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【第28話】『OK連絡網』
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週明けの大学の学食は、講義を終えた学生たちの喧騒で満ちていた。
僕は一人、日替わり定食のトレーを前にして、スマートフォンを眺めていた。
周囲の学生たちが、サークルや恋愛の話題で盛り上がっている中、小さな世界が、小さな画面で振動している。
画面には、露西亜が作成した新しいLINEグループ『OK連絡網』が表示されていた。
小田原とOと、桐川のKを組み合わせたのだろう。
メンバーは僕と、露西亜と、桐子さんの三人だ。
『本日、一三〇〇。天候晴れ。これより昼食を摂取します』(画像:コンビニのおにぎり二個)
露西亜からの投稿だ。
背景の畳と座布団からして、バイト先の神社の休憩室だろう。
すぐに既読がつき、短い返信が入る。
『炭水化物が少し多くないですか。今からでも食物繊維やタンパク質を追加しなさい』
桐子さんも仕事の昼休みなのだろう。
『了解しました、お母さん』
三人のグループだと、露西亜はスタンプを一切使わない。味気ない言葉のやり取りだが、どんな顔をしているか、何となく想像がつく。
『僕も今、大学の学食です』
僕も無難に書き込んだ。
このグループでの会話は、息が詰まるほど健全で、事務的だ。
特に桐子さんは、必要最低限のことしか発信しない。
先日は、『今後、二人が出かける際は、行き先と、現地の写真を必ずこのグループに送ってください』という鉄の掟が通達された。
未成年である娘を管理するため、僕に間違いを犯させないようにするため、適切な判断だと、一応は思う。
露西亜もそうだが、桐子さんも遵法意識が高そうだ。
ただ、桐子さんは、僕の危険性を知ってしまった。そして、自分もまたその危うい火遊びに乗ってしまった。だからこそ、娘が自分みたいに、そして僕があの日みたいに軽はずみで『正しさの幅』を広げようと、露西亜の中に男性として侵入することを恐れている気がする。
通知が震えた。
グループではなく、露西亜からの個人メッセージだ。
『秀一よ! 見たか今の母上のレスポンス速度! 監視衛星並みじゃ!』
『おにぎりの具材、シーチキンマヨネーズにはしっかりとタンパク質が入っておるにの』
切り替わった画面では、いつもの露西亜が爆発していた。
『妾とそなたの力でシューロシアの寿命が伸びたわ。次の三者面談が今から楽しみじゃ』
『しかしな、秀一。これで公式の関係となったが、『浄化』の報告画像の縛りが、少し重い』
『何か対策はないか? このままでは、二人の法力注入すら検閲されてしまう!』
僕は苦笑しながら、そのメッセージを読んだ。
彼女は、母親の管理下で公認を得たことを喜びつつも、その窮屈さに早速音を上げている。
表では「了解しました」と良い子を演じ、裏ではこうして僕にだけ不満を漏らす。
『大丈夫だよ。報告できる範囲で楽しめばいいし、写真は僕がうまく撮るから』
『監視衛星の死角を突くのも、僕の役目だろ?』
僕は、彼女の厨二病設定に乗っかる形で返信した。
報告できないことは、撮らなければいい。
桐子さんに見せるための「健全なデート」を演じるのも、また一つのゲームだ。
ふと、指先を滑らせて、桐子さんとの個人トーク画面を開いてみた。
最新のメッセージはない。
最後にやり取りしたのは、連絡先交換直後の『よろしくお願いします』のみ。
それ以前の履歴──お粥の件や、あの夜の連絡などは、僕の端末には残っているが、彼女の端末からは消去されているだろう。
このグループを作らせたのは桐子さんだ。
監視するためとはいえ、僕と常に繋がる状態を選んだのは彼女だ。
沈黙しているトーク画面の向こうで、オフィスにいる彼女がどんな顔でスマホを見ているのか。
想像するだけで、定食の味がしなくなるほど、好奇心が刺激される。
再び通知が来た。露西亜だ。
『そなたの戦術眼、頼りにしておるぞ』
『そこでだ、秀一。相談がある』
スタンプの連打の後に、少し間が空いて、文章が送られてきた。
『母上が「我が家での食事会」をすると言っておったであろう』
