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【第五部】イヤリングの誘い
みんなの想像を超える作品
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事態は英恵の想定を大きく超えていた。
英恵は初め、浩一を改めて妻として籠絡し、その上で静かに芽衣を説得して、彼女から距離を置かせてやろうと考えていた。
何もなかったことにしたい、そう望んでいた。
だが、炎上を官能的に消し飛ばす芽衣は、そのような世間的な常識で解決のつく相手ではなかった。
芽衣の言葉が、頭の中で反響している。
『わたしが望んでいるのは、炎上なんかじゃない』
『先生に、選んでほしいんです』
芽衣は、英恵の「炎上」の脅しが効かないことを知った上で、英恵に「選択」を委ねてみせたのだ。
今の英恵の前に残された道は、二つ。
一つは、このまま芽衣の「提案」を無視し、浩一にも何も言わず、これまで通り「何も知らない妻」を演じ続けること。
だが、それは、夫の不倫を「知りながら黙認」し、この家でさえ、いつ芽衣に侵されるか分からない恐怖を抱きながら、一生「偽りの日常」を生きる地獄だ。
もう一つは、芽衣の「提案」を受け入れ、あの二人と、この家の寝室で対峙すること。
自分の聖域で、夫と愛人が揃うという、本来なら愛人そのものが最も恐れるはずの場を、こともあろうに彼女自身が希望してきた。
英恵は、唇を噛んだ。
(……逃げられない)
彼女は「黙認」という名の敗北を選べなかった。
戦うことなく逃げたら、それは自らの意思であえて敗北を選んだことになってしまう。
だったら、それが地獄だとしても、彼女は「妻」として、自分たちの寝室で、あの女を叩き潰す道を選ぶしかない。
あの女が、わたしの夫を「先生」と呼んで弄ぶというのなら、その「レッスン」がどれほど愚かしいものだったかを、あの人の身体に教え込んであげる。
そして次の週末──。
浩一がリビングで仕事をしていると、英恵がその背後に立った。
「浩一。今夜十時に、芽衣ちゃんが来るって」
「ん……? どうしたんだい、急に」
「わたしたちの寝室で、三人で、これからのことを話し合うから、そのつもりでいて」
「……え!?」
浩一の顔から、血の気が引いた。
「お前、何を……、あのイヤリングか!?」
「今更、何を言ってももう遅いかな。……でも安心して。わたしは、それでもあなたを愛している」
英恵は夫の狼狽を直視できず、目を潤ませながら個室へと消えていった。
浩一は秘匿アプリを確認した。
芽衣から、メッセージが届いていた。
『先生。最近、いろんなリクエストがあります。でも、私……人のリクエストを受けるより、みんなの想像を超える作品を仕上げてみたいって思うんです』
『だから、今夜、十時。先生の寝室で、英恵さんと三人仲良く過ごしましょう。誰も想像できない夜を体験してみたいです』
最後にハートいっぱいの絵文字が付されていた。
浩一は、自分の知らないところで、二人が恐ろしい状況を作り出そうとしていることを知って、その場で凍りついた。
(第五部 了)
英恵は初め、浩一を改めて妻として籠絡し、その上で静かに芽衣を説得して、彼女から距離を置かせてやろうと考えていた。
何もなかったことにしたい、そう望んでいた。
だが、炎上を官能的に消し飛ばす芽衣は、そのような世間的な常識で解決のつく相手ではなかった。
芽衣の言葉が、頭の中で反響している。
『わたしが望んでいるのは、炎上なんかじゃない』
『先生に、選んでほしいんです』
芽衣は、英恵の「炎上」の脅しが効かないことを知った上で、英恵に「選択」を委ねてみせたのだ。
今の英恵の前に残された道は、二つ。
一つは、このまま芽衣の「提案」を無視し、浩一にも何も言わず、これまで通り「何も知らない妻」を演じ続けること。
だが、それは、夫の不倫を「知りながら黙認」し、この家でさえ、いつ芽衣に侵されるか分からない恐怖を抱きながら、一生「偽りの日常」を生きる地獄だ。
もう一つは、芽衣の「提案」を受け入れ、あの二人と、この家の寝室で対峙すること。
自分の聖域で、夫と愛人が揃うという、本来なら愛人そのものが最も恐れるはずの場を、こともあろうに彼女自身が希望してきた。
英恵は、唇を噛んだ。
(……逃げられない)
彼女は「黙認」という名の敗北を選べなかった。
戦うことなく逃げたら、それは自らの意思であえて敗北を選んだことになってしまう。
だったら、それが地獄だとしても、彼女は「妻」として、自分たちの寝室で、あの女を叩き潰す道を選ぶしかない。
あの女が、わたしの夫を「先生」と呼んで弄ぶというのなら、その「レッスン」がどれほど愚かしいものだったかを、あの人の身体に教え込んであげる。
そして次の週末──。
浩一がリビングで仕事をしていると、英恵がその背後に立った。
「浩一。今夜十時に、芽衣ちゃんが来るって」
「ん……? どうしたんだい、急に」
「わたしたちの寝室で、三人で、これからのことを話し合うから、そのつもりでいて」
「……え!?」
浩一の顔から、血の気が引いた。
「お前、何を……、あのイヤリングか!?」
「今更、何を言ってももう遅いかな。……でも安心して。わたしは、それでもあなたを愛している」
英恵は夫の狼狽を直視できず、目を潤ませながら個室へと消えていった。
浩一は秘匿アプリを確認した。
芽衣から、メッセージが届いていた。
『先生。最近、いろんなリクエストがあります。でも、私……人のリクエストを受けるより、みんなの想像を超える作品を仕上げてみたいって思うんです』
『だから、今夜、十時。先生の寝室で、英恵さんと三人仲良く過ごしましょう。誰も想像できない夜を体験してみたいです』
最後にハートいっぱいの絵文字が付されていた。
浩一は、自分の知らないところで、二人が恐ろしい状況を作り出そうとしていることを知って、その場で凍りついた。
(第五部 了)
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