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夏は休み
研究クラブと菓子折り
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4度塗り目の塗装が乾くまでの間、悠梨の進捗度合いを見ていた。
悠梨のR33は、年代が進んだからなのか、それとも、プラモのメーカーが違うからなのか、結構細かい作りになっていた。
サスペンションと、ブレーキの部品が別々になっていて、精密になっているし、後輪もタイヤが独立してくっついているよ。
私のR32のなんて、後輪が、金属製のシャフトで繋がっていて、これが実車だったら、デファレンシャルって、なに? ってレベルの原始的な作りだからさもう、どうよ? って感じだからね。
柚月曰く、大昔のプラモデルは、リアシートの裏側にモーターを入れて、後輪を駆動させる、モーターライズが前提になっていたから、このR32のモデルが出た初期のディスプレイモデル? ってやつは、その名残で、金属シャフトを使ってたんだろうってさ。
ちなみにディスプレイモデルって、なに?
「今のプラモデルみたいに、飾って鑑賞するのが目的のモデルのこと」
と言って、柚月はこの間、文房具屋さんで買ってきたプラモの内の1つを開けて見せてくれた。
これが、今悠梨が作っているR33と同じメーカーが作ったモデルだという事で見せてくれたよ。日産ローレル・メダリストクラブL? この間はスルーして、納屋の棚の中にしまっちゃったけど、このローレルって、昔、兄貴が乗ってたなぁ。
「そうなの~?」
うん、兄貴の車にしては珍しく、最後に欲しいって人が現れて、売っちゃったんだよ。
ホラ、ウチの兄貴の車って、無傷で終わらないケースが大半だから。
朝、学校に行こうとして、玄関を出ると、昨夜までは納屋の中にあったハズの兄貴の車が、庭でクワガタになってたり、屋根の高さが半分になってたり、『く』の字になってたりとか、そのたびに芙美香が怒りながら、どこかに謝りに行ったりしてさ。
なにせ、私が中学生になるくらいまでは、家の玄関に、おかきの菓子折りがカートンで常に準備されてたんだよ。……週に何回も車潰してくるから、いちいち買いに行ってたら間に合わないし、選ぶのも大変ならば、お金もかかるからね、だからカートン買いして、スタンバイしてたんだよ。
「マイの家は、すごいな~」
別に、誇れるような凄さじゃないじゃん、むしろ恥ずかしいから!
話が脱線しちゃったけど、そのローレルの説明書と内容を見ると、確かにモーターをリアシートの裏に積んで、トランクに単3電池を入れ、スイッチを入れるとモーター走行するようになっていた。
そのために、リアタイヤを1本のシャフトで繋いで、そのシャフトの片側には、ギアが付いるのだ。
なるほど、私のプラモは時期的にほぼ一緒なため、モーター走行時代の名残で、こういう風に自然となったのは理解できた。それ以降の流れとしては、モーター走行のギミックが外れて、よりリアルさを追求したって訳だね。
凄いリアルだなぁ……ライトもしっかり内側から作り込んでるし、シャーシも細かく色分けの指示があるんだよ。
そして、説明書の工程の数が15だよ。私のは8なのにさ。
「でもね~、最初からリアル志向過ぎると、嫌になっちゃうからね~。マイのだって、充分リアルだよ~」
と言って、柚月は製作途中だというモデルの説明書を見せてくれた。
日産ブルーバードSSS-Rだって。白いボディに、赤白青の日産ストライプの入った派手なセダンだね。
工程数も悠梨のとほぼ同じで、そう多くないし、部品も複雑そうじゃないけど、なんで?
