39 / 40
【第六部】長い夜の始まり
私たちの愛の始まり
しおりを挟む
勝負は「引き分け」に終わった。
英恵は、唇に残る芽衣の感触を通して、夫の不倫を「黙認」することを承認してしまったことへの実感に、戸惑いや諦めを過ぎて、不思議の国に迷い込んだ子供のような、胸の高まりを覚えていた。
浩一は、英恵の懸命な努力に応じられなかった。
ここに彼が肉体的にも精神的にもすべてを搾り取られてしまったことが確かめられた。
今、彼はベッドに横たわっている。
非現実的な時間が、ようやく終わる。
芽衣がここを立ち去れば、日常は戻ってくる。
しかし、それは表面的なものであって、現実には偽りだらけの日常であるだろう。
だが──その切り替えのキーであるはずの芽衣に、帰ろうとする気配はなかった。
それどころか、彼女はスツールから立ち上がり、再び浩一が横たわるベッドに近づいた。
「もう……勝負は終わったんじゃ……?」
英恵が、訝しむように声をかける。
「英恵さん。『引き分け』ということは、どちらの『ルール』も無効になった、ということなんじゃないですか?」
芽衣は、首を傾げながら浩一の傍らに座り、彼の湿った髪を指先で優しく撫でていく。
「だから、ここからは、私たちで『新しいルール』を作るんです」
「新しい……? でも彼はもう……今夜は」
「先生」
もう芽衣は、英恵などいないかのように、彼の身を起こして、自らの膝の上にその頭を乗せた。
「先生。……まだ、私たちの『作品』作りは終わってませんよ」
浩一は、固く目をつむったまま開かない。
この狂った時間が終わるまで、彼はこの世界を直視することを放棄しているようだった。
芽衣は、その耳元に、英恵に聞こえないような、とても小さな声で、いくつかの言葉を囁いていく。
「私と、英恵が、先生を、彼の官能の限りを絞り出していく契約ができましたね」
「たまには、三人で仲良く睦み合ってみたいです」
「私の夫が帰ってきたら、いつかみんなで一緒になりましょう」
「そうしたら、私、先生との作品として、子供も作れますよね」
「子供たちも、私たちみたいに仲良くしたいです」
どの言葉も、無邪気な乙女が恋人に探りながら尋ねるように、未来の希望をぽつりぽつりと告げていく、そんな甘い口調であった。
だが、その内容は、もはや人間ではなく、魔物の類が抱く理性を捨てた夢のように乱れていた。
「私のこと……狂っていると思いますか?」
浩一は目を開いて、彼の耳元に小さな唇を触れさせて微笑む、彼女の熱くなった顔を、間近に見た。
その笑顔は、自分の考えが狂っていることを楽しんでいるように見えた。
「思う。君は、狂っている」
「けど、それは先生だって、同じ」
芽衣の手が下半身に触れた。
そこに浩一の消耗しきったはずの中心が、ほとんど直立に固くなっているのが確かめられた。
それを芽衣は、ぎゅっと力強く握りしめて、キスを求める。
英恵が、その反応を見逃さなかった。
「あ、あなた……浩一に……何を囁いたの?」
英恵の瞳には、嫉妬の炎が燃え上がっていた。
「英恵さん、知りたいですか? 知る勇気があるのでしたら、こっちに来ていいんですよ」
すると、英恵はベッドの反対側から這い上がり、浩一と芽衣に手をついたまま、ゆっくりと近づいていく。
その口は、戸惑いに開かれていた。
その目は、答えを求めて鈍く光っていた。
浩一の肌に触れると、とても強い体温を放っていた。
「二人で一緒に、浩一さんを導いてあげましょう」
芽衣が浩一の後ろから熱い肌を、英恵が前から、柔らかな肌を押し付けて、彼の肌に唇を寄せていく。
「……っ!」
浩一は、動物のように喘ぎ始めた。
二人もまた、女同士で彼を奪い合うように、彼の声を高めようと、動物のように彼の肌を求めた。
二人の動きは、彼が力強く屹立したことで、理性を捨てていた。
だが、この時間がいつまでも続くよう、彼のそこにはどちらも刺激を重ねなかった。
まるで、三人ともそれが許されない魔法の空間にいるように、言葉を使わなくなった。
本能以外、何も使ってはいけない。
彼はしばしば、狂ったように悶える声を上げた。
感度の強いところを舐められている時、二人が同時に吸い付いた時、そして彼のそこに二人が唇を寄せて、一度ずつ舌先で触れた時。
長い時間、それが続いた。
途中で浩一が耐えきれず、いっそ自分で遂げようと思って、その手を伸ばした時、彼の手は英恵の手で払いのけられた。
やがて、芽衣が英恵の胸に触れた。
それが合図となり、浩一は芽衣を、英恵は浩一を、芽衣は英恵を快楽に導くようになっていった。
三人の唇と舌先が、それぞれの器官を弄び始めていく。
三人は、一つに繋がった。
「……あ……あっ!」
「こ……こんなのっ……って!」
「……も、もう……ダメ……ダメですったら!」
最後には、どれが誰の言葉かわからないような言語が発せられていた。
芽衣の顔に英恵の水が潮を吹くように襲い、英恵の口の中に浩一の愛が広がり、浩一の舌先は芽衣の味に痺れていた。
「先生、奥さん……。私、今とっても嬉しいです。これが、私たちの愛の始まり……なんですね」
芽衣が息を切らしながら、その場に倒れると、浩一と英恵も体液と汗に塗れた身体から力が抜けて、濡れた目をつむり、この夢が本当なのか、偽りなのか詳らかにできないまま、シーツに倒れ込んだ。
