【完結】俺はお前がいなくても。

ぽぽ

文字の大きさ
22 / 23

22

しおりを挟む


「…光くん、これどうしたの?」

「買った。」

朝陽の視線の先に停まっていたのは、滑らかなフォルムの外車だった。
夕陽を反射して鈍く光るボディ。どこか品があり、存在感のある佇まいだった。
車に詳しくない朝陽でさえ、そのメーカーの名前を知っていた。
値段を想像した瞬間、言葉が喉に詰まる。

朝陽の婚約者候補になりたいと宣言した数日後。光は朝陽と約束を取りつけた。付き合えたというわけではないが朝陽があってくれることに少しの安心感を覚える。

待ち合わせの場所に現れた光は、朝陽を近くの駐車場まで案内した。
そして、目の前にこの車を見せた瞬間、当たり前のようにポケットからキーを取り出して見せた。

朝陽はその姿に呆然とする。

「光くん、いつ車買ったの?持ってなかったよね?」

「ついこの前買った。どんな車がいいかとかわからないから知り合いに聞いたらこの車がいいっていってたから。」

「なんか必要になったの?」

「うん。朝陽と出かけるために。海辺とか見に行きたいってたでしょ。あと、ドライブとかにも憧れるっていってた。」

さらりと言った言葉があまりにも自然で、朝陽は瞬きをした。それにそのことを話したのは何年も前で、光が覚えていたことに対しても朝陽は驚いていた。

「これでいろんな場所行こう。朝陽の好きなところ、全部。」

光ははにかんだ笑みを浮かべる。

二人が付き合っていた頃は、外でデートをすることなんてほとんどなかった。
互いの部屋で過ごす時間がほとんどで、夜のコンビニや近所の公園に出かけることさえ稀だった。

確かに高い買い物だったが、光は普段は自分のために贅沢をするようなタイプではなかった。
服も時計もブランドもそこまで興味がない。
必要なもの以外にはほとんど金を使わなかった。
だからこそ貯まった金は、朝陽と弟たちのために使うと決めていた。

光は、朝陽が喜ぶ顔を想像して胸を弾ませていた。
けれど、実際に目の前にいる朝陽は、笑うどころか固まったままだった。
その表情に、光は少し焦りを覚える。

「おーい、朝陽?」

光が目の前で手を振る。
朝陽はゆっくりと光を見上げ、まるで信じられないというように問い返した。

「僕のために…この車を買ったってこと…?」

「そう。朝陽のため。まぁ、仕事行く時とかにも使うことあるだろうけど。」

軽い口調で言ってみたが、朝陽の顔色は晴れなかった。
視線が宙を泳ぎ、唇が小さく震えている。
光が「どうしたの?」と声をかけようとしたその瞬間。

「なんで自分のためにお金を使わないの。」

朝陽の声には、静かな怒りが滲んでいた。
珍しく、感情をあらわにした。
その瞳の奥には、優しさと苛立ちが入り混じっていた。

「光くんが頑張って稼いだお金なのに…。光くんのお金は自分と弟くんたちのために使うべきでしょ。他人の僕のために使うものじゃない。」

他人

その言葉が胸に突き刺さった。
朝陽がそう言うのは、きっと自分を守るためだとわかっていた。
けれど、それでも光は笑った。
どんな言葉を浴びせられても、朝陽の心がちゃんと動いていることが嬉しかった。

「じゃあ、前に朝陽が俺に使ってくれた金は何?」

朝陽は少しの間、言葉を失った。
やがて唇の端を歪めて、小さく呟いた。

「それは…違うでしょ。だって、あの時は光くんがすごく困ってて。それに、光くんからお金のことで助けてほしいって言われたのなんて、数えるほどしかなかった。」

「じゃあ、俺のも一緒だと思うけど。」

光は静かに返した。

「朝陽に言われたわけじゃない。俺が勝手に買った。…ただ、朝陽のためにそうしたいと思っただけ。」

「それとこれとは違うよ。」

「何が違うの?」

朝陽は言葉に詰まり、唇をきゅっと結んだ。
しばらくして、開きかけた口を小さく尖らせる。
その表情は、まるで拗ねた子供のようで、光の胸をくすぐった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

αとβじゃ番えない

庄野 一吹
BL
社交界を牽引する3つの家。2つの家の跡取り達は美しいαだが、残る1つの家の長男は悲しいほどに平凡だった。第二の性で分類されるこの世界で、平凡とはβであることを示す。 愛を囁く二人のαと、やめてほしい平凡の話。

人並みに嫉妬くらいします

米奏よぞら
BL
流されやすい攻め×激重受け 高校時代に学校一のモテ男から告白されて付き合ったはいいものの、交際四年目に彼の束縛の強さに我慢の限界がきてしまった主人公のお話です。

美澄の顔には抗えない。

米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け 高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。 ※なろう、カクヨムでも掲載中です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...