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【第六部】長い夜の始まり
自分でもわからないんです
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「……二番目で、構わないって?」
英恵は、芽衣の言葉の意味を測りかねた。
「はい、英恵さん。だから、お願いです。私を永遠の『愛人』でいさせてください」
芽衣は、スツールから立ち上がると、英恵の前に深く頭を下げた。
「先生の限界を把握してなかった英恵さん。あなたが勝負を受けた時点で、結果は決まっていたんです」
芽衣は一息ついて、英恵に近づき、そして静かに抱きしめた。
「英恵さん……あなたは、奥さんとして先生を満足させていなかっただけでなく、まともな関心すら持っていませんでした」
英恵は沈黙している。
「そんなあなたが『一番』さんであるのを恥じらう必要なんてありませんよ? むしろ、だからこそ、『二番』さんが必要なんだって思います」
その論理の立て方は、一方的だった。
「さっきもお伝えしたように、……もうすぐ、私の夫が……単身赴任から帰ってくるんです」
芽衣は、英恵の胸に顔を埋めながら、小さくもよく通る声でそう言った。
「でも、夫は、私の『イグニス』としての才能も、この身体も、満たしてはくれません。……あの人は、英恵さんとは比べものにならないぐらい、私に関心がないんです」
芽衣は、顔を上げた。
その瞳は、涙で潤んでいた。
「だから、英恵さん。……お願いです」
芽衣の顔が英恵の顔に近付いていく。
「これからも、『知らないふり』を続けてほしいんです」
英恵と、芽衣は、互いの瞳の中に、自身のまばたきを忘れたような顔を見ていた。
「芽衣さん、あなた……」
「私は、先生とのレッスンを続けます。先生の『作品』として、先生と私の『官能』を描き続けます」
芽衣は、英恵の顔をまっすぐに見つめた。
「その代わり、英恵さんの『日常』を侵しません」
「……わたしに、夫の不倫を黙って見逃せと?」
「そうです」
芽衣は、力強く頷いた。
「もし、英恵さんがこれを拒否して、すべてを暴露するなら……浩一さんは『オイルマン』として、すべてを失います。私も、もちろん失うでしょう。……英恵さん、あなたは、それでもいいんですか? あなたの『家庭』を、ご自分の手で壊してでも」
英恵は、選択を迫られた。
「そして私の夫に言ってしまったら、きっと……きっと私、法律なんて関係なく、先生を奪いに行くと思うんです。これ、脅したいんじゃないんです。あの炎上を爆発させた時みたいに、先生に関係を迫った時みたいに、私、自分で自分が何をするか、自分でもわからないんです」
芽衣は、加害者でありながら、被害者であるかのような顔をしていた。
そして、浩一も英恵も、彼女が紡ぎ出す物語に支配されて、彼女に逆らう意思を奪われていた。
もし、英恵が、その提案を拒否すれば、全員が破滅する。
だが、受諾すれば、夫の不倫を「知りながら黙認」する地獄が始まる代わりに、「家庭」の『形』だけは保たれる。
英恵は子供部屋で眠る優奈の寝顔を思い浮かべた。
「……わかった。だったら、もう二度とイヤリングなんて落とさないで」
英恵は唇から血が滲むほど、強く噛み締めながら答えた。
「わたし、一番だから」
彼女が浩一を責めるような目で見た瞬間、芽衣は咄嗟にその顔を掴んで、「偽りに燃えてますよ」と言い、英恵の唇に自身の唇を重ねた。
浩一はすでに、発言する意思を喪失していた。
英恵は、芽衣の言葉の意味を測りかねた。
「はい、英恵さん。だから、お願いです。私を永遠の『愛人』でいさせてください」
芽衣は、スツールから立ち上がると、英恵の前に深く頭を下げた。
「先生の限界を把握してなかった英恵さん。あなたが勝負を受けた時点で、結果は決まっていたんです」
芽衣は一息ついて、英恵に近づき、そして静かに抱きしめた。
「英恵さん……あなたは、奥さんとして先生を満足させていなかっただけでなく、まともな関心すら持っていませんでした」
英恵は沈黙している。
「そんなあなたが『一番』さんであるのを恥じらう必要なんてありませんよ? むしろ、だからこそ、『二番』さんが必要なんだって思います」
その論理の立て方は、一方的だった。
「さっきもお伝えしたように、……もうすぐ、私の夫が……単身赴任から帰ってくるんです」
芽衣は、英恵の胸に顔を埋めながら、小さくもよく通る声でそう言った。
「でも、夫は、私の『イグニス』としての才能も、この身体も、満たしてはくれません。……あの人は、英恵さんとは比べものにならないぐらい、私に関心がないんです」
芽衣は、顔を上げた。
その瞳は、涙で潤んでいた。
「だから、英恵さん。……お願いです」
芽衣の顔が英恵の顔に近付いていく。
「これからも、『知らないふり』を続けてほしいんです」
英恵と、芽衣は、互いの瞳の中に、自身のまばたきを忘れたような顔を見ていた。
「芽衣さん、あなた……」
「私は、先生とのレッスンを続けます。先生の『作品』として、先生と私の『官能』を描き続けます」
芽衣は、英恵の顔をまっすぐに見つめた。
「その代わり、英恵さんの『日常』を侵しません」
「……わたしに、夫の不倫を黙って見逃せと?」
「そうです」
芽衣は、力強く頷いた。
「もし、英恵さんがこれを拒否して、すべてを暴露するなら……浩一さんは『オイルマン』として、すべてを失います。私も、もちろん失うでしょう。……英恵さん、あなたは、それでもいいんですか? あなたの『家庭』を、ご自分の手で壊してでも」
英恵は、選択を迫られた。
「そして私の夫に言ってしまったら、きっと……きっと私、法律なんて関係なく、先生を奪いに行くと思うんです。これ、脅したいんじゃないんです。あの炎上を爆発させた時みたいに、先生に関係を迫った時みたいに、私、自分で自分が何をするか、自分でもわからないんです」
芽衣は、加害者でありながら、被害者であるかのような顔をしていた。
そして、浩一も英恵も、彼女が紡ぎ出す物語に支配されて、彼女に逆らう意思を奪われていた。
もし、英恵が、その提案を拒否すれば、全員が破滅する。
だが、受諾すれば、夫の不倫を「知りながら黙認」する地獄が始まる代わりに、「家庭」の『形』だけは保たれる。
英恵は子供部屋で眠る優奈の寝顔を思い浮かべた。
「……わかった。だったら、もう二度とイヤリングなんて落とさないで」
英恵は唇から血が滲むほど、強く噛み締めながら答えた。
「わたし、一番だから」
彼女が浩一を責めるような目で見た瞬間、芽衣は咄嗟にその顔を掴んで、「偽りに燃えてますよ」と言い、英恵の唇に自身の唇を重ねた。
浩一はすでに、発言する意思を喪失していた。
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