英恵は、唇に残る芽衣の感触を通して、夫の不倫を「黙認」することを承認してしまったことへの実感に、戸惑いや諦めを過ぎて、不思議の国に迷い込んだ子供のような、胸の高まりを覚えていた。
浩一は、英恵の懸命な努力に応じられなかった。
ここに彼が肉体的にも精神的にもすべてを搾り取られてしまったことが確かめられた。
今、彼はベッドに横たわっている。
非現実的な時間が、ようやく終わる。
芽衣がここを立ち去れば、日常は戻ってくる。
しかし、それは表面的なものであって、現実には偽りだらけの日常であるだろう。
だが──その切り替えのキーであるはずの芽衣に、帰ろうとする気配はなかった。
それどころか、彼女はスツールから立ち上がり、再び浩一が横たわるベッドに近づいた。
「もう……勝負は終わったんじゃ……?」
英恵が、訝しむように声をかける。
「英恵さん。『引き分け』ということは、どちらの『ルール』も無効になった、ということなんじゃないですか?」
芽衣は、首を傾げながら浩一の傍らに座り、彼の湿った髪を指先で優しく撫でていく。
「だから、ここからは、私たちで『新しいルール』を作るんです」
「新しい……? でも彼はもう……今夜は」
「先生」
もう芽衣は、英恵などいないかのように、彼の身を起こして、自らの膝の上にその頭を乗せた。
「先生。……まだ、私たちの『作品』作りは終わってませんよ」
浩一は、固く目をつむったまま開かない。
この狂った時間が終わるまで、彼はこの世界を直視することを放棄しているようだった。
芽衣は、その耳元に、英恵に聞こえないような、とても小さな声で、いくつかの言葉を囁いていく。
「私と、英恵が、先生を、彼の官能の限りを絞り出していく契約ができましたね」
「たまには、三人で仲良く睦み合ってみたいです」
「私の夫が帰ってきたら、いつかみんなで一緒になりましょう」
「そうしたら、私、先生との作品として、子供も作れますよね」
「子供たちも、私たちみたいに仲良くしたいです」
どの言葉も、無邪気な乙女が恋人に探りながら尋ねるように、未来の希望をぽつりぽつりと告げていく、そんな甘い口調であった。
だが、その内容は、もはや人間ではなく、魔物の類が抱く理性を捨てた夢のように乱れていた。
「私のこと……狂っていると思いますか?」
浩一は目を開いて、彼の耳元に小さな唇を触れさせて微笑む、彼女の熱くなった顔を、間近に見た。
その笑顔は、自分の考えが狂っていることを楽しんでいるように見えた。
「思う。君は、狂っている」
「けど、それは先生だって、同じ」
芽衣の手が下半身に触れた。
そこに浩一の消耗しきったはずの中心が、ほとんど直立に固くなっているのが確かめられた。
それを芽衣は、ぎゅっと力強く握りしめて、キスを求める。
英恵が、その反応を見逃さなかった。
「あ、あなた……浩一に……何を囁いたの?」
英恵の瞳には、嫉妬の炎が燃え上がっていた。
「英恵さん、知りたいですか? 知る勇気があるのでしたら、こっちに来ていいんですよ」
すると、英恵はベッドの反対側から這い上がり、浩一と芽衣に手をついたまま、ゆっくりと近づいていく。
その口は、戸惑いに開かれていた。
その目は、答えを求めて鈍く光っていた。
浩一の肌に触れると、とても強い体温を放っていた。
「二人で一緒に、浩一さんを導いてあげましょう」
芽衣が浩一の後ろから熱い肌を、英恵が前から、柔らかな肌を押し付けて、彼の肌に唇を寄せていく。
「……っ!」
浩一は、動物のように喘ぎ始めた。
二人もまた、女同士で彼を奪い合うように、彼の声を高めようと、動物のように彼の肌を求めた。
二人の動きは、彼が力強く屹立したことで、理性を捨てていた。
だが、この時間がいつまでも続くよう、彼のそこにはどちらも刺激を重ねなかった。
まるで、三人ともそれが許されない魔法の空間にいるように、言葉を使わなくなった。
本能以外、何も使ってはいけない。
彼はしばしば、狂ったように悶える声を上げた。
感度の強いところを舐められている時、二人が同時に吸い付いた時、そして彼のそこに二人が唇を寄せて、一度ずつ舌先で触れた時。
長い時間、それが続いた。
途中で浩一が耐えきれず、いっそ自分で遂げようと思って、その手を伸ばした時、彼の手は英恵の手で払いのけられた。
やがて、芽衣が英恵の胸に触れた。
それが合図となり、浩一は芽衣を、英恵は浩一を、芽衣は英恵を快楽に導くようになっていった。
三人の唇と舌先が、それぞれの器官を弄び始めていく。
三人は、一つに繋がった。
「……あ……あっ!」
「こ……こんなのっ……って!」
「……も、もう……ダメ……ダメですったら!」
最後には、どれが誰の言葉かわからないような言語が発せられていた。
芽衣の顔に英恵の水が潮を吹くように襲い、英恵の口の中に浩一の愛が広がり、浩一の舌先は芽衣の味に痺れていた。
「先生、奥さん……。私、今とっても嬉しいです。これが、私たちの愛の始まり……なんですね」
芽衣が息を切らしながら、その場に倒れると、浩一と英恵も体液と汗に塗れた身体から力が抜けて、濡れた目をつむり、この夢が本当なのか、偽りなのか詳らかにできないまま、シーツに倒れ込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる