1 / 98
好きな人との幸せな日々
しおりを挟む菊池菫は7歳の頃、初恋をした。
その相手は隣に引っ越してきた6歳年上のお兄さん。
13歳とは思えない、すらっと伸びた長い足に端正な顔立ち。
菫の近所に住む婦人たちも彼の姿を見て、色めきだった。
色素の薄い茶色の髪とアーモンド色の瞳はモデルであった母から受け継いだものらしく、引っ越し当日、トラックから荷物を運び出す彼の姿を家の窓から眺めていると、茶色の髪が太陽に照らされてキラキラと光っていたのを菫は覚えている。
彼が家族揃って菫の家へと挨拶に来た時は、母の背中に隠れながらチラチラと彼へと視線を送り続けていたことに彼が気付いたようで菫と同じ高さの視線になるようにしゃがみ込み柔らかい笑みを向けた。
2人の視線が初めて合わさった瞬間だ。
「はじめまして、花崎蒴です
よろしくね?」
菫はその笑顔のあまりの美しさに目を丸くした。
母親の洋服を手のひらで強く掴みながら背中に顔を隠す。
「ごめんなさい、この子人見知りで」
菫の母親が困ったような声を出しながら謝る。
普段、そこまで人見知りをするわけではない。
だが、目の前の美形家族を前にしたら菫が戸惑うのも無理はなかった。
大人たちが会話を繰り広げる中、菫は目の目にいる蒴に目を奪われていた。
男性ような凛々しさがありながら、女性のような繊細さも持つその中世的な顔立ちに子供でさえも目が引かれる存在。
「いえいえ、小さい頃なんて人見知りして当たり前じゃないですか」
蒴の凛々しさの理由は父親からの遺伝であることがわかる。
ホリの濃い顔立ちに口元と顎に生える整えられた髭、筋肉質な大きい体。
ワイルドという言葉が似合う男だ。
「女の子はやっぱり可愛いですね
お名前はなんていうの?」
蒴と同じ色の髪と瞳を持つ美女はラベンダーのような香りをさせながら、菫へと近づく。
にっこりと微笑むと目尻に小さな皺が寄る。
その優しい笑顔に菫はすこし警戒心を解いて、消えいるような声で答える。
「……す、すみ…れ」
「ん?すみちゃん?」
「母さん、すみじゃなくてすみれちゃんだよ」
「あら、ごめんなさい
すみれちゃんね?」
菫は母の背中に隠れながら首を何回か縦に動かした。
その姿に蒴の母親である恵は"可愛い!たまらない!女の子欲しくなっちゃう"と言って頬を綻ばした。
大人同士でしばらく世間話をしている間も、菫は蒴に気づかれないように視線を送っていた。
だが、蒴はそれをかくれんぼでもしたいのだと勘違いして、菫と視線があうと”見つけた!”と声を出さずに口だけ動かして菫に笑顔を向ける。
菫自身はかくれんぼをしている覚えは一切ないが、蒴が構ってくれることに対して嬉しさと似たときめきのようなものを感じた。
初めて感じるその感覚がなんなのかはわからない心臓は激しく動いているが、緊張とは違う胸の高鳴りを感じる。
周りのクラスメイトの男子に対しては何も感じたことがないのに。
そして、大人たちの世間話も終わり、花崎家が帰る時になった時、蒴が菫の目線にしゃがみ込んで菫へと視線を向ける。
「またね、菫ちゃん」
微笑みながら手を振る蒴の姿を見ながら、固まってしまった菫は母に背中をトントンと押されて母の前に出される。
せめて礼儀として何か言えという母からの無言の圧力を感じて菫は小さい口を開く。
「ま、また…ね…」
うまくは言えなかったが、蒴はようやく話してくれた菫に対して美しい笑顔を向けた。
その日以来、菫は蒴に夢中になっていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
130
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる