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夏は休み

ガムテープと丸い音

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 あ゛ぁ~、博物館から帰ってから、喉の調子が悪くてさ、これじゃ、まるでおじさんみたいだよ。
 なに? おじさんって、名前の魚がいるだって? 今いらないよ、その知識。 

 まったく、あの後さ、展示車をまたゆっくり見ようと思ったんだよ。R31のトミーカイラとか、4ドアハードトップとか、R32のオーテックとか、FMパッケージ試作車とかね。
 そしたらさ、結衣が『至高のスカイラインはどの型か?』とかいう、地雷臭しかしない不毛な質問をしてきてさ、スルーしてたら、口にガムテ貼った柚月が、優子から逃げてきて、私を盾にして暴れるしさ、もう、散々だったんだよ。

 ちなみに、結衣がした『どの代が最高か?』なんて質問は、ハッキリ言えば終わりのない堂々巡りにしかならないし、コアなファン同士でやるとケンカになるから、やっちゃダメだよ。
 例えばR31やR33が好きな人と、R30やR32が好きな人の主張なんて、どこまで行っても平行線なんだよ。それだったら、R32が好きな人対、S13シルビアが好きな人のトークバトルの方が、まだ車種が違う分、折れたり、分かり合えたり、諦めたりできるんだけどさ、なまじ、同じ車種だと逃げ道が無いでしょ、結衣も博物館来て、舞い上がってるのは分かるけど、どうかしてるよ。

 そして、色々見た後で、売店でお土産買ったんだ。まぁ、オリジナルのミニカーくらいしかなかったんだけどさ、ちょうどR32だったからね。買っちゃったんだ。
 そう言えば、その時に優子が言ってたんだけど、トミカのR32は、GT-Rが出たんだけど、その時の箱絵に描かれている車が、明らかにタイプMのリアスポイラーだけを大きくしたもので、GT-Rには見えず、子供騙しにしても程があるだろって、話してた。
 画像を見せてもらったんだけどさ、ライトはプロジェクターじゃないし、ホイールは、GT-R用のガンメタじゃなくて、タイプM用の銀色だし、ボディ幅は狭いし……どこにもGT-Rの要素が無いんだよね。

 そして、次の日には、この間、道の駅で会った燈梨と、優子の友達が会うことになって、私らも一緒に行ったんだ。
 まぁ、関わっちゃったしさ、優子もその友達連れてくるから、行かないって訳にもいかないからね。

 「ウソばっかり~、マイは、燈梨ちゃんと、お近づきになりたかったからだろ~」

 うるさい! うるさい! 柚月め、余計な事ばかり言いやがってぇ……大体、博物館出る時に、優子に言われただろ

 『柚月は、本当にうるさくて恥ずかしいから、私が良いっていうまで、そのテープ剥がしちゃダメだからねっ!』

 って、なんでガムテープ貼ってないんだよ!

 「うるさいやい! 年がら年中、口にガムテ貼ってる奴が、どこの世界にいるんだよ~っ!」

 口にガムテなんて、そんな機会は、一生のうちに1回も無いのが普通なんだよ。『年がら年中』なんて言ってる段階で柚月は異常者なんだよ!
 私も優子も1回もないもんね。大体柚月は、小学校の時も、3年生の頃の担任の教師に貼られてたじゃないか、うるさいからって。
 大体、あの女教師は、凄く優しくて、私にも優子にも『舞華ちゃん、優子ちゃん、今日も花丸だねっ』って言ってたのに、女子の中で柚月だけは『三坂ぁー!』って呼ばれて怒られてた記憶があるよ。
 さすが、マゾヒスト部だね、違うなぁ~。

 「私は、マゾヒスト部じゃない~、それに、普通は、家とかで、1回くらい貼られた事あるもん~。異常はマイの方だもん~」

 んな訳あるか! 一般家庭では、子供の口にガムテを貼ったりはしないんだよぉ、柚月の変態思考を世のスタンダードにするなっ! 
 なに? 私と優子が異常だって? きっと燈梨ちゃんだって貼られた事あるもん、だって? バカ野郎! 言うに事欠いて、燈梨まで汚すなんて許さないぞぉ! あの娘の、清廉な口には、そんな汚らしいベタベタしたものなんか、触れたことなんてないんだぁ!

 柚月めぇ~! このっ! このっ! このっ!

 「ゴメンなさい~、参りました~」

 許すまじ~! 柚月~!

◇◆◇◆◇

 はぁはぁはぁはぁ……柚月めぇ、もう、会う事はないからって、また、私の燈梨を汚すようなことを言ったら、許さないからなぁ!
 え? いつも、許された覚えがないって? いつも、こんなもんで勘弁してやってるんだよぉ! 私が本気になったら、柚月なんて消し炭になってるんだからなぁ。

 さて、今日は、午後から悠梨と会うんだったよなぁ?
 肝心な悠梨はどうしたんだろ?
 あ、悠梨が来たぞ
 “パパパッ”
 悠梨のやつ、一丁前に、クラクションで挨拶なんかしやがってぇ~……って、R33のクラクションって、結構高音が高くて、丸っこい音だね。

 「これは、社外品のホーンなんだよ~。マイの無知でムチムチめが~」

 この野郎! 柚月め! まだ自分の立場が、理解できてないようだなっ! このっ! このっ! お前を蝋人形にしてやろうかぁ~?

 「参りました~、ゴメンなさい~!」

 まったく、柚月めが、いつもいつも同じ結末になるのが、どうして分からないんだ?

 ちょっと悠梨、ボンネット開けて見せてよ。
 どれがホーンなんだ? この先端にあるカタツムリみたいな形をしてるのが、ホーンだって?

 「私も、今日言われるまで、替わってるなんて知らなかったよ」

 そうだよね、中古車の場合は、最初の状態が新車の状態とは限らないから、こういう細かいものまで純正状態かなんて、分からないよね。

 ちなみに、私の車は、どんな音だったっけ? よくは覚えてないけど、こんな良い音じゃなかった記憶があるよ。
 “ビッビー”

 「純正だね~」

 そうか、まぁ、なんとなくは予想してたし、それに、純正でも困らないしね。

 「こういうのは、好みの問題だよね~」

 それは分かるんだけどね、でもって、こういう音を身近で聞かされると、なんとなくだけど、気になるし、変えてみたくなっちゃうのも人情ってやつだよ。
 こういうのって、カー用品店とかで売ってるんでしょ? どうせ、これから、悠梨の用事で、カー用品店に行くんだし、ついでに寄って見て行ってみよう。

 「でも~、カー用品店でも、置いてない物もあるからね~」

 そうなの? でもって、悠梨の音みたいなのは置いてあるでしょ?

 「でもさ~、マイの好きな『ゴッドファーザーのテーマ』とかは、ここじゃ売ってないからさ~」

 ナニソレ、柚月? 何言ってるの?

 「マイ、柚月にバカにされてんだぞ。ゴッドファーザーって、昭和の暴走族の定番ホーンだったらしいよ」

 悠梨がボソッと、私に耳打ちした。
 同時に見せられた動画には、地面ギリギリまで車高の下がった、動画タイトルでは『クラウン』って書かれていても、なんだか原型すらも分からない、4ドア車が、発進時に地面に床を擦る音をさせながら同時に『パパラパラパパパラパパパ~』と、例のフレーズを鳴らしながら走っている姿があった。

 それを見た私の行動は1つだった。
 コラぁー! 柚月ー! 何度も何度も、同じこと繰り返しやがってぇー!


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 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回は
 ホーンに興味を持った舞華は、カー用品店で、ホーンの体験機を鳴らします。
 
 お楽しみに。
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