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夏は休み

タコ足と廃旅館

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 今日は部活の活動日なんだけど、私と柚月は、水野から言いつかった用事で、山向こうの教習所と、向こうの学校へと何故か呼ばれたので、そっちに行かなくちゃならないんだよ。

 学校に来るなり、優子が明るい声で言ってきた。

 「あのね、みんな。この間の花火の件だけどね、なんと、近くのホテルで、2部屋取れました~」
 「おお~! さっすが優子~」

 柚月がそう言って、犬みたいに、優子にすり寄って喜んでるけど、私だってハイタッチして喜びたいくらい嬉しかったんだよ。柚月め、邪魔してからに!
 話によると、優子のお父さんの勤めている会社で、保養所扱いで、近くのホテルと契約してるから、平日の1日に限って、空いてるところがあったらしいよ。
 良かったよぉ~、これで、ゆったり温泉楽しみながら、花火眺められるよ~。ありがと~、優子ぉ~。

 「大丈夫、大丈夫、これくらいお安い御用だよ」

 じゃぁ、今日、私と柚月は遅くなるかも……だけど、夜、必ず連絡するからね。
 よし、柚月、向こうの学校に午後一だから、そろそろ出発しよう。
 え? どうしたの? 結衣。

 「今日、私の車の作業やっても良い?」

 特に作業予定はないから、やっても良いけど、一応今日の監督者は、水野だから、水野の許可取って、水野立会いの下でね。
 ちなみに、何の作業やるの? タコ足交換だって? 良いよ。
 じゃぁ、行こう柚月。

◇◆◇◆◇

 今日は、シルビアの運転を柚月に任せている。
 山道を順調に上りながら、柚月は言った。

 「マイさ~、今度の旅行の事なんだけど~」

 うん、どうしたの?

 「私ね、言っておきたいことがあるんだよ~」

 そうなんだ、それで、なに?

 「行き帰りの車ね、私とマイで出そうよ~」

 奇遇だね柚月、私も、そう言おうと思ってたところなんだよ。
 まぁ、私でなくとも悠梨の車でも良いかな……とも。

 「だってさ~、優子と結衣、なんか怖いんだよぉ~」

 なんかさ、あの2人、バチバチじゃね? 夏休み前の乗り比べの一件が尾を引いてるのかな?

 「あの2人、揃いも揃って、負けず嫌いだからな~」

 それは分かるんだけどさ、よりにもよって、2人でNAって、困った組み合わせだよね。
 どっちかがターボだったら、こんな面倒なことにならないのにさ。
 結衣は、バイクでは、速く走ろうという興味が無かったので、優子と同じビーノに乗っていても何ら問題なく過ごせていた。
 優子が排気量アップする時なんか、私と悠梨は軽音楽部で、柚月は、空手部の応援で忙しかった事もあって、エンジンの積み下ろしとかを、結衣が、つきっきりで手伝ったりして、むしろ、とても仲良くやっていたハズなのだ。

 その2人が、ここまで拗れるこじれるとは思ってもみなかった事だよぉ……。この間のファミレスでだって、優子ったら、明らかに結衣の事を、ほぼ名指しでディスってたしさ。

 「私らの中で、ブレーキがノーマルなのって、結衣の車だけだしね~」

 そんなに、あの2人が対抗意識をむき出しにするのを、私は見た記憶が無いんだよね……。
 でも、繰り返しだけど、2人とも負けず嫌いだからね。こうなると厄介だね。

 「しかも~、今日、結衣さ、タコ足の交換するって言ってたよね~」

 だね。
 しかも、アレって、海に行った時に買ったから、1ヶ月くらい前に買った物だよね。だってさ、あの時さ『熱中症になるとヤバいから、涼しくなってからつけるよ』って、言ってたのにさ、今日つけるってのも、ちょっとおかしいしさ。

