偽りに燃えて

羽翼綾人

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【第五部】イヤリングの誘い

先生に聞いてみましょう

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 出光英恵いでみつ はなえが、もう一度、炎上させてあげようかと挑発的な言葉を発したのを聞いた瞬間、如月芽衣きさらぎ めいの心は、歓喜に打ち震えていた。
(英恵さん……浅はかにも……引っかかった)
 イヤリングは、自分が仕掛けた招待状。
 それに、英恵はここまで簡単に乗ってくれた。
 しかも、彼女が切り札として出してきたのは「炎上」だった。
 芽衣は怯えるどころか、内心の笑いを隠すのに必死だった。
(わたしが慕ってきた、そしてどこか怯えていた英恵さんも、やっぱりこの程度の人だったんだ)
 芽衣は、口元に浮かび上がる笑みを手で覆い、押し殺していたが、隠しきれずに身が震えていた。
 そして、同時に、英恵との友情が形を変えてしまう喪失感で、その顔は青ざめていた。
 英恵は、「もう、わかってるよね。芽衣ちゃん?」と告げて、余裕のある顔でティーカップを置く。
(英恵さん……負けているのは、私じゃなくて……あなたなのに、どうしてそんな顔でいられるんですか?)
 とうとう堪えられなくなって喉の奥から、くつくつと笑い声が漏れてきた。
 そして、芽衣はそのまま腹を抱えて「うふふ、ふふふふ」と身を揺らし、とうとう「あはははは、はははは!!」とソファに倒れ込んで大声で笑い始めた。
 それを見た英恵は、正気を失った女を見るかのような、憐れむような、蔑むような顔をしていた。
 その目は愉快そうだった。
「芽衣ちゃん。かわいそうだけど……もう終わりね。ここで身を引いてくれるなら、黙っていてあげる。浩一には今後、一切かかわらないで」
 さらに攻撃的な顔で続ける。
「もし、今度、あの人とあなたが顔を合わせたら、それだけで、わたしは、オイルマンとイグニスの関係を世界に暴露しますから。……そうなったら、あなた、おしまいでしょう?」
 英恵は、ソファに転がってお腹を抱える芽衣を見下して、勝ち誇るように言った。
「あは、はは……今更、炎上させちゃうって言うですか?」
 芽衣は、涙を流しながら笑っていた。
「……英恵さん。私が、まだあの頃の、あなたに怯えていた『芽衣ちゃん』だと思ってるんですか?」
「な……何を?」
「私、『官能絵師イグニス』なんですよ?」
 芽衣は、涙を拭きながらソファを降りると、英恵からイヤリングをもぎ取った。
「世間がわたしの絵に熱狂したのは、なぜだか分かりますか? あの絵に、嘘がなかったからです。あの絵が、『本物』の情熱で描かれていたから」
 芽衣は、イヤリングを指につまんで、左右に揺らす。
「……もし、あの官能画のモデルが、私の『親友の夫』だったと知れたら、どうなると思います?」
 英恵は、芽衣の言葉の意味が理解できない。
「炎上? ここでまた燃えたって、もう何も起きませんよ」
 芽衣は、残酷な真実を、微笑みながら告げた。
「むしろ、奥さんのお墨付きで、イグニスの評価が上がりますから。何なら、あなたからじゃなく、私から公開しましょうか? 変態絵師は、本当に変態だったって思われるのは、面白くて?」
「あなた……狂ってる……」
 英恵の顔から優越感は消えていた。
 そこには芽衣が見たこともない恐怖の色さえ浮かんでいた。
「でも現実です。……英恵さん。あなたのこの切り札は、私には効きません。だって、それ、私がわざと、あそこに残したものなんですもの」
 目の前で揺らされたイヤリングに、英恵の顔から、血の気が引いていく。
 彼女の切り札が、芽衣にとってはボーナスステージへの招待状でしかなかったことに、ようやく気づいたのだ。
「だから、何を暴露しても、わたしは一向に構いません。……でも」
 芽衣は、ふいに表情を曇らせ、心底悲しそうな顔を作った。
「でも先生は、どうでしょうね?」
「……先生?」
「浩一さんのこと。あの人は、私と違って、『オイルマン』というクリーンな看板を背負っています。……私との不倫スキャンダルは、彼の『才能』まで汚してしまうかもしれません。……私、それだけが心配なんです」
 芽衣は、眠っている息子のベビーカーに手をかけた。
「私が望んでいるのは、そんなどうでもいい炎上なんかじゃないんです。そして、浩一さんとのお別れでもありません」
 芽衣は、呆然とする英恵を見下ろし、言った。
「先生に、『選んで』ほしいんです」
「……選ぶ?」
「はい。これからも、この『偽り』の関係を続けたいんです。できれば……英恵さん公認で。だから、こうして話し合いの場が生まれるよう仕組みました」
 英恵は、自分が用意した対面の場が、実は芽衣に用意されていたことを悟った。
「英恵さん、今度の週末、二人で先生に聞いてみましょう?」
 芽衣は、あの頃と同じ、慎ましやかな笑顔を英恵に向けた。
「『どっちがいいの?』って、あの寝室で──」
 芽衣は穏やかな笑顔を息子に向けた後、英恵に小さく会釈し、静かにリビングを後にしていく。
 残された英恵は、ただ震えることしかできなかった。
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