すると、柚月は、ボディの被さっていない、シャーシと内装だけの車体を渡してくれた。
「マイ~、それのリアタイヤ、ホイールごと外して、また付けてみて~」
さっきの説明書の通りに見ると、タイヤとホイールは、ただ刺さってるだけだからスポッ……と、いかないなぁ、なんか、力任せに外すと、別の何かが外れてきそうだよ。
ようやく取れた。今度は、つけるだけだね……って、タイヤつけるだけなのに、足回りの部品がたわんで、今にも折れて飛んでっちゃいそうなんだけど。
……しかも、今、タイヤ取り付けようとして、両側からぎゅっと押しただけなのに、足回りが、超内股に向いちゃって、モロ事故車みたいになっちゃったんですけど。
「このブルを今日のマイが作れる~?」
私が首を横に振ると、柚月は死んだような目になって言った。
「私もね~小学生の頃からだから、10年くらいのキャリアがあって、今までに500台以上組み立ててきたし~、改造もそれなりにやってきて、ビギナーは脱してると思うんだよ~」
そして、下を向いてから、涙を浮かべて私に抱きつくと
「だけど、あのブル、最凶に組み立て辛いですけど~、ちょっと力入れると曲がっちゃうし~、説明書の説明がアバウト過ぎて、間違った所にくっついちゃったりするし~」
と、涙ながらに言った。
どうも、車種のマイナーさにひかれて、買ってみたのはいいものの、色の指定が細かすぎて、ずっと手が付けられず、もう、色は似てる色で誤魔化すつもりで始めたものの、組み立て辛い上に、説明がアバウト過ぎるために、間違った位置についたり、それと相関関係をなす部品が全てズレてくっついてしまったりして、上手く組みあがらずに、何度もキレてしまったらしい。
確かに、問題となっているリアサスペンションの工程は、あまりに分かり辛くて、コレは間違えてもおかしくないし、むしろ、柚月が到達した正解が、私にとってはあり得ないくっつき方をしているのだ。
しかも、これだけ分かり辛い場所なのに、注意書きや、拡大図もなく、更に、組み立て後の正解図もなく、次の工程では、シャーシがひっくり返されて、内装の取り付け工程になっているために、自分の動きが正しいかの復習も出来ないという、最凶の説明になっていた。
「これで~、ネット上で組み立てた人が『リアルで、組み立てやすく、最高』って、言ってるんだけど~、全っ然だよぉ! だから、マイも最初にこういう最凶なのにぶち当たると~、プラモなんか2度と作りたくなくなっちゃうから~、だから、今日くらいのが入口でいいんだって~」
柚月のキレっぷりを訊いていると、なんとなく分かった。
なにごとも、最初が肝心という事だ。最初に今のようなものにぶち当たったとしたら、私はきっと、柚月以上にキレて、床に叩きつけて捨ててしまったかもしれないね。
なるほどね、これでいいんだ。
ここから少しずつ難しいモデルに挑戦していけば良いんだ……って、なんか、おかしくないか?
私は、別にモデラーになりたい訳じゃなくて、単にタイプMのプラモデルを、私のそっくりに作り上げて、部屋のどこかに飾りたいって、思ってるだけだよ。
「マイ~、ここのメーカーから、最近R32のGT-Rが出たんだよ~。今度、比較用に組み立ててみようよぉ~」
柚月がニコニコしながら、私の手を握って言ってくるので、私は柚月を振りほどいて突っ込んでやったよ。
私を柚月と一緒にすな!ってね。
まったく柚月め、油断してるとすぐに私を仲間に引きずり込もうとするんだから。
柚月は、小学生の頃、ビックリマンチョコに1人でハマって、クラスで誰も集めていないのに、1人だけでビックリマン研究クラブなる組織を作って、いつの間にか私と優子とあと3人ほどを勝手に加入させていたことがあったんだ。
結局、誰も活動には参加せずに、クラスでもビックリマン人口は、男子を含めても増える事はなく、クラブなる組織もいつの間にやら消滅していたのだけど、柚月はね、こういうマイブームに人を巻き込もうとする癖があるんだよ。
「ねぇ~、マイ、私と一緒にGT-R作ろうよぉ~」
あぁ~聞こえない聞こえない~!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
暑い中でも、モチベーションアップの源になってます。
次回は
柚月の講釈を聞いてるうちに、塗装も乾いて、遂に仕上げにかかります。
お楽しみに。
悠梨のR33は、年代が進んだからなのか、それとも、プラモのメーカーが違うからなのか、結構細かい作りになっていた。
サスペンションと、ブレーキの部品が別々になっていて、精密になっているし、後輪もタイヤが独立してくっついているよ。
私のR32のなんて、後輪が、金属製のシャフトで繋がっていて、これが実車だったら、デファレンシャルって、なに? ってレベルの原始的な作りだからさもう、どうよ? って感じだからね。
柚月曰く、大昔のプラモデルは、リアシートの裏側にモーターを入れて、後輪を駆動させる、モーターライズが前提になっていたから、このR32のモデルが出た初期のディスプレイモデル? ってやつは、その名残で、金属シャフトを使ってたんだろうってさ。
ちなみにディスプレイモデルって、なに?
「今のプラモデルみたいに、飾って鑑賞するのが目的のモデルのこと」
と言って、柚月はこの間、文房具屋さんで買ってきたプラモの内の1つを開けて見せてくれた。
これが、今悠梨が作っているR33と同じメーカーが作ったモデルだという事で見せてくれたよ。日産ローレル・メダリストクラブL? この間はスルーして、納屋の棚の中にしまっちゃったけど、このローレルって、昔、兄貴が乗ってたなぁ。
「そうなの~?」
うん、兄貴の車にしては珍しく、最後に欲しいって人が現れて、売っちゃったんだよ。
ホラ、ウチの兄貴の車って、無傷で終わらないケースが大半だから。
朝、学校に行こうとして、玄関を出ると、昨夜までは納屋の中にあったハズの兄貴の車が、庭でクワガタになってたり、屋根の高さが半分になってたり、『く』の字になってたりとか、そのたびに芙美香が怒りながら、どこかに謝りに行ったりしてさ。
なにせ、私が中学生になるくらいまでは、家の玄関に、おかきの菓子折りがカートンで常に準備されてたんだよ。……週に何回も車潰してくるから、いちいち買いに行ってたら間に合わないし、選ぶのも大変ならば、お金もかかるからね、だからカートン買いして、スタンバイしてたんだよ。
「マイの家は、すごいな~」
別に、誇れるような凄さじゃないじゃん、むしろ恥ずかしいから!
話が脱線しちゃったけど、そのローレルの説明書と内容を見ると、確かにモーターをリアシートの裏に積んで、トランクに単3電池を入れ、スイッチを入れるとモーター走行するようになっていた。
そのために、リアタイヤを1本のシャフトで繋いで、そのシャフトの片側には、ギアが付いるのだ。
なるほど、私のプラモは時期的にほぼ一緒なため、モーター走行時代の名残で、こういう風に自然となったのは理解できた。それ以降の流れとしては、モーター走行のギミックが外れて、よりリアルさを追求したって訳だね。
凄いリアルだなぁ……ライトもしっかり内側から作り込んでるし、シャーシも細かく色分けの指示があるんだよ。
そして、説明書の工程の数が15だよ。私のは8なのにさ。
「でもね~、最初からリアル志向過ぎると、嫌になっちゃうからね~。マイのだって、充分リアルだよ~」
と言って、柚月は製作途中だというモデルの説明書を見せてくれた。
日産ブルーバードSSS-Rだって。白いボディに、赤白青の日産ストライプの入った派手なセダンだね。
工程数も悠梨のとほぼ同じで、そう多くないし、部品も複雑そうじゃないけど、なんで?
すると、柚月は、ボディの被さっていない、シャーシと内装だけの車体を渡してくれた。
「マイ~、それのリアタイヤ、ホイールごと外して、また付けてみて~」
さっきの説明書の通りに見ると、タイヤとホイールは、ただ刺さってるだけだからスポッ……と、いかないなぁ、なんか、力任せに外すと、別の何かが外れてきそうだよ。
ようやく取れた。今度は、つけるだけだね……って、タイヤつけるだけなのに、足回りの部品がたわんで、今にも折れて飛んでっちゃいそうなんだけど。
……しかも、今、タイヤ取り付けようとして、両側からぎゅっと押しただけなのに、足回りが、超内股に向いちゃって、モロ事故車みたいになっちゃったんですけど。
「このブルを今日のマイが作れる~?」
私が首を横に振ると、柚月は死んだような目になって言った。
「私もね~小学生の頃からだから、10年くらいのキャリアがあって、今までに500台以上組み立ててきたし~、改造もそれなりにやってきて、ビギナーは脱してると思うんだよ~」
そして、下を向いてから、涙を浮かべて私に抱きつくと
「だけど、あのブル、最凶に組み立て辛いですけど~、ちょっと力入れると曲がっちゃうし~、説明書の説明がアバウト過ぎて、間違った所にくっついちゃったりするし~」
と、涙ながらに言った。
どうも、車種のマイナーさにひかれて、買ってみたのはいいものの、色の指定が細かすぎて、ずっと手が付けられず、もう、色は似てる色で誤魔化すつもりで始めたものの、組み立て辛い上に、説明がアバウト過ぎるために、間違った位置についたり、それと相関関係をなす部品が全てズレてくっついてしまったりして、上手く組みあがらずに、何度もキレてしまったらしい。
確かに、問題となっているリアサスペンションの工程は、あまりに分かり辛くて、コレは間違えてもおかしくないし、むしろ、柚月が到達した正解が、私にとってはあり得ないくっつき方をしているのだ。
しかも、これだけ分かり辛い場所なのに、注意書きや、拡大図もなく、更に、組み立て後の正解図もなく、次の工程では、シャーシがひっくり返されて、内装の取り付け工程になっているために、自分の動きが正しいかの復習も出来ないという、最凶の説明になっていた。
「これで~、ネット上で組み立てた人が『リアルで、組み立てやすく、最高』って、言ってるんだけど~、全っ然だよぉ! だから、マイも最初にこういう最凶なのにぶち当たると~、プラモなんか2度と作りたくなくなっちゃうから~、だから、今日くらいのが入口でいいんだって~」
柚月のキレっぷりを訊いていると、なんとなく分かった。
なにごとも、最初が肝心という事だ。最初に今のようなものにぶち当たったとしたら、私はきっと、柚月以上にキレて、床に叩きつけて捨ててしまったかもしれないね。
なるほどね、これでいいんだ。
ここから少しずつ難しいモデルに挑戦していけば良いんだ……って、なんか、おかしくないか?
私は、別にモデラーになりたい訳じゃなくて、単にタイプMのプラモデルを、私のそっくりに作り上げて、部屋のどこかに飾りたいって、思ってるだけだよ。
「マイ~、ここのメーカーから、最近R32のGT-Rが出たんだよ~。今度、比較用に組み立ててみようよぉ~」
柚月がニコニコしながら、私の手を握って言ってくるので、私は柚月を振りほどいて突っ込んでやったよ。
私を柚月と一緒にすな!ってね。
まったく柚月め、油断してるとすぐに私を仲間に引きずり込もうとするんだから。
柚月は、小学生の頃、ビックリマンチョコに1人でハマって、クラスで誰も集めていないのに、1人だけでビックリマン研究クラブなる組織を作って、いつの間にか私と優子とあと3人ほどを勝手に加入させていたことがあったんだ。
結局、誰も活動には参加せずに、クラスでもビックリマン人口は、男子を含めても増える事はなく、クラブなる組織もいつの間にやら消滅していたのだけど、柚月はね、こういうマイブームに人を巻き込もうとする癖があるんだよ。
「ねぇ~、マイ、私と一緒にGT-R作ろうよぉ~」
あぁ~聞こえない聞こえない~!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
暑い中でも、モチベーションアップの源になってます。
次回は
柚月の講釈を聞いてるうちに、塗装も乾いて、遂に仕上げにかかります。
お楽しみに。
応援ありがとうございます!
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