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夏は休み

パフェと2台のS14

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 「えっ!?」

 燈梨は驚いて、ただただ、口をパクパクとさせていた。
 そこにすかさず柚月が、言った。

 「だってさ、来るなり、ここに足が向いたって事はさ~、燈梨ちゃんの中でも、この間の事が、大きなウエイトを占めてたって事でしょ~」

 燈梨は黙って頷いた。
 それを見た私は、柚月を引っ張って、飲み物を買いに行く体で、ちょっと離れたところへと連れて行った。

 オイ、柚月、どういうつもりだよ?
 「どういうって~?」
 燈梨の事だよ、『来てみれば良いよ~』なんてさ、観光じゃないんだよ?
 「そんなつもりで言ってないよ~」
 じゃぁ、どこに寝泊まりするんだよ。私らの家になんて、年の単位で寝泊まりさせられないだろ!
 「マイさ~、燈梨ちゃんの事になると、周りが見えなくなるよね~。ウチらの学校って、最近は、学生アパートの斡旋やってたじゃん~」

 柚月の言葉にハッとした。
 そうだった、私らの学校は、越境での通学を認めてるんだけど、冬場に凍結でバイク通学が困難になる生徒のために、学生向けのアパートの斡旋をやっていたのだった。

 元より、私らの住む街では、廃業したホテルやお店が、従業員寮として作ったアパートがだぶついていて、結構深刻な問題になっていたのだ。その対策の1つとして、学生アパートというのを、街をあげて斡旋しているのだ。
 昔のような、『小さな原宿』的な街ではなく、今度は学生の街といった感じでの活性化策を模索していて、今後は隣県の越境だけでなく、東京などの都会の学生もターゲットに『自然豊かな高原の学生ライフ』なんて言って、移住を進めようとしてるらしいのだ。

 「それに~、どうしてもだめだったらさ~、私の家にも、お弟子さんの部屋が余ってるしね~」

 柚月が言った。
 そうだった。柚月の家の道場にも、以前は住み込みの弟子がいたんだけど、柚月のお父さんは、自分の代で道場を畳むと決めていて、柚月が高校生になってからは、住み込みの弟子はいなくなったはずだ。
 ちなみに、弟子の部屋はこの間、柚月の家に行ったら、物置やプラモ部屋になっていたので、確かに余っていそうだ。

 そうか、もし、燈梨が1人で生きていくとするならば、ここが一番向いている、というか、ここしかないんじゃね? って訳か。
 住むところもあるし、学校も問題ないし、車があるから通学にも困らないし、別れた友達とも再会できたし、これで、私の燈梨でもあるから、いう事なしだよね。

 「最後の要素は、個人の妄想だから、ナシかな~?」

 よし、そうと決まれば、早速アパートの斡旋だ。帰ったら、学生課に行って……って、夏休みな上に、この時間だと、開いてるかな?

 「マイ~、話が飛びすぎなんだよ~。まずは、学校案内をして、燈梨ちゃんが気に入るかどうか? だよ~」

 私たちは、飲み物を買うと、燈梨のいる展望台へと戻っていった。

 あぁ、そうだ柚月、私のスマホ返して。

 「ううっ」

 柚月が潤んだ目で見ながら、無言でスマホを渡した。無論ながらロックは解除できず、柚月の骨折り損のくたびれ儲けとなったわけだ。
 なによ柚月、私はね、燈梨の涙には弱いけど、アンタなんか、いくら泣いても無視して置いてくからね。

 「えっ!?」

 私たちの話を訊いた燈梨の返事は、最初と同じものだった。

 だからね、燈梨。こっちに転校するってのは、どうかな?
 「……」
 結局、今、泊まっている所から、通うって訳にはいかないんでしょ?

 燈梨は黙って頷くと、直後に消え入りそうな声で言った。

 「コンさんが、ダメだって……」

 それを訊いて思ったよ。
 燈梨が、今いるところのおじさんは、ホントに良い人なんだね。
 燈梨の自立を促すために、突き放そうだなんて、まるでライオンの親子だね。これぞ親子ってやつだよ……まぁ、燈梨とそのおじさんは、親子でもなんでもないんだけどね。むしろ、世間的にはヤバい関係って、やつですよ。

 そうだ、親子といえば、転校するって言っても、燈梨の親兄弟の承諾は取れるの? なんか、話を訊くと、そういう世間体だけは、気にしそうな親に見えたからさ。
 え? そっちの心配はいらないって? コンさん? そのおじさんが、どうにかしてくれるって、言ってたって?
 そんな簡単にいくのかな? と、私は思ったけど、当の燈梨が自信たっぷりに言うので、それは大丈夫なのだろう。

 それで、話を戻すとさ。まずは、私らの学校を見てみて、行くかどうか考えてみるってのはどう? 周辺に学生用のアパートの斡旋もしてるし、通学は車もあるしさ。
 それに、私らの学校って、他県からの転校性が多いから、そんなに燈梨が浮くって事もないよ。

 「でも、私、ダブりになるんだよ? 転校生で、ダブりだと、さすがに浮くんじゃない?」

 燈梨は、展望台からの景色を見ながら、再び浮かない表情で、景色に向かって吐き捨てるように言った。

 柚月さ、確か、私らが入学してからだけで、ダブりの転校生って2人くらい、いなかったっけ? 
 「マイ~、人に関心持とうね。正確には3人だよ~。引きこもってた人と~、突然全てが嫌になったって、ホームレスしてた娘と~、前の学校で、友達と一緒にいじめられてて、2人で自殺したけど~、自分だけ生き残っちゃった娘の3人だよ~」