 「間違いなく~、今回の花火に間に合わせようとしてるよね~」

 もう、困ったねぇ。
 さり気なく、私らが車出すとか言っても、結衣たちが引くように見えないんだけどさ、どうしたもんかなぁ……。

 なんか、このまま、あの2人になんか車出させたら、どうなるかなんて、一部始終が目の前に浮かんでくるようだよ。
 どうせ、どっちが前で、どっちが後ろ走ってても、峠道の下りに入ったところで、パッシングとか始めちゃってさ、そうなったら、ゴングが鳴り響いちゃうよ。

 そうなると、あの2人の性格だから、絶対に先に引きたくないって、2人で意地張り合っちゃうから、限界に来てても無理に頑張っちゃってさ、そうなると最後は、どっちかが、カーブを曲がり切れないでガードレールを突き破って、崖下にある廃旅館に向かって、真っ逆さまに落ちてdesireだよ、しかも、燃料タンクに引火して、炎のように燃えてdesireだよ。

 「イヤだ~~~~! しかも、真っ逆さまに『落ちて』じゃなくて、『堕ちて』だよ~」

 それは知ってるよ、1年の頃、軽音楽部で弾いたことあるし。
 あとは、ごく自然な流れで、あの2人に諦めるような流れに持ち込まないとダメだよね。

 「でもさ~、私らで先に車出しちゃえば、あの2人も諦めるじゃん~」

 いや、そんな事してもさ、アイツらが当日、車で勝手に来ちゃったら、どうしようもないじゃん。
 なんか、雰囲気的に、そうなりかねないから困ってるんだよ。

 「1人でなんか乗せたら、止め役がいないから、ますます危ないよね~」

 参ったなぁ……。

◇◆◇◆◇

 山向こうの学校には、校長と、生活指導担当の教師がいて、自動車部の活動について訊かれたり、意見の交換なんかをしてきたんだ。

 どうも、向こうの県でも、山間部に限って、バイクや車の通学を認めるべきではないか? という議論が、以前から起こっていて、この学校で、来年から、テストケースとして行うかを検討しているらしく、本来であれば、隣県の学校になるのであるけど、実際に行っている学校の現状を知りたくて、無理を言って今回の視察が実現したらしい。
 先週、ウチの学校に来て、校長と、安全運転管理の教師に会い、実際の運用について打ち合わせたらしいけど、自動車部の活動日と違う曜日に来ていて、活動についてを直接聞きたかったという事だそうだ。

 まぁ、車両の通学を採り入れようとしているところに、既に30年以上の実績を誇っていて、今まで通学時の事故というものはゼロで(兄貴のは、校内での自損事故だからノーカンだと、先もって校長から釘を刺されていた)、更には課外活動で、自動車部などというものがあるので、興味が湧いたとのも、無理はないところで、根掘り葉掘り色々な事を訊かれたのだった。

 私と柚月で、パンフを使いながら、免許のない部員の運転に対しては、教習車を使って、助手席ブレーキで止められるようにしているが、今まで使うような危険はなかった事、部車を使って基本整備なども勉強させ、実際の生活に役立てられるようにしている事、毎月行われる、交通安全講習においても、自動車部が主導的役割をしている事などを話して、終了となった。

 「マイ~、この学校来るの、初めてじゃないでしょ~」

 車の中で、柚月が言った。
 うん、私さ、軽音楽部で何回か行った事あるし、文化祭の時に合同コンサートで呼ばれた事もあるしね。
 なんで? え? 来客用の入口も知ってたし、入り方も慣れてるからだって? そんなこと言う柚月だって、ここに来るの、初めてじゃないだろ~?

 「そりゃぁね~、格闘技系の部の交流戦とか、そういうのの付き添いで、ちょくちょく、行ったからね~」

 そんな柚月も、今や自動車部の副部長と、マゾヒスト部の部長だもんな~。

 「私は、マゾヒスト部じゃないってば~!」

 そんなくだらない雑談をしている間に、もう何度目かになる、山向こうのシャレオツな教習所に到着した。

 私と柚月は、補充用のパンフを持つと、身だしなみをもう1度整えた。
 水野から言われているのは、どうやら、今日はここの偉い人と会うらしいという事だからだ。
 

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 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回は
 自動車部の用事で、自動車教習所にやって来た2人。
 そこでの用事と、帰り道で起こる出来事とは?

 お楽しみに。
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