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【第五部】イヤリングの誘い
イヤリングを指先で弾き
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三日が過ぎた。
英恵は、何も気づいていないふりをした。
浩一もまた、あの夜のことには一切触れず、どこか怯えたように妻の顔色をうかがいながら、日常を装っていた。
英恵は、冷静に考えている。
浩一を今問い詰めても、嘘を重ねるだけだろう。
問題の核心は、夫を惑わせた、あるいは夫と共謀した、芽衣にある。
英恵は、本人と話をつけることを決意した。
ある日の昼下がり。
浩一は、娘を連れて公園に出かけている。
家には英恵一人だ。
英恵は、芽衣にLINEを送った。
『芽衣ちゃん、こんにちは。息子くんと二人で大変じゃない。今、旦那が娘と公園に遊びに出てて、暇なんだけど、よかったらうちに来ない?』
すぐに「ありがとうございます! 嬉しいです、すぐ伺います」と、返信があった。
三十分後、インターホンが鳴った。
芽衣が、息子をベビーカーに乗せてやってきた。
「英恵さん、お邪魔します」
「いらっしゃい。上がって」
英恵は、笑顔で母子をリビングに招き入れた。
芽衣の息子は、リビングのラグの上で、英恵が出したおもちゃに夢中になっている。
「英恵さん、あの……炎上の時は、本当にごめんなさい。私のせいで、英恵さんまで……」
芽衣が、テーブル越しに深々と頭を下げた。
「ううん、何も気にしてないよ」
英恵は、穏やかに微笑んだ。
「あの時の芽衣ちゃん、本当にすごかった。『イグニス』として、あんな形で炎上を黙らせるなんて。わたし、あなたがあんなことできるんだってわかって、もう嬉しくて、誇らしくて」
「あ……ありがとうございます……。あれは、その……」
芽衣が、しどろもどろになる。
「でね、芽衣ちゃん」
英恵は静かに立ち上がると、寝室のドレッサーの引き出しに向かった。
そして、小さな布袋を持って戻ってくると、テーブルの上に、そっと中身を滑らせた。
カラン、と小さな音を立てて転がったのは、紅色のイヤリングだった。
「……!」
芽衣の顔がこわばった。
血の気が引き、カップに伸ばそうとした指が宙で止まる。
「……こ、これ」
芽衣が、手で口を塞ぐ。
英恵は、そのイヤリングを指先で弾きながら、笑顔のままで言った。
「うちの寝室に落ちてたの」
芽衣は息ができないかのように、英恵の顔を凝視した。
「……どうして、芽衣ちゃんのイヤリングが、あそこにあったのかな?」
リビングには、浩一が好んで流しているインターネットの優雅なBGMが流れている。
そこで二人の間の空気だけが、刃物のように研ぎ澄まされていた。
「イグニスさん、もいっかい炎上しちゃう?」
そう言って英恵は、スマートフォンを取り出し、芽衣の顔を見ながら微笑んだ。
英恵は、何も気づいていないふりをした。
浩一もまた、あの夜のことには一切触れず、どこか怯えたように妻の顔色をうかがいながら、日常を装っていた。
英恵は、冷静に考えている。
浩一を今問い詰めても、嘘を重ねるだけだろう。
問題の核心は、夫を惑わせた、あるいは夫と共謀した、芽衣にある。
英恵は、本人と話をつけることを決意した。
ある日の昼下がり。
浩一は、娘を連れて公園に出かけている。
家には英恵一人だ。
英恵は、芽衣にLINEを送った。
『芽衣ちゃん、こんにちは。息子くんと二人で大変じゃない。今、旦那が娘と公園に遊びに出てて、暇なんだけど、よかったらうちに来ない?』
すぐに「ありがとうございます! 嬉しいです、すぐ伺います」と、返信があった。
三十分後、インターホンが鳴った。
芽衣が、息子をベビーカーに乗せてやってきた。
「英恵さん、お邪魔します」
「いらっしゃい。上がって」
英恵は、笑顔で母子をリビングに招き入れた。
芽衣の息子は、リビングのラグの上で、英恵が出したおもちゃに夢中になっている。
「英恵さん、あの……炎上の時は、本当にごめんなさい。私のせいで、英恵さんまで……」
芽衣が、テーブル越しに深々と頭を下げた。
「ううん、何も気にしてないよ」
英恵は、穏やかに微笑んだ。
「あの時の芽衣ちゃん、本当にすごかった。『イグニス』として、あんな形で炎上を黙らせるなんて。わたし、あなたがあんなことできるんだってわかって、もう嬉しくて、誇らしくて」
「あ……ありがとうございます……。あれは、その……」
芽衣が、しどろもどろになる。
「でね、芽衣ちゃん」
英恵は静かに立ち上がると、寝室のドレッサーの引き出しに向かった。
そして、小さな布袋を持って戻ってくると、テーブルの上に、そっと中身を滑らせた。
カラン、と小さな音を立てて転がったのは、紅色のイヤリングだった。
「……!」
芽衣の顔がこわばった。
血の気が引き、カップに伸ばそうとした指が宙で止まる。
「……こ、これ」
芽衣が、手で口を塞ぐ。
英恵は、そのイヤリングを指先で弾きながら、笑顔のままで言った。
「うちの寝室に落ちてたの」
芽衣は息ができないかのように、英恵の顔を凝視した。
「……どうして、芽衣ちゃんのイヤリングが、あそこにあったのかな?」
リビングには、浩一が好んで流しているインターネットの優雅なBGMが流れている。
そこで二人の間の空気だけが、刃物のように研ぎ澄まされていた。
「イグニスさん、もいっかい炎上しちゃう?」
そう言って英恵は、スマートフォンを取り出し、芽衣の顔を見ながら微笑んだ。
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