを動かすだと!?」などと好奇心を隠さなかった。
世間知らずの年下女性に、初めてを教えるのは疲れることだと思っていたが、露西亜との体験は、意外にも心地よかった。
そして、ある日の夕方。彼女の門限が近づく頃、僕は彼女に言った。
「初めはインチキ巫女さんだなと思ってたけど、露西亜の『浄化』って、本当に僕の気持ちを軽くしてくれてるよ。ありがとう」
この時、初めは彼女も何を言われているのかわからない顔をしていたが、やがて額まで顔を真っ赤にして、唾を飛ばさんばかりに声を上げた。
「あ……あ、当たり前ではないか! 誰がインチキ巫女じゃ!? 妾は神の声により、個人の意思に関係なく、仕方なく、私情を捨てて、そなたを『浄化』する使命を遂げんとする純正乙女ぞ。これからも、そなたの身も心も清めてやるからな。覚悟しておけ!」
こんな関係も一ヶ月が過ぎようとしていた。
僕は、彼女のことをより、知りたい気持ちになっていた。
「覚悟するのは、君だよ。露西亜」
僕はここで初めて、彼女を下の名前で呼んだ。
頬に手を当てる。
店員が、皿をテーブルに置いた。
山盛りのホイップクリーム。色とりどりのベリー。そして、ふかふかの厚焼きパンケーキが三段重ねになっている。
甘い香りが、湯気と共に立ち上る。
「ほあ……」
露西亜の目が、かつてないほど大きく見開かれ、口元がちょっとだらしなく緩む。
しかし、彼女はすぐに咳払いをして冷静さを装った。
「秀一。これは、なんと巨大なものか」
僕はたぶん、かなりニヤニヤしていた。
「すごいでしょ? ここの名物なんだ」
「うむ。妾の肌よりも白い。そして美しい……見事な威容じゃ。……ふわふわ」
最後の一言は、完全に素の少女の声だった。
彼女はナイフとフォークを手に取ると、先ほどの優雅な所作とは裏腹に、少し前のめりになってパンケーキを切り分けた。
一口、口に運ぶ。
「んんぅ~っ……!」
彼女は両手で頬を押さえ、身悶えした。その頬が、ほんのりと桜色に染まる。
「これは良き味……。秀一、これ、凄く良き味ですわ……」
「あ、うん。よかった」
口の端にクリームがついている。
彼女はそれに気づかず、次々とパンケーキを口に運んだ。
僕は思わず笑ってしまった。
「……なんじゃ? なぜ笑う?」
「いや……美味しそうに食べるなと思って」
「当然であろう! これはそなたの『浄化』に必要な法力回復の源であるゆえ!」
彼女は慌ててクリームを拭い、再びドヤ顔を取り繕ったが、もう遅かった。
楽しい時間はあっという間に過ぎた。
実のところ、僕は若い娘が苦手だ。
過去に付き合った女性は年上ばかりで、一人だけ年下がいた。
わがままで、うるさくて、ガサツだった。
その時の彼女だけがそうだったのかもしれないが、自分を女として取り繕うことなく、素のままを曝け出して依存されるのが嫌だった。
それで年下女性と付き合うのは、何となく避けてきた。
しかし、目の前の皆川露西亜は、まるで鉄のような仮面を付けている。それは年上女性とはまた違う、女らしい仮面ではなく、彼女独自の仮面である。
きっと僕は、その仮面の影に見える素肌を覗き見たり、触れてみたりするのが好きなんだな。
僕はこの子を、恋人や彼女だとは思っていない。ただ、面白い女の子として、その可愛らしさを観察して楽しんでいた。
カフェを出て、少し散歩をしていると、露西亜が頻繁にスマートフォンで時間を確認し始めた。
腕時計を見ると、まだ夕方の五時過ぎだった。
「……そろそろ、戻らねばならぬ」
「えっ、もう? 夕飯でも食べていく?」
「ならぬ、門限は六時。これは『古よりの規則』じゃ」
彼女は厳しい顔で首を横に振った。
「母上が定めた帰還時刻を過ぎることは、許されぬ。『浄化』の儀を阻止されぬとも限らぬでな」
「そっか……お母さん、厳しいんだね」
「厳しさではない。これは愛であり、規律なのじゃ。妾が穢れなき存在であるための、絶対の防壁なのである」
彼女は名残惜しそうに僕を何度か見たが、僕は彼女を止めることなどできない。彼女と過ごすのは楽しいが、家族としては、まだ十七歳の、それも学校に通っていない世間知らずな娘を遅くまで外に歩かせたくないのもわかる。
彼女にとって、母親の言いつけは法律のように、あるいはそれ以上に重いのだろう。
「秀一。本日は……その、かたじけなかった。パンケーキ、美味であったぞ」
別れ際、彼女はボソリと礼を言うと、逃げるように改札へと駆けていった。
ひらひらと揺れる黒いスカートの裾を見送りながら、僕は思った。
それから僕たちは週に二、三度ほど、一緒に遊びに出かけるようになった。
映画、ボウリング、ゲームセンターなど。
彼女の面白いところは、どこに連れて行っても、そんなことは知っているという顔をして、どれも初の体験であるらしいところだった。
強がりなのだ。
映画館では、僕が入場用のQRコードを取り出す前に入り口を通り抜けようとして、店員さんに捕まえられて、目をシバシバさせていた。
ボウリングでは、強いて僕に先にプレイを譲って、その間に僕とスマートフォンを交互に観察していた。後で彼女がボールを転がす時、テーブルに置かれた彼女のスマートフォン画面に視線を向けると、「ボーリング やり方」の検索結果が出ていた。
ゲームセンターでは、「これはなんじゃ。秀一、説明せよ」「UFOキャッチャーというのは、この箱を壊すゲームなのか、何? この貧相な……お道具で巨大なぬいぐるみを動かすだと!?」などと好奇心を隠さなかった。
世間知らずの年下女性に、初めてを教えるのは疲れることだと思っていたが、露西亜との体験は、意外にも心地よかった。
そして、ある日の夕方。彼女の門限が近づく頃、僕は彼女に言った。
「初めはインチキ巫女さんだなと思ってたけど、露西亜の『浄化』って、本当に僕の気持ちを軽くしてくれてるよ。ありがとう」
この時、初めは彼女も何を言われているのかわからない顔をしていたが、やがて額まで顔を真っ赤にして、唾を飛ばさんばかりに声を上げた。
「あ……あ、当たり前ではないか! 誰がインチキ巫女じゃ!? 妾は神の声により、個人の意思に関係なく、仕方なく、私情を捨てて、そなたを『浄化』する使命を遂げんとする純正乙女ぞ。これからも、そなたの身も心も清めてやるからな。覚悟しておけ!」
こんな関係も一ヶ月が過ぎようとしていた。
僕は、彼女のことをより、知りたい気持ちになっていた。
「覚悟するのは、君だよ。露西亜」
僕はここで初めて、彼女を下の名前で呼んだ。
頬に手を当てる。
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