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春は出会い……

日常と呼び出し

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 週が明けた月曜日は、いつもと変わらないものだった。
 先週の優子の車の一件があるので、もっとギスギスするかと思いきや、元々悠梨は、単に結衣から、何かを吹き込まれて動いているだけだったし、その結衣は、何か思うところはあるのだろうけど、敢えて証拠を押さえるまでは、動かない……といった様子だった。

 「どう? 結構タイムあがってね? 」

 悠梨は相も変わらず8の字特訓に余念がないらしい。
 どうも最近は、あのタレントショップ跡の主のように入り浸ってるため、逆に誰もあそこに近づかなくなっているらしい。
 近隣の人たちも、前は不審火や不法投棄があるために、凄く忌み嫌っている場所だったが、最近は、近隣に住んでいて、よく知る悠梨が、露払いをしてくれるので、凄く助かっているらしいよ。
 しかも、悠梨は最近、練習用に解体屋さんで、R33のタイヤ付き純正ホイールを買っていったらしい。おじさんには、冬タイヤ用って言ってたらしいけど、悠梨のR33のリアだけが、ホイールが明らかに違うので、練習用だよね。

 「うん、あがってると思うよ~。ただ、リアタイヤが掻かない分、タイムをロスしてる感じだね~」

 柚月が、サイダーを一口飲むと、タイムと悠梨の運転動画を見て、言った。

 「でも、旋回性が上がって、回る時間は短くなってね?」

 悠梨は喰い下がるが、柚月は目線を動かさずに、動画を見て言った。

 「旋回は上がっても、立ち上がりで、それ以上にタイムロスしちゃ、意味ないでしょ~、求めてるのは、トータルなんだからさ~」
 「ううっ……」
 「恐らく、ウチらが、もう1回、悠梨の車で同じように走らせたら~、もう少しタイムあがるよ~。目標値、あげてみる~?」
 「やめろよ!」

 あぁ、悠梨は柚月を怒らせたね。
 柚月って、手巻き寿司の時みたいに、表面にまで出して怒る事って、滅多にないんだけど、普段の受け答えのように見せて、無表情で、とんでもないこと言ってる時って、怒ってるからね。

 分かるよ。柚月がタイムを上げて来い、って言ったのに、悠梨ったら、旋回性を小手先で上げることに夢中になって、全然タイムを達成しようとしないんだもん。
 柚月はね、タイヤを元に戻して走れ、って言ってるんだよ。あのタイヤでも、タイムが上がるんなら、元のタイヤだったら、タイムを達成できるでしょ、ってさ。
 でもね、恐らく、悠梨はタイヤを元に戻したら、タイムが落ちると思うな。だってさ、今までの踏ん張らないタイヤ使って、簡単に曲がるようにした走り方に慣らしちゃったから、元に戻したら、曲がれなくなって、どうやって曲げていくかのところからやり直しになっちゃうからね。

 だから、柚月と結衣は、簡単にLSDを組ませちゃダメだって、言ってたのか。悠梨が、こうやって調子に乗って、機械頼りになって向上心を忘れちゃうから、悠梨にはまだ早い、って判断になったんだね。

 「しょうがないなぁ~、来週まではガソリンがないから、別の練習にしようっと」
 「別の練習って、どこで~? 」

 悠梨の言葉に柚月が反応した。
 すると、悠梨がドヤ顔で言った。

 「ウチの近くのスーパーの、ゲームコーナーで、良いシミュレーター、見つけたんだよ!」

 あぁ、悠梨ったら、言うに事欠いて、ゲーセンのゲームで練習してるよ。
 いや、最近のリアルシミュレーターは凄く良くて、そこから、プロレーサーになる人がいるくらいだってのは、知ってるよ。
 でも、悠梨の家の近くにあるスーパーの、あのしょぼくれたゲームコーナーにあるゲーム機に、そんなものがあるとは思えないんだよね。

 だって、あそこさ、私が幼稚園生の頃、兄貴ですら、知らなくて、芙美香のやつが、懐かしいって言ってたようなゲームばっかりしかなかったんだよ。
 車のだと、兄貴がよくやってた、赤いフェラーリに、カップルが乗ってるゲームしかなかった気がするよ。
 でさ、ぶつかると、フェラーリがフッ飛ばされて、カップルも投げ出されるんだけどさ、次の瞬間、車が元に戻ると、カップルが、すっくと立ちあがってダッシュしてドアも開けずに飛び乗ってさ、超ウケるんですけど。

