上 下
133 / 296
夏は休み

胴と伝説の音

しおりを挟む
 昨夜は、家に帰ってからネットであれこれ『ホーン視聴』で調べてみて、色々なメーカーのページに入ったり、動画サイトで色々なホーンを聞いてみたよ。

 柚月め、バカにしやがって、なにが『ゴッドファーザーのテーマ』だ、あんなものつける訳ないだろーが!
 まったく、思い出すだけでも腹立たしいから、今日という今日こそは、アイツをとっちめてやろう。

 あ、柚月が迎えに来たぞ。
 後ろに優子も乗ってるから、私は助手席で良いのね。
 柚月、アンタ、何やってるのさ? 剣道の胴なんかつけて、これから、剣道の試合でもあるの?

 「マイに、おっぱい握り潰されないようにガードしてるんだい!」

 はぁ? アホじゃね? 柚月さ、そんなもんつけたって、隙間から手、突っ込み放題だし、なんだったら、柚月を優子と羽交い絞めにして、外しちゃえばいいんだからさ~。

 「ううっ……!」

 ねぇ、優子どう思う? コイツさ、昨日も減らず口ばっかり叩いてさ、カー用品店でも、ガムテ貼られてるのに、店内で『うーうー』って騒ぐし、剥がしてやれば約束破るしさ。

 すると、優子は、忌々しく、はぁ~っと、ため息をつくと

 「もう、今度やらかしたら、埋めるしかないよね」

 と、一言吐き捨てた。
 それを訊いた柚月は

 「イヤだよ~、なんで私が埋められるんだよ~」

 と、喚いたが、直後に優子が、フラットな声で言った。

 「ユズ、私たち、18歳だよね。普通、18歳にもなって、『公共の場所では静かに』なんて注意受けないよ。なのに、なんでユズは、いつも私とマイに怒られるの?」
 「ううっ……」
 「だから、私、ユズのそれはもう治らないと思うから、おばさんに、お願いしようと思うの『ユズをお腹に戻してください』って、ユズは生まれなかったことにしちゃえばいいんだよ」
 「そんな事、出来る訳ないだろー!」

 優子の相も変わらず一本調子な感じに、柚月が大きな声で反論すると、優子は今までになく冷たい感じで

 「だから、埋めちゃうの。お腹に戻せないんだったら、ユズを無に帰しちゃうんだよ」

 優子の放つ、外の灼熱の陽気すら瞬時に凍てつかせるような雰囲気が、車内に一瞬で充満したかと思うと、柚月は、空き地に車を止めて。

 「うう~~~~~~!!」

 と、泣き始めてしまった。
 私は、仕方ないので、声をかけようとすると、優子は

 「マイ、ダメだよ! ユズはね、マイにはフォローして貰えるからって、すぐ泣くんだからさ」
 「でもさ……」

 私が言うと

 「ダメだって! ユズはね、マイかお爺ちゃんがいると、すぐ泣くの、この2人は、泣くとフォローしてくれるから、だけど、私とか、おじさんとおばさんとかだと、泣かないんだよ。おじさん達だと殴られるし、私だと無視されるから」

 と、冷たく言い放った。

 「ううう~~~~~~」
 「ズルっ娘、柚月~♪ マイとじーちゃん居なけりゃ弱虫~♪ ズルっ娘、柚月~♪ マイとじーちゃん居れば泣き虫~♪ や~い、柚月の虫~♪」

 泣いている柚月に、優子の辛辣な歌が容赦なく降り注いでいた。
 しばらく、その状態が続いたところで、柚月がガバッと起き上がると

 「やめろよー!」

 と、後部座席の優子に向かって行ったが、優子はあっという間に柚月の背後を取って、リアシートの座面に組み伏せた。

 「ううーー!」
 「ミュージアムの時から言ってるでしょ! 暴れるなって、それに、マイにちょっかいばっかり出してるんじゃないの! 守れないんだったら、もう、柚月は何処にも連れてかないからね! 分かった?」

 柚月は呻きながら頷いたが、優子は、更にぎゅうっと、抑え込んで言った。

 「返事!」
 「ハイ」

◇◆◇◆◇

 さて、飼い犬のしつけ講座は終わって、本題のホーンの音比べだよ。昨日、お店とネットで、あらかたのホーンの音の聞き比べはしたから、そんな今更変わるものでもないと思うんだよね。
 大体価格的にも、こんなものかなぁ……ってラインを見つけたしさ。

 しかも、やって来たのは、解体所だよ。
 なんで、ホーンの音の聞き比べに解体所なんだよ。カー用品店と、ネットの品揃えを上回るとは思えないし、元々大した値段じゃないから、ちょっとくらい安くてもメリットないしさ。

 じゃぁ柚月は、なんかいつもより、ちょっとやつれた感じがするのは何でだろうかは分からないけど、始めようか。

 「じゃぁ~、今日は、純正関連を聞き比べてみるよ~」

 でもさ、柚月、純正って、昨日も聞いたけどさ、聞いた瞬間にそれと分かる“ビッビー”とか“プップー”とか、そういうのじゃん、そんなのは、聞きたくもないし、そんなもののために、昨日のカー用品店で買おうと思っていた物を、無駄にしたわけじゃないよ。

 なに? そのシルバーの、レクサスのLSだね。へぇ、N-BOXの下取り車でここに回ってきたんだ。珍しい経歴だね。
 え? もっと離れないと危ないって? この辺で良いのかな? 
 “ファァァァーン”
 ナニコレ?
 