 最初の人って、記憶にないんだよね。私ら1年の時の3年でしょ?
 え? 柚月の所の弟子の人が、その人と仲良かったんだって? だから、柚月も面識があったって? 
 あとの2人と柚月が仲良かったのは知ってるよ。特に、ホームレス先輩とはね、あの人の、捨ててあるほぼ空っぽの容器の化粧水を満タンに増やす方法とか、マジいらねーから。
 もう1人の人って、自殺の生き残りだったんだ? 2人で、片手ずつ結んでマンションの屋上から飛び降りたんだけど、その娘の真下に、たまたまキャラバンが止まってたおかげで助かったんだって? それでも、半年生死の境を彷徨ったって?
 そういう感じには見えなかったんだけどね。クラスでも人気者だったらしいし、凄く明るかったじゃん。

 おっと、しまった。いつの間にか思い出に浸っちゃったよ。
 だから、大丈夫だよ燈梨。

 そうだ、折角だから、何か甘い物でも食べながら話ししようよ。
 ここの名物のスイーツは、生乳ソフトを使ったパフェか、じゃぁ、それ、柚月は水で良いよね。

 「なんでだよぉ~!」

 きっと、ここのお水も美味しいよ。この辺って湧水出てるし、なに? 水道から汲んでた? きっと、湧水を水道に使ってるんだよ。
 
 あ、柚月、なに勝手に3つも買ってるんだよぉ~、アンタは給仕係で、報酬は水って言ったでしょぉ。

 「そもそも~、私に甘い物、ご馳走してくれるって言って、ここに入ったんだろぉ~!」

 違うよ、私は燈梨を探しに、ここまで来たのであって、アンタに何かを奢ってやろうなんて断じて思ってないから。
 あ、そうだ。この間柚月が、県庁の近くで、ペプシコーラ買うって、駄々こねた事も、おばさんに言いつけとこうっと。

 「やめろよ~、なんで次から次に増えていくんだよぉ~!」

 アンタが、問題行動ばかり起こすからでしょ……って、燈梨が暗い目になっちゃった。そうか、燈梨は親にロクに愛された事ないんだもんね、こんな話したら、不愉快だよね。ゴメンね。

 「大丈夫だよ。そうじゃなくて、ちょっと考え事、してただけだから」

 パフェを食べながら、話を訊いたんだけど、やっぱり燈梨は、今後、どうしたいという方向性は決まっておらず、また、どこで暮らしたい、というのも決まっていないそうだ。

 そうだと思うよ。燈梨の今までの話を訊くと、ずっと籠の中で飼われてた鳥を、いきなり外に放したのと一緒で、迷いっ放しだと思うよ。
 ただ、その放された先で、何かを見つけたりするのも楽しみなんだけど、燈梨の場合は、経験値が極端に少なすぎるから、周囲に馴染めない可能性が高いんだよね。それに、行きついた場所によっては、排他的な土地柄だったりするからさ、そういう意味でも、ここに来た方が良いんじゃないかって思うんだよ。

 なので、思い切って言った。
 ねぇ、燈梨。
 私らは、燈梨は、こっちに来た方が良いと思うよ。
 燈梨の友達だっているんだし、私らだっているしさ。だけど、燈梨の気持ち次第だからさ、だから

 「だから?」

 下を向いて話を訊いていた燈梨が、私を見上げて言った。
 だから、今日は遅いから明日でも明後日でもさ、学校を見学しようよ。
 授業は、まだやってないけど、逆にあまり人がいないからさ、学校の隅々まで見られるし、それに、休みも終わりに近いから、課外活動も見られると思うんだ。

 「課外活動?」

 そう、ぶっちゃけると部活動だよね。
 燈梨は、今までやったこと無いでしょ?
 燈梨は頷いた。
 だから、見てみようよ。色々面白いから、折角なんだから、高校生の時くらい、部活を楽しもうよ。

 「いいの?」

 燈梨が訊いてきたので、私は逆に尋ねた。
 なにが?

 「学校を、案内して貰って……」

 あぁ、いいよいいよ、私ら自動車部と、マゾヒスト部の部長だし、進学も決まってるから、自由度が高いんだよね。

 「マゾヒスト部なんか、ないやい~!」

 あれ? 柚月いたの? てっきり、水飲んで満足したから、帰ったのかと思った。
 じゃぁ、決まりね~。燈梨は明日が良いの? それとも明後日? 明日が良いのね?
 それじゃぁ、そろそろ暗くなるから、帰ろうか?

 3人で駐車場まで歩くと、燈梨が、私らの乗ってきたS14を見て驚いていた。
 
 「このシルビアって……」
 あぁ、これは部車。夏前に、解体屋さんで買って来て、ナンバー登録したばっかりだよ。

 後ろの窓に貼られた、校章と、自動車部の文字を見て、驚く燈梨の姿が印象的だった。

 それじゃぁ、また明日ね~。
 私たちは、色違いのシルビアに乗って、別の方向へと走り去っていった。
 私は、帰り道でとてもワクワクする自分に気がついた。

 早く、明日にならないかなぁ……と。


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 ■あとがき■

 いつもお読み頂き、ありがとうございます。
 昨夜、遂にこの作品のフォロワー数が200名になりました。
 改めて御礼申し上げますと共に、これからも毎日しっかり更新を心掛けてまいります。

 これからも、【♡、☆】応援よろしくお願い致します。
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