上 下
67 / 296
春は出会い……

外出用車と塩カル

しおりを挟む
 翌日、最初に部室に3年生を集合させて、打ち合わせをした。
 昨日、柚月と水野に呼ばれて言われた件について、早めに決めなければいけないので、急遽の集合としたんだ。
 まぁ、別に3年生はみんな同じクラスだから、教室で決めても良いんだけどさ。でもって、こういうところにメリハリをつけて、緊張感を持たせるのって重要じゃない?
 それに、折角部室もあるんだから、有効に活用しないとさ。

 「それじゃぁ、始めるよ」

 私は言うと、柚月に合図をして、黒板の議題を書いて貰った。
 『外出用部車を決めよう!』
 みんなが、分かったような、分からないような微妙な表情になっていたので、私から説明をした。

 今は、買い出しや、外部への連絡なんかには、私を含め、自分の車で出かけているけど、学校的に、それが望ましくないらしいんだ。
 部の用事で出かけているので、部車を使って行くべきではないか、という議論が出ているらしいよ。
 そこで、今ある部車の中で、1台、ナンバーを取って、外へと出られる車を作ろうって訳なのよ。
 3年生は、買い出しとか、お遣いなんかで、外に出るので、3年生の中で決を取って決めたいんだよね。大丈夫?

 みんな、ここまでの説明で大きく頷いているため、更に説明した。
 黒板を指すと、柚月によって今の部車が、羅列されてる。
 今、ここにある部車の中から絞り込むんだけど、まず対象外なのは、ノートとエッセ。これは、競技車で、リアシートとかない上に、万一事故を起こすと、エントリーしたのに車が無くて出られない……ってことになっちゃうからナシね。
 私が言うと同時に、柚月が、赤いチョークで、2台の名前を斜線で消した。

 次に対象外なのは、タイプMとムーヴで、この2台は、書類が無くて登録ができないんだよ。
 まぁ、ムーヴは放置車だしね。書類があったら、持ち主に、車ごとつき返すところだよ。

 さて、プレミオ、GTE、シルビア、教習車の4台に絞られてきたね。

 「あのプレミオ、臭いからヤダー!」
 「あの車、鼻が曲がりそうだよ」

 悠梨と優子がほぼ同時に言った。
 うん、最初から言ってたけど、あのプレミオは、お爺ちゃんのトニックみたいな臭いが染みついていて、とてもとても、窓を閉めて長時間乗ってられない車なんだよ。

 「あの教習車は? 仮免後の路上練習にもなるし」

 結衣が言った。
 それはナイスアイデアで、私自身も、昨日から、考えてはいたんだよ。ただ、水野が前に調べたところ、車検や登録の解釈が、あまりにまちまち過ぎるから、パスした方が良いって、ちなみに最寄りの陸事だと、補助ブレーキを外せって言われたらしいよ。
 そうなると、カラーリングが妙な、激遅のR32になっちゃうからね。外に出る時は、ブレーキを封印して、帰ってきたら解除……を繰り返す面倒さを考えると、現実的じゃないよね。

 あれだけあったけど、残りは2台になっちゃったね。

 「だったら、あのGTEなんじゃない? 4ドアの5人乗りだし」

 結衣が言った。
 まぁ、現実的に考えて、連絡や買い出しに行く用途なので、多人数乗車の機会は、あまり無いけど、ドアの数は多いに越したことはないでしょ。
 素直なFRの挙動を学ぶための練習車としては、貴重な存在だけど、ウチの部にはFR車が余ってるしね。

 みんなも、この意見に賛成して終わるかと思ったその時

 「でもさ、買い出しまで含めたら、シルビアの方が良くね?」

 と、ミノムシ……じゃなかった、悠梨が言った。
 はて、買い出しに、あの車が有利な要素ってあったっけ? あの車は、2ドアの4人乗りだよね。

 「なんでよ?」

 結衣が言った。
 そうだよね、普通に考えれば、GTEの方が適任な気がするけど、買い出しに有利なら、シルビアって手もあるし、あの車を構内だけじゃなくて、外でも乗れるようになると、性能も発揮できると思うんだよね。