『母上の料理は、確かに美味だ。栄養管理も行き届いておる。あれは認めざるを得ない最強のレーションじゃ』
『だが……妾は、それが少し悔しい』
悔しい? 僕は箸を止めた。
『母上の料理で、そなたが完全に籠絡されてしまう前に、やっておきたいことがある』
『秀一よ。……妾の手料理を、食べてみないか?』
『母上の前ではなく、二人だけの時。……妾の味を、先に知らせておこうと思うのじゃ』
このメッセージを見て、少し心配した。
露西亜は、桐子さんに少し対抗心を抱いている。
もしかして、僕はあの時、桐子さんに妙な視線を送っていたのではないか。
僕は首を左右に振った。
いや、僕はごく普通に、恋人のお母さんに会う顔をしていたはずだ。
もっとも、あのお母さんなら、どんな恋人であっても、目を奪われるかもしれない。露西亜とわずか十九歳しか離れていない、そして年齢を感じさせない美貌。
それよりも、幼い露西亜と違って、大人の清楚さがしっとりと出ている。「あのお母さん絶対、処女だよね」と言いたくなる不思議な清らかさ。
これは、今の露西亜にはない。
けれど、三者会談で、僕はその磁力に免疫ができていた。
それは、やはり、桐子さんと、狂おしく接合したからだと思う。あの夜があったから、僕は貪欲な飢えた獣のような欲望に襲われることなく、余裕の顔色で彼女に接することができた。
返事の選択肢はない。
『もちろん。喜んで』
露西亜の手料理。
未知数だが、彼女が懸命に作る姿を想像すると、ちょっとおかしい気持ちになりそうだ。
『お弁当にしてもらえるかな? 君の家だと、お母さんに報告できない。近くの公園で、二人でお母さんに報告できる形で一緒に食べよう』
露西亜の手作り弁当を二人で広げる写真。
それを送られた桐子さんは、一体どんな顔をするだろうか。
既読はすぐについたが、返事はなかなか来なかった。
『では「オペレーション・ランチボックス」を発動する』
『決行日は次の公休日。場所は……近所の公園、どこがよいか考えておくように。食べられないものがあったら教えるように』
元気なスタンプが送られてきた。
僕はスマホを閉じ、冷めかけた味噌汁を啜った。
学食の喧騒の中で、僕は秘め事めいた関係を楽しんでいた。
僕は一人、日替わり定食のトレーを前にして、スマートフォンを眺めていた。
周囲の学生たちが、サークルや恋愛の話題で盛り上がっている中、小さな世界が、小さな画面で振動している。
画面には、露西亜が作成した新しいLINEグループ『OK連絡網』が表示されていた。
小田原とOと、桐川のKを組み合わせたのだろう。
メンバーは僕と、露西亜と、桐子さんの三人だ。
『本日、一三〇〇。天候晴れ。これより昼食を摂取します』(画像:コンビニのおにぎり二個)
露西亜からの投稿だ。
背景の畳と座布団からして、バイト先の神社の休憩室だろう。
すぐに既読がつき、短い返信が入る。
『炭水化物が少し多くないですか。今からでも食物繊維やタンパク質を追加しなさい』
桐子さんも仕事の昼休みなのだろう。
『了解しました、お母さん』
三人のグループだと、露西亜はスタンプを一切使わない。味気ない言葉のやり取りだが、どんな顔をしているか、何となく想像がつく。
『僕も今、大学の学食です』
僕も無難に書き込んだ。
このグループでの会話は、息が詰まるほど健全で、事務的だ。
特に桐子さんは、必要最低限のことしか発信しない。
先日は、『今後、二人が出かける際は、行き先と、現地の写真を必ずこのグループに送ってください』という鉄の掟が通達された。
未成年である娘を管理するため、僕に間違いを犯させないようにするため、適切な判断だと、一応は思う。
露西亜もそうだが、桐子さんも遵法意識が高そうだ。
ただ、桐子さんは、僕の危険性を知ってしまった。そして、自分もまたその危うい火遊びに乗ってしまった。だからこそ、娘が自分みたいに、そして僕があの日みたいに軽はずみで『正しさの幅』を広げようと、露西亜の中に男性として侵入することを恐れている気がする。
通知が震えた。
グループではなく、露西亜からの個人メッセージだ。
『秀一よ! 見たか今の母上のレスポンス速度! 監視衛星並みじゃ!』
『おにぎりの具材、シーチキンマヨネーズにはしっかりとタンパク質が入っておるにの』