 でも、確か、あのゲーム機って、何処かホテルの運営会社の社長が欲しいって、買い取っていったって訊いたよ。だから、今はどんな車ゲームなんだろ。
 でも、あそこの事だから、どこかの潰れたホテルのゲームコーナーに置いてあった機械とかを安く買ってきてるんでしょ。

 「凄いんだよ。実車が出てきてさ『サイドバイサイド2 ・エボルツィオーネ』っていうんだよ」

 やっぱりドヤ顔をする悠梨に、柚月と優子が、完全にがっかりした顔になってるよ。スマホで調べてみよう……って、24年も前のゲームじゃん! 私ら、生まれてもないよ。

 「柚月、やっぱり、悠梨には、もっと高みに登って貰った方が良いよ」

 優子が、言うと、柚月も頷いて言った。

 「だね~。じゃぁ、私と結衣とマイの3人で、今度もう1回タイム取りしてみよう」
 「やめろよー!」

 悠梨が言うが、柚月が私たちの方を向いて

 「結衣とマイも良いよね~?」

 と言うので、私は言った。

 「良いんじゃね?」
 「今度は、本気でいくからね」

 と、結衣も言っていた。
 そんな午後のひと時を過ごしていた私たちのところに、突然水野が現れた。
 背後の人の気配を感じて振り返ると、いきなり目の前にいたので、さすがに水野の扱いに慣れた私でも、驚いてしまった。

 「なんですか?」
 「驚かせてすまないが、今日の放課後、舞華君と、もう1名ほど職員室の私の所に来て欲しいんだ」
 「力仕事ですか?」
 「いや、そうではなくて、説明したいことがあるんだ」

 それだけ言うと、水野は、どんよりした気配をまき散らしながら、去って行った。

 「相も変わらず、不気味だよね」
 「だな」

 結衣が言って、悠梨も同調していた。
 私は指名されてるし、そもそも部長だから、行かないって訳にはいかないんだけど、問題は、あと1人だよね。

 「じゃぁ、早速なんだけど……」
 「パス!」

 私が言うと同時に結衣は言ってきた。
 ちょっと、まだ何も言ってないじゃん

 「結衣は役に立ってないなぁ……じゃぁ、私が」

 悠梨が言ったんだけど、今の活動的に、悠梨抜きだと、活動が滞っちゃうんだよね。今はエッセの外装と、悠梨の発案で、プレミオの外装のプロジェクトも動いてるからさ。

 「悠梨が抜けちゃうと、今、部の活動にならないんだよね。だから、悠梨は部に出て」
 「そうかー、私は結衣と違って、部には、なくてはならない人材なのかー」

 私が言うと、悠梨は嬉しそうに言った。
 言い方的に、棘はあるけど、事実だからね。だから、ホントは結衣に来て貰いたかったんだけどね。

 「じゃぁ、柚月でいいや」
 「なんだよ~、マイ、私『で』いいやって~」

 私が言った事に柚月が噛みついてきた。
 まったくもう、柚月も考えが足りないな。ガレージに行くメンバーが、結衣と悠梨なら、アンタがいると、また2人に縛られて、くすぐられたりして、優子が、何隠してるのかについて拷問されるでしょうが。

◇◆◇◆◇

 放課後になって、私と柚月は、職員室に向かった。
 途中、尾けられていない事を確認した私は、柚月に訊いた。

 「優子の車、どこまで進んだの?」
 「あぁ、燃料フィルターの交換とか、エンジン系の補器で交換するものはしておいたのと、ミッションとプロペラシャフトの固定、それからタコ足の取付までかな」

 なにタコ足って? エンジンから出た排気ガスを、マフラーに抜くまでの通り道で、エキゾーストマニフォールドって部品の俗称の事なんだけど、各気筒から出てる長さが、全て等長に揃えてある高効率のものの事を、特にタコ足っていう場合があるんだ。
 NAエンジンの場合は特に、タコ足をやるか否かで、大きくその楽しさが変わるほど、フィーリングとパワーが変わるんだって。
 ちなみに、タコの足みたいに見えるから、その名がついたんだって。

 「一応~、マニフォールドの事を指してタコ足って、いうらしいんだけど~、純正品の場合は、ほとんど『エキマニ』とか、『マニフォールド』って、呼ばれてるから、タコ足って言うと、社外品の事を指してる場合が多いよね~」

 柚月の説明を聞いて、きっと、LSDの事を指して『デフ』と呼んでいる人が結構いるのと同じような感覚なのかなと、解釈してみた。

 まぁいいや、とにかく、この貴重な経験を楽しみながらも、あの2人には勘付かれないようにしないとね。優子たってのお願いだからね。

 そんな事を話しているうちに職員室に到着した。
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