 「こっちには、トランクスルーがあるんだよ。その方が、長尺物も載せられるし、R32とだったら、トランクもこっちの方が広い」

 悠梨は得意気に言った。
 そう言えば、さっきのS14の作業の、リアシートと内装の担当は悠梨だったので、その辺の構造は、悠梨が詳しいはずだったね。
 よし、見てみよう。

 ガレージにあるシルビアのトランクを開けてみると、ホントだね、こっちの方が使えるね。
 広さは、大きくは変わらないと思うけど、深さがこっちの方が段違いにあるよね。そして、悠梨が室内から、リアシートの背面を倒すと、トランクと貫通して、室内へと空間ができたね。
 確かにこれだったら、物干し竿とかでも運べるね。え? 物干し竿なんか部で使うのかって? だから、例えの話だよ。うるさいなぁ。
 よし、今日は遅いから、改めて明日、ガレージに運び込んで2台を比べてみよう。併せて、シルビアの整備の続きかなぁ。

◇◆◇◆◇

 翌日の放課後になった。 
 よし、改めて2台を見比べてみよう。
 じゃぁ、優子は悪いんだけど、1、2年生の運転練習の同乗で、悠梨はエッセの外装をお願いね。

 私と柚月と結衣は、まずシルビアの床下を見るべく、半地下へと入って、下から覗いてみた。
 解体屋さんでは、さらっと不調箇所が無いことを確認しただけで、床下からじっくり見た訳じゃなかったんだよね。

 でも、綺麗だったよ。
 結衣がエンジンをかけてみてから、もう1回、下から見てみたけど、何かが漏ってきたりとかしてる訳でもないし、排気系に穴が開いてる様子もなかった。

 「問題なさそうだね」

 私が言うと、あとの2人も頷いた。

 「恐らく~、色も不人気色で、ほとんどノーマルだったから~、年配の人とかが乗ってたんじゃないかな~」

 柚月が言った。
 確かに、部品が取られた場所がある以外は奇麗だし、マフラーとエアクリーナーが、ちょっと新しめの社外品な以外は、ノーマル状態なんだよね。
 こういう渋い緑色って、お爺ちゃんとかが好みそうだよね。

 そして、今度は場所を入れ替えて、私は、GTEを床下の上のスペースへと入れると、床下へと降りて行った。
 すると、上を見上げる2人の表情が、明らかに曇っているのが分かった。

 「どうしたの?」

 私が言うと、柚月が

 「うん……これはちょっとヤバいかな~」

 と、苦虫を嚙み潰したような表情で言うので、私は床を見上げてみた。
 ……すると、そこには、一面に茶色の斑点が広がっていたんだ……これって、錆だよね。

 「塩カルで、やられちゃったんだね~」

 柚月がしみじみと言った。
 あぁ、分かるよ。この辺は雪が凄いからね。冬場に融雪剤が撒かれていて、それを車が撒きあげると、床に塩カルがついちゃうんだよね。
 家に帰った時、きちんと床下を洗ってあげていればいいんだけどさ、結構億劫だからって、放っておくと、こういう風になっちゃうんだよね。

 「これって、ちょっとヤバいよね」

 結衣が言うと、柚月が

 「この年式にしては、かなり軽症だから~、昔は、きちんと床洗浄してたんだと思う~。恐らく~、乗ってた人が高齢になって、手が回らなくなっちゃったんだよ~」

 と、床を撫でて、様子を見ながら言った。
 確かに、水野から訊いているのは、このGTEの元の持ち主は、結構高齢で、もう車に乗らなくなるために、手放したというような話だったらしいよ。
 しかし、クルマの床を見ただけで、そこまで分析できてしまうのは、ある意味面白いな。乗ってる人の特徴が車に現れてくるってことなんだね。

 「それで、どうなの? ヤバい?」

 と訊くと、柚月は言った。

 「直らないことはないよ~。そんなに重症じゃないしね。ただ~、あのシルビアと外乗り車として、どっちにするか、って言われれば、文句なく向こうだよね~」
 「そうだね。わざわざこの床の状態の車で、外へ出かけたくはないよね」

 結衣も賛成した。
 じゃぁ、結論付けると、外へと乗っていけるナンバー付きの部車は、シルビアに決定で、次回からの活動は、シルビアの車検に向けた整備と、GTEの床の錆の除去作業を追加だね。

 
しおりを挟む

処理中です...