切り替わった画面では、いつもの露西亜が爆発していた。
『妾とそなたの力でシューロシアの寿命が伸びたわ。次の三者面談が今から楽しみじゃ』
『しかしな、秀一。これで公式の関係となったが、『浄化』の報告画像の縛りが、少し重い』
『何か対策はないか? このままでは、二人の法力注入すら検閲されてしまう!』
僕は苦笑しながら、そのメッセージを読んだ。
彼女は、母親の管理下で公認を得たことを喜びつつも、その窮屈さに早速音を上げている。
表では「了解しました」と良い子を演じ、裏ではこうして僕にだけ不満を漏らす。
『大丈夫だよ。報告できる範囲で楽しめばいいし、写真は僕がうまく撮るから』
『監視衛星の死角を突くのも、僕の役目だろ?』
僕は、彼女の厨二病設定に乗っかる形で返信した。
報告できないことは、撮らなければいい。
桐子さんに見せるための「健全なデート」を演じるのも、また一つのゲームだ。
ふと、指先を滑らせて、桐子さんとの個人トーク画面を開いてみた。
最新のメッセージはない。
最後にやり取りしたのは、連絡先交換直後の『よろしくお願いします』のみ。
それ以前の履歴──お粥の件や、あの夜の連絡などは、僕の端末には残っているが、彼女の端末からは消去されているだろう。
このグループを作らせたのは桐子さんだ。
監視するためとはいえ、僕と常に繋がる状態を選んだのは彼女だ。
沈黙しているトーク画面の向こうで、オフィスにいる彼女がどんな顔でスマホを見ているのか。
想像するだけで、定食の味がしなくなるほど、好奇心が刺激される。
再び通知が来た。露西亜だ。
『そなたの戦術眼、頼りにしておるぞ』
『そこでだ、秀一。相談がある』
スタンプの連打の後に、少し間が空いて、文章が送られてきた。
『母上が「我が家での食事会」をすると言っておったであろう』
『母上の料理は、確かに美味だ。栄養管理も行き届いておる。あれは認めざるを得ない最強のレーションじゃ』
『だが……妾は、それが少し悔しい』
悔しい? 僕は箸を止めた。
『母上の料理で、そなたが完全に籠絡されてしまう前に、やっておきたいことがある』
『秀一よ。……妾の手料理を、食べてみないか?』
『母上の前ではなく、二人だけの時。……妾の味を、先に知らせておこうと思うのじゃ』
このメッセージを見て、少し心配した。
露西亜は、桐子さんに少し対抗心を抱いている。
もしかして、僕はあの時、桐子さんに妙な視線を送っていたのではないか。
僕は首を左右に振った。
いや、僕はごく普通に、恋人のお母さんに会う顔をしていたはずだ。
もっとも、あのお母さんなら、どんな恋人であっても、目を奪われるかもしれない。露西亜とわずか十九歳しか離れていない、そして年齢を感じさせない美貌。
それよりも、幼い露西亜と違って、大人の清楚さがしっとりと出ている。「あのお母さん絶対、処女だよね」と言いたくなる不思議な清らかさ。
これは、今の露西亜にはない。
けれど、三者会談で、僕はその磁力に免疫ができていた。
それは、やはり、桐子さんと、狂おしく接合したからだと思う。あの夜があったから、僕は貪欲な飢えた獣のような欲望に襲われることなく、余裕の顔色で彼女に接することができた。
返事の選択肢はない。
『もちろん。喜んで』
露西亜の手料理。
未知数だが、彼女が懸命に作る姿を想像すると、ちょっとおかしい気持ちになりそうだ。
『お弁当にしてもらえるかな? 君の家だと、お母さんに報告できない。近くの公園で、二人でお母さんに報告できる形で一緒に食べよう』
露西亜の手作り弁当を二人で広げる写真。
それを送られた桐子さんは、一体どんな顔をするだろうか。
既読はすぐについたが、返事はなかなか来なかった。
『では「オペレーション・ランチボックス」を発動する』
『決行日は次の公休日。場所は……近所の公園、どこがよいか考えておくように。食べられないものがあったら教えるように』
元気なスタンプが送られてきた。
僕はスマホを閉じ、冷めかけた味噌汁を啜った。
学食の喧騒の中で、僕は秘め事めいた関係を楽しんでいた。
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