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夏は休み

拾い物とドロップキック

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 ふぅ、話はスムーズに終わったけど、最後は毛穴がドッと開いちゃったよ。
 あの社長さんは、兄貴と同じ匂いのする近づいちゃいけないタイプの人間だね。
 予定の時間が来て秘書の人から電話がかかってきたから良かったようなものの、そうじゃなかったら、永遠に話し続けてるタイプだったね。

 え? 折角だから兄貴の名前出しておけばよかったのに?
 バカぁ! そんな事したらとんでもないことになるから。いい? 車好きそうなあのくらいの年齢層の人に兄貴の名前出すと、やたら話し込んでくるか、途端に不機嫌になって黙り込んじゃうかのどっちかなんだから!

 子供の頃から散々それでひどい目に遭ってるの。
 軽々しくウチの兄貴の名前は、出しちゃダメだからね。
 まぁ、あの社長さん。気付いてたとは思うよ私が関係者だって、だけど途中から兄貴の伝説に触れそうになったら、軌道修正していって一切話題を避けたからね。

 しかし、最近はやたらと対外的な活動が多くなってきたねぇ……普通なら、3年生は部活から遠ざかっていくもんだけど、この部に関して言えば、免許を取ってからが本番みたいなところがあるからなんだろうか活動が増えていくねぇ。

 「それよりもさ~、マイ」

 なに柚月?
 あっ! アンタの顔見て思い出した。おばさんにLINEしておかないと。

 「させるかぁ~!」

 柚月は助手席から手を伸ばして運転中の私の鞄からスマホを取り出したが、画面ロックが解除できずに、止まってしまっていた。

 「暗証番号は~?」
 「教えな~い」
 「くぅぅぅ!」

 大体さ、その場で送信してない段階で、するつもりないってことくらい分かるだろっての!

 それよりもさ柚月、帰るまでに今度の旅行の時、どうやってあの2人を諦めさせるかを考えておかないとさ、当面の厄介ごとはあの2人だからさ。

 「でもさ~、あの2人は、私が最も苦手としてるんだよ~」

 まぁね、それは分かるよ。
 柚月が一番苦手とするのは、ああいった柚月のバカっぽいムードを全く意に介さないで、淡々と絡めとるタイプだからね。

 でもって逆に奇策を思いつくのも、苦手なタイプに対してなんだよ。私だと、あの2人を基本攻略できているために、こういったイレギュラーに対応できない。
 しかし、苦手なタイプに対しては、案外スラスラっと抜け穴的に思いつくもんなんだよ。
 正直言うと私も小さな頃、柚月が苦手だったんだよ。バカっぽいフリして計算高くて、いざとなったら、バカのフリで泣いて大人や男子に取り入る。ホントに腹が立ったんだ。
 でも攻略できた。だから私は柚月に期待するんだよ。

 私は、妙案を思いついた。
 よーし、帰りつくまでにいい案を考えついたら、おばさんへのメッセージは勘弁してあげるよ。

 「ホントっ!?」

 うん、ただし、真面目に考えなかったら、今日のに加えて、この間柚月が学校でパンツ脱いだことも言いつけるから。

 「うう~っ! マイのサディスト~!」

 真面目に考えればいいだけだろ! それとも、最初から真面目に考えるつもりないのか? よし、じゃぁ待つ必要ないな。

 「待って~!」

 よし、じっくり考えるんだぞ。
 そうだ、スケジュール通りに進んだから、結構時間に余裕あるし、そこの道の駅に寄って何か甘い物でもご馳走してやろう。

 「わ~い、マイ、ありがと~!」

 いいって、なにせくだらない案出したりしたら、これが柚月が最後に食べる物になるかもしれないからね。

 「ううっ!」

 そんな冗談を言いながら、道の駅に入った私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある薄い青の混じったシルバーのボディカラーだった。
 そして、今乗ってる部車と同じS14中期型のシルビア。

 でもって、彼女とはもう会う事がないと思っていたので、近づいても違う車だとしか思えなかった。
 この色って、当時のカタログのイメージカラーだから結構多いって聞いてるし、サンルーフ付きも珍しくない、それに社外品の同じホイールだって、偶然履いていてもおかしくない。
 ナンバーは、関東のとある地方都市のものだった。3文字の所在地。

