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しおりを挟む「朝陽、こっち。」
光は車の助手席側に回り、静かに扉を開けた。
車の中には、新車特有の香りを纏っていた。
朝陽が座席に腰を下ろすと、光は助手席のドアを閉め、運転席に回りこみ乗り込んだ。
サングラスをかけると、朝陽はちらちらと光の横顔を盗み見ては、その変わった空気に頬を赤らめている。
「どうしたの?朝陽。」
「……なんでもない。」
視線を向けられた朝陽は、慌てて窓の外を見つめた。
背筋がやけに真っ直ぐで、肩に力が入っている。光は笑いを噛み殺した。
「そんなに俺の運転、怖い?確かにペーパーだったけど、朝陽乗せる前に何度か乗ったから大丈夫だと思うけど」
「ち、違うっ!そうじゃなくて……」
朝陽は慌てて両手を振る。
「まさか自分が光くんの車に乗って出かける未来が来るなんて思ってなかったから。」
その言葉の後半は、次第に声が小さくなっていった。
光の視線に気づくと、さらに頬が熱を帯びる。
「これからはどこにだって連れて行くよ。朝陽の行きたい場所、どこでも。」
光か落ち着いた声で言うと、朝陽は眉を寄せて、困ったように笑う。
「そんなこと言ったら、光くんの時間なくなっちゃうよ。ただでさえ忙しいんだからゆっくり休んで欲しいな。」
朝陽は窓の外を眺めながら呟く。
ひどい男だったというのに、朝陽はまだ思いやるような言葉をかけてくる。
だが、まるで自分はどうでもいいと言うような言い方に光は違和感を感じる。光はハンドルを軽く握り瞳に真剣さを宿らせる。
「俺の時間は、朝陽のために使う時間にするって決めたから。朝陽も付き合った時からずっとそうだったでしょ。自分の時間なのに俺のために、長い時間を費やしてくれた。」
「……僕はそうだった。それが幸せだと感じてたから。でも、光くんは、自分のために生きないとダメだよ。光くんは、まるで自分がわがままみたいな言い方をするけど……ほんとは、他人のために生きてる人だって、僕はずっと思ってた。」
光は一瞬だけ目を伏せ、それから笑みを深くした。
「俺から見たら、朝陽もそうだったよ。」
わずかな間が流れ、車の中に静かな呼吸音が混じる。
光は後部座席からブランケットを取り出し、朝陽の膝にそっと置いた。
「足元、冷えるかもしれないから。」
「え……?」
「あと、飲み物買っておいた。朝陽の好きなやつ。」
差し出したのは朝陽がいつも頼んでいたコーヒー店のカフェラテだ。
ロゴを見た瞬間、朝陽の肩がわずかに震える。
「……これ僕が好きだって覚えてたの?」
光はハンドルを握ったまま、視線を朝陽に向ける。
「うん。嫌だった?」
「違うよ……でも、そんな、わざわざ……」
「嫌じゃないならいい。もし気に入らなかったら、次は別の方法考える。」
光は淡々とした声で言う。
「朝陽が“されて嬉しいこと”、俺に教えて。」
朝陽は言葉を詰まらせたまま、視線を落とす。
心臓の鼓動が、車の静けさに響くようだった。
「……面倒だと思わないの?」
光の指が一瞬止まった。
瞳は静かに、けれど確実に朝陽の奥底を見抜いている。
「尽くすのも悪くないと思ったよ。物だけじゃなくて、気持ちも伝えていく。朝陽がそれを望む限り俺はそうする。」
その一言に、朝陽の呼吸が止まった。
光はその反応を楽しむように、エンジンをかけた。
「海にでも行こうか。」
「海?」
「そう。朝陽が行きたがってた、あの海。」
アクセルを踏み込むと、車は静かに走り出した。
夕焼けが窓の外を染める中、光の横顔には、微かに満足げな影が浮かんでいた。
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