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春は出会い……

冷やし中華とエバポレーター

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 冷やし中華って、食べると夏になったって気がしない?
 中華屋さんで、お昼にした私たちが、戻って来ると、ちょうど解体屋のおじさんによって配管の洗浄が完了したところだった。

 折角、エアコンのコンプレッサーを交換するなら、一緒にやっておいた方が良いんだそうだ。
 しかし、あのおじさんは色々な器具を持ってるよね。ホントにタダの解体屋さんなんだろうかと、不思議になってくるんだよ。なにせ、あの水野の知り合いだからね。

 じゃぁ、コンプレッサーの作業は、結衣と悠梨、優子に任せて、私と柚月は室内作業に入ろう。
 エバポレーターについてる、エキスパンションバルブってのも、コンプレッサー故障の要因になっているから、交換しておこう。ついでに、エバポレーターの洗浄もしちゃおうって事らしい。

 まずはグローブボックスを外して……と、そうか、結衣は後期なのにダンパー付けてたんだっけ。
 そして、その奥の方にある白っぽいボックス状の物が、エバポレーターなので、コネクターを2本抜いてから、ボルトを外して、取り出してあげる……と。
 肝心の本体は、その白いボックスの中に入ってるから、分解しなきゃいけないんだけど、いくつかのネジ以外に、パッキンとコネクター基部を外さなくちゃいけなくて、ちょっと苦労したかな。

 柚月だけだったら、壊してたと思うよ。アイツさ、ネジが取れたからって、力任せに分離させようとして、私が止めたんだから。
 このボックスみたいなの分割したら、マジで中が汚かった。落ち葉とか、虫の死骸とか、色々入ってたよ。
 外気はここに入って来るから、ゴミがたまっちゃうんだって? 今の車のエアコンは、この手前にフィルターが入っていて、そこでゴミとかは、シャットアウトされるんだって。
 エバポレーターって、一見するとラジエーターみたいなものなんだね。原理は一緒だって? 
 エバポレーターで、外の空気の温度から、冷房の温度に替わるから、非常に重要なパートなんだって。

 折角だから、隣にあるファンも洗っておこう、だって? あぁ、エバポレーターのケースがついてた隣の円筒型みたいなやつね。あれの先端のネジを外すと、ブロアファンっていうファンが外れるから、それを出して、一緒に洗うんだね。
 取り外しは簡単だね。中にただ入ってるだけだからさ。薄いグレーのファンって、いうより、ハムスターの運動器具みたいな形だね。

 このエバポレーターが、エアコンをつけた時の、嫌なカビ臭いにおいの原因になっているから、ここを綺麗にすることで、空気まで洗ったような気分になるんだって?
 そうか、熱い空気から、気化熱の原理で一気に冷たい空気に変換するから、物凄く結露するんだね。その結露が、カビを発生させるのかぁ。

 じゃぁ、私がブロアファンを洗ってる間に、柚月はエバポレーターをお願いね。……柚月、なんかこのファン、水洗いしてたらさ、見る見る色が変わってきて、白くなったよ。
 え? それは外気に含まれてる排ガスの成分やら、すすの色がついただけだって?
マジなの柚月、こんなに汚くなるの?

 「マイ~、人間には、鼻毛があるから、肺の中は綺麗なの、無かったら、肺の中は真っ黒けだよ~」

 ううっ! 知りたくない事実だけど、私の車の中も、こういう風になってるって事なのね。
 ファンの洗浄は終わったから乾かして……と、なんか柚月、エキスパンションバルブってやつが、真っ二つなんだけど。

 「なかなか、ネジが回らなかったからね~、ちょっと力入れたらパキっとね~」

 まぁ、部品交換するから良いか。
 そして、柚月の両手には、エアコン洗浄スプレーが握られてるよ。
 それをエバポレーターに力一杯吹き付けてるよ。やっぱりエアコンには、専用品って事だね。

 「ホントは~、車に家庭用、使っちゃいけないんだけどね~、どのみち水で洗い流しちゃうからさ~」

 そうなの? ホントだ、裏の説明に書いてあるよ。
 でも、それは、車に取り付けた状態だと、薬剤が、さっきのケースの中に溜まって流れないからだから、こうやってバラしてある分には、洗い流すから問題ないんだね。
 2本使うと結構、汚れてるのが洗い流されてくるね。
 トドメに、もう1本だって? なんで? ホームセンターで、お徳用3本パックが1番安かったからだって?
 “シュオオオオオオーーーー”

 よし、柔らかくて毛足の長いブラシで、力を入れないようにゴシゴシと擦ったら、結構ゴミと汚れが流れて、なんか、くすんだ色だったエバポレーターが、凄い輝きのある銀色になったよ。
 じゃぁ、最後の仕上げは私の水洗いだね。ホースの水をたっぷりとかけて、しっかりと汚れを流して……って、結構、汚い水が流れてくるよ……ゴミも出てくるし、やっぱり、エバポレーターの洗浄は必要だったんだね。

 よし、室内側は乾かせばOKだね。
 結衣のコンプレッサーも、本体の取り付けは終わったから、あとは、ベルト張りと、リキッドタンクか。

◇◆◇◆◇

 よし、完全に水気も取れたし、あとは、室内側を組み付ければ、私らのパートは完成だね。
 エキスパンションバルブを、エバポレーターに取り付けて、ケースを元通りに組み立てていく。そうだ、入口のところに、スポンジテープみたいなのが貼ってあったから、それも新しいのを貼ってっと。

 エバポユニットを元通り取り付けて、柚月が配線を繋ぐ間、私はブロアファンを取り付けた。
 グローブボックスは、動作チェックが終わってからつけることにして、私らはエンジンルームに回った。

 よし、コンプレッサー班も終わりだね。
 あとは、おじさんを呼んで、ガスを入れてもらっちゃおう。

 結構、ガスチャージって、物々しいんだね。私さ、なんか高圧ボンベとかで“シュッワワワ~”って感じに入れるのかと思っちゃった。
 ゴツイ機械を使ってるよ、これで、ガスとオイルを補充してるんだって? エアコンにはオイルも入ってるんだね。
 さっき、外した古いコンプレッサーに、オイルを吹いた跡があっただろって? あぁ、そう言えば、そんなのあったね。

 よし、ガスチャージも完了して、遂にエアコンの修理は完了だね。
 結衣がエンジンをかけて、スイッチを入れる……あれ? 結衣、スイッチ入れてる? マグネットクラッチの音がしないよ。

 「スイッチが入らないよ」

 え? スイッチの故障? そんな事ないよね。だって、前はスイッチは動いてたからね。
 あ、ホントだ。表示が真っ暗だ。って、なるとスイッチの故障か? いや、待てよ。確か学校でさ……。

 「結衣さ~、ヒューズ抜いてるんじゃね?」

 私の頭に思い浮かぶのと同時に、柚月が言った。
 そうだよね。ヒューズが切れてるって言って、挿し直したら、また切れたから、マグネットクラッチが怪しい、って事になったんだもんね。
 え? ヒューズがない? おじさんに訊いたら? ここには、腐るほど車があるから、ヒューズの1本くらいあると思うよ。

 ……あ、貰ってきた。
 最近の車とは、ヒューズの規格が違うんだよね、だから、予備に持ってた方が安心なのかな?
 100均とかでも売ってるから、あっても良いと思うって? だよね。

 エアコン他にも、電装関係のヒューズが切れてるよね。
 スイッチパネルが表示しないんだもん。ラジオや時計、ルームランプが怪しいよね。
 よし、挿し直してから、エンジンをかけて、スイッチを入れる……やったよぉ~、マグネットクラッチが、カチって繋がったよ~。
 室内は、うん、冷たい風が出てきてるよ。……苦労したけど、これで修理完了だね


 「みんな、ありがとう。助かったよ」

 いやぁ~、結衣、いいんだよ。
 ただ、この恩は一生忘れないでもらって、私の前では常に跪いてひざまずいていれば……え? 調子に乗るなって?
 週明けから、お昼奢ってくれるって? 良いね~。

 「さっすが、結衣、太っ腹~、卒業までいいの~? ……痛いなぁ~、何するんだよぉ」

 調子に乗るな、柚月、1週間だ。だって。
 まぁ、これで、エアコンも直って、これで、誰の車でも乗れないって事はないわけだから、夏休みには、念願の海に行こうよ、ね。
 
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