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秋は変化……

テスト走行と家畜部

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 これで、交換した2台のチェックだよ。
 まずは手近にあるシルビアの、バッテリー端子を繋いで、キーをオンにする。
 最初に全部の警告灯が点灯して、しばらく置くと……、サイドブレーキ以外は消えたね、OKだ。

 「ここで~、エアバッグの警告灯が、点灯したり、点滅したりしたらアウトだからね~」

 うわっ! 柚月、突然現れやがって、てっきりただの豚だって分かったから、姿を消したのかと思ってたら。

 「さっきは牛だって、言ってただろ~、いつ間に豚扱いなんだよ~」

 うるさい! 柚月なんて、どっちでも同じなんだよ、要は、家畜扱いって事だ。
 さてと、燈梨のシルビアの……って、柚月、腕を引っ張るんじゃない! どこに行く気だよ!

 「私の車のチェックをしよ~よ~!」

 柚月の車のなんて、ちょっとくらい曲がってたって大丈夫だろ、根性で真っ直ぐ走らせれば……って、痛っ!

 「なんで、私のは、そうやって投げやりなんだよ~!」

 そんなのは、昨日からの行いの差だろうが、私は、柚月のせいで履歴書を買いに行けてないんだぞ、もし、履歴書買いに行くのが遅れて、バイトに落ちたら、柚月に人生メチャクチャにされたのも一緒なんだよ!

 「メチャクチャなのは~、マイの言ってる事の方だよ~」

 仕方ないので、柚月の車を練習場に持ち込んで、何周かしてみた。当然、練習場に向かう途中で、わざとウインカーを出してきちんと消えるか、そして、ホーンが鳴るかもテストしてみた。

 「どう~?」

 うん、普通だね。

 「普通じゃダメなわけ~?」

 そんなわけあるか、普通じゃなきゃダメなんだよ。
 まぁ、ただ、面白みはないね。

 「どうなれば良いの~?」

 柚月の車がバラバラになっちゃえば、面白いなと思うよ。

 「なんでだよ~!」

 柚月は、私の肩を掴んでガクガクと揺すってきた。
 あぁ~~揺らされたせいで、柚月の車があらぬ方向へ飛んでいきそうだよ~。
 と言うと、柚月は慌てて、パッと放した。

 うん、端的に言うと、ハンドルが変わっただけでも、走りはかなり変わるよね。
 正直、今まで柚月の車って、ちょっとだけ、曲がる時のレスポンスが悪いなって思ってたんだ。
 それって、4駆のせいなのかな~って、思ってたけど、ハンドルの径が大きいのが原因だったんだね。
 私のに比べると、やっぱりちょっとの差なんだけど、結構、同じ角度切るのにも、少しのタイム差があったんだね。

 そして、グリップが更に太くて、しっかりした感じになった事で、凄くタイヤからの情報が手に伝わってくるようになったよ。
 この2つの効果でさ、柚月の車の印象が、ガラッと変わったんだよね。そして、今までにも増して、フロントタイヤに駆動がかかったのが、手に伝わってくるようになったんだよ。

 やっぱりR32の純正は素晴らしいんだけど、径の大きさだけが残念だったんだよね。だから、最近ショップがリリースしてる復刻版でも、径はこのくらいまで小さくされてるんだよね。
 ホントは、それを買うのが理想的、と言えばそうなんだけどさ、メチャ高で買えないからさ、このくらいで妥協してるんだよね。

 いや、イイよ柚月、このハンドルだと、運転が楽しいし、運転が上手くなったような錯覚に陥っちゃうね。
 もう、これが柚月の車だって事を除けば、最高だよぉ~。

 「マイの意地悪~!」

 うるさいやい! 親切に手伝ってやってる、友達に向かって意地悪呼ばわりとは、酷い奴め!
 もういいも~ん、この後すぐ、このハンドルなんか、ボスごと外して捨ててやるも~ん! 柚月なんか、お笑いウルトラクイズのラストみたいに、ハンドルの無い車で、バスに突っ込んじゃえばいいんだも~ん!

 「ううっ……!」

◇◆◇◆◇

 よし、今度は燈梨のS14シルビアに乗ってチェックだ……って、なんで柚月まで乗ってくるんだよ!