 「各社、上級サルーンのホーンは、コストのたっぷりかかった、高性能版がついてるんだよ」

 そうなの優子?
 なるほど、車の価格は、こういったものの価格にも比例してるのか。

 「ちなみに、安い車のホーンは、シングルホーンが多いよ。だから、安い車は高音しか出てないでしょ」

 確かに、軽とかのは“ピッピー”って、音が多いような気がするね。なるほどね、より遠くまで聞こえるように、かつ、法規に準じるようにしてコストを抑えようとすると、いきおい高音のみのホーンになるんだね。

 今度はシーマだね。
 なるほど、各社の高価格サルーン揃い踏みって訳だね。
 “ファァァァァーン”
 なんか、音の感じを文字に起こすと、さっきのレクサスと同じになっちゃうんだけど、こっちの方が、もう半オクターブくらい低い“ファァァーン”だったような気がするね。

 「マイ~、拘るね~」

 そりゃぁ、私は元・軽音楽部だからね。音への拘りは半端ないんだよ。
 そうなんだね……って、軽音楽部の話になると、物凄く淡白に避けるね。へは触れないように、柚月も気にしてくれているんだね。
 最近は、軽音楽部の名前を出すこともタブー視されちゃってんだね。別に、気にしてないんだけどなぁ……。

 え? 今度は柚月の車だって? 柚月のはどう違うの?
 “ファァァァァーン”
 ……なんか、レクサスのに音が似てるね。

 「さっすが、マイ~。耳が良いね~。これは、センチュリーのホーンなんだよ~。お爺のセンチュリーから貰ってきた~」

 あぁ、そうか、柚月のお爺ちゃんは、センチュリーに乗ってたもんね。
 なんか、聞いてみた感じ、トヨタ系は高めの音で、日産系は低めの感じがするね。え? 一応音の調整は若干の範囲で可能なんだって? 

 そうなんだね。
 なんか、私的にはシーマのホーンの方が、音は好きだね。
 ところで、なんで純正品を流用する人がいるの?

 「まずは~、車の設計に合わせてるから薄い物が多くて、純正ホーンとの入れ替えが楽だから~、そして、本体でアースしてるものが多いから、配線を作り直す必要がない、そして、耐久性が高い物が多いからかな~?」

 そうか、大型セダンの場合は、エンジンルームがギッチリの場合が多いから、狭いスペースに取り付けできるように設計してるのか。
 そして、社外品は、汎用性を持たせるために、本体でなく別配線でアースを取らせている場合が多いから、新たに配線を作る必要があるのか。
 更に、純正品だから、耐久性が求められるって事だね。特に大型セダンの場合、乗られる年数も長めになるもんね。
 なるほど、これだけの音が出てるなら、純正品ってのも面白いかもね。

 「そうか~、だったら、コレはどうだい?」

 あ、解体屋のおじさん。いつもの如く突然現れたよ。
 ホーンに不満があるなら、まずはこれをお試しだって? なんか随分薄くて平べったくて、大きいホーンだね。
 取り敢えず、ここに繋いでみて……と
 “ファァァァァーン”

 あ、凄い!
 この感じだよ。低音がガッチリ響いてて、高音は、少し足らない感じがするけど、でも、この感じだよ。

 「これって……」

 どしたの優子、このホーンって、なに?
 え? シーマホーン? あれ、でもさっきのとは、音の感じが違ったよ?

 「これは、Y31。つまり初代のシーマホーンだよ」

 そうなの? もう絶版で手に入らないって? でも、シーマホーンは、古くなればなるほど低音寄りになってるんだって?
 ……4世代分、聞かせて貰ったんだけど、やっぱり言われた通りで、古くなればなるほど、低音が出てるよ。
 しかも、おじさんは、どのシーマホーンも、100組以上余ってるから、缶コーヒー1本でくれるって、だから、初代のにしよう。

 取り付けは外してつけるだけだから、物凄く簡単だって、今日は車ないけど、帰ってからでも余裕で出来ちゃうんだって。
 なに、柚月? 裏についてるネジを回すことで、若干音の調節ができるんだって?

 なんか、物凄く楽しみだな~。


──────────────────────────────────────
 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回は巣ごもり需要で高まる例のブツのお話です。
 お楽しみに。
 
しおりを挟む

処理中です...