 「マイ~、燈梨ちゃんだよ~!」

 柚月のはしゃぐ声を聞いて、私は初めて実感が湧いた。
 あの日、もう2度と会う事はないと覚悟したはずの燈梨がここにいるのだと思うと、自然に早足になっていたんだ。

 私は、本館や売店の方を探してみたが、燈梨の姿は無かった。
 車を見張らせていた柚月の方へと行ったが、そこに柚月の姿は無かった。
 柚月を探してあちこち探し回っていた私が目にしたのは、展望台の所で誰かの後ろに立って目隠しをして

 「だ~れだ?」

 と、言っている柚月の姿だった。
 その、柚月に目隠しされている相手の姿を見て私は確信した。そして、駆け寄った。
 燈梨ぃ!

 燈梨は私の声に反応して、柚月の目隠しから逃れてこっちを向いた。
 その目尻に浮かんだ涙を見た時、私は反射的に柚月にドロップキックの体勢を取っていた。
 “どす~ん!”

 「痛いなぁ~! なにするんだよぉ~!」

 倒れて喚いている柚月を無視して、私は燈梨の手を取って言った。
 燈梨!

 「舞華……ちゃん」

 潤んだ燈梨の目を見ると居たたまれなくなって、思わず言った。
 大丈夫なの? コイツに痛くされたの? そうでしょ? そうに決まってる!

 そう思うと、矢も楯もたまらなくなり足元に転がる物体をゲシゲシと蹴りつけ続けた。

 「痛い! 痛い! 痛いって、マイ、なにするんだよぉ~!」

 うるさい、うるさい、うるさい! 柚月め、また燈梨を泣かせやがってー、もう勘弁ならん! 今からおばさんにサクッと報告だぁー。

 「やめろー!」

 柚月とスマホの争奪になり、私がスマホをポイッと落とすと、柚月がそれを追って展望台から土手の下へとダッシュで降りて行った。

 邪魔者のいなくなった私は、燈梨の手を取っって言った。
 燈梨、帰ったんじゃないの?
 燈梨は頷くと、目尻の涙を拭いて言った。

 「帰ったよ。だけど、今日は別件でね。また別荘に泊まってるんだ」

 話を訊くと、詳しい事情は言えないけど、家を出てから1年が経つ前にこの間も言ったように、今のおじさんの家を出て再スタートを切らなければいけないとのことで、1人で生きていくのにどうすれば良いのかを考えていたところ、オリオリさんから、しばらく別荘で心を休めてくるように言われて、ここまで来たのだという。
 そして、さっき到着して自然とここに足が向いて、つい、ここに寄ったのだそうだ。

 私は、正直考えた。
 燈梨の家庭環境を考えると家に帰れとは一番言い辛いし、言いたくもない。だけど、だからと言ってウチに来なよとは言えないんだよね。
 ホラ、1週間とかじゃないじゃん、それくらいだったら兄貴の部屋もあるし、どうにでもなるんだけど、最低高校卒業まで……と考えても1年半くらいあるんだよ。
 そこまでとなると、無責任なことは言えないんだよね……取り敢えず、部室かガレージで……って訳にいかないでしょ、燈梨は生徒じゃないし、学校も夜は機械警備がかかるしさ……。

 ウサギとか猫を拾ったわけじゃないからね、問題は簡単じゃないんだよなぁ……と思っていたその時、足元からにゅうっと、手が伸びてきたかと思うと、土手の下から現れた柚月が

 「それじゃぁ~、取り敢えず、ウチらの所に来てみれば良いよ~」

 と、へらっとして言った。
 私は、柚月のその言葉に頭が痛くなると同時に、何か妙に明るい何かを感じてしまった。
 

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 ■あとがき■

 ★、♥評価、多数のブックマーク頂き、大変感謝です。
 毎回、創作の励みになりますので、今後も、よろしくお願いします。

 次回は
 再会した燈梨の悩みに対し、あっさりと回答した柚月。
 その柚月の真意とは?

 お楽しみに。
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