 「いいだろ~! 私だって、どうなってるか、見たいんだも~ん!」

 よくねぇよ! なんでテスト走行なのに、狭い2ドアの車に3人も乗るんだよ。大体ここは、今の時間、私と燈梨の愛の空間……ゲフンゲフン、神聖な真剣勝負の場なんだよ。
 
 燈梨のS14を運転するのは初めてなんだけど、部車が同じバージョンだから、基本的なハンドルの感じは分かってるんだ。
 じゃぁ、いくよ。

 おおっ!
 柚月の車も変化したけど、燈梨の車の変化の方が大きくて分かりやすいよ。
 ハンドルを回した時に感じてた、違和感みたいなものが取れて、ダイレクトにタイヤと繋がったような感じになったよ。

 「でもさ~、今までに違和感なんてあった~?」

 うん、普通に今まで通り乗ってたら、違和感と感じなかったけど、今、こうしてエアバッグレスの社外品にしてみて感じるよ、今までのハンドルは、何かを間に挟んで回してるような、そんな感じなんだよ。
 あと、回した時に感じた重さも無くなって、凄く回しやすくなってるよ。素早い切り返しも、これなら楽にできる……って、感じになったよ。

 「そうなの!?」

 うん! 燈梨、ようやく燈梨が話してくれたよ。
 どうしたの、燈梨? 後ろに座ってる豚に脅かされたの? 喋ったらパンツ脱がすとか。

 「そんな事、するわけないだろ~! それになんで豚なんだよ~!」

 言っただろ、家畜扱いだって。
 やっぱり柚月は牛より豚だよね。

 どうしたの燈梨、笑って。 なに? 仲が良くて羨ましいって?
 違うよ燈梨、私は、こんな奴とは仲良くないよ、コイツはウチの部で飼ってる家畜なんだからさ、部長と家畜の関係だよ。

 「なんで、自動車部に家畜が必要なんだよ~!」

 部費獲得の手段だよ。
 学校側から出る部費以外に、家畜を売って部費にしてるんだよ。
 ブヒだけに、やっぱり柚月は豚だよね。

 話を戻すと、このハンドルさばきのしやすさは、ちょっと感動しちゃうよ。それに、柚月のも、燈梨のハンドルも、結構年数が経って、革が剝がれたり、カピカピになったりして、手が滑ったり、引っかかったりしてたんだけど、凄く握りやすくなったし、操作しやすくなったよ。

 柚月のみたいに、革がさか剥けちゃって握れなかったり、燈梨のみたいにカピカピで滑ったりしてたら危ないしね。
 危険を避けるためのアクティブ・セーフティの面でも、ハンドル交換は有効だったよね。

 「でも、エアバッグが無くなっちゃったよね」

 あぁ、勘違いしてる人が多いんだけどさ、エアバッグって、SRSエアバッグっていって、シートベルトの補助装置なんだよ。だから、ほとんどの傷害は、シートベルトが防いでいるわけ、シートベルトを力一杯、一気に引っ張ると、ガツンってロックがかかるでしょ、あれで、身体は抑えきれるよ。
 このロックって、高速域で効くと、骨が折れるくらいの威力で抑え込むから、きちんと身体に合わせてシートベルトをしてる限りは、エアバッグが無いからって不安になるような事はないよ。

 なんで、そんなこと言えるのかって? それは兄貴が、エアバッグキャンセルの車で、何十回も、あちこちに落ちたりぶつかったりして、実証済みだからだよ。

 それに、エアバッグは、昔の国産車には設定無かったからね。
 R32なんて、前期では設定無くて、後期で設定あったけど、装着率一桁だったし、S14も中期は標準だけど、前期はオプションで、やっぱりほとんど装着無しだったからね。

 「なんで~?」

 高かったのと、日本人は、安全装備にお金払うのが、バカバカしいって思ってるからだよ。
 今でも、両席のエアバッグが標準で、サイドエアバッグがオプションの車種ってあるけど、そういう車のサイドエアバッグの装着率って、多くて3割程度だからね。
 10年近く前にあった、とある車種では、サイド&カーテンエアバッグと、リアシートのセンター席ヘッドレスト&3点式ベルト、シート生地がスェード調になるセットオプションが、20万円高で設定されてたけど、装着率は一桁で、その一桁の理由も、大半がシートの生地目当てだったそうだからね。
 しかも、特別仕様車とか、追加グレードでは、コストダウンのために、そのオプションは選択不可になってたって、言うんだから、今でも、日本人の安全意識なんて、そんなものですよ。

 しっかりと、シートベルト着用してれば、ほぼ出番のない、前側のエアバッグよりも、リアのシートベルトしないと警報が止まらないシステムとか、未だに日産をはじめとした一部のメーカーが採用したがらないけど、そっちに目とお金を向けるべきだと思うよ。
 リアのシートベルトは義務なのに、一般道では、捕まらないから、しなくていいと勘違いして、してない安全意識最低レベルの日本人なんだからさ、着用しないと、警報がガンガン鳴る一部メーカーの車とかにするべきだと思うよ。現に、それで着用するようになった人とかいるからね。

 「なんで、マイの言う事には~、妙な説得力があるんだろうね~」

 優先順位が違うのに、目に見えるエアバッグだけが安全だ、なんて妄信的に思ってる人が多いからだよ。
 ちなみに、シートベルトを正しく装着せず、エアバッグが展開したことで、死亡した例は多数あるからね。

 「ええっ!!」

 私らは、部で色々な車に乗るし、フルバケットシートみたいなのにも座るから、正しい運転姿勢とか、シートベルトの正しい装着とかできてるじゃん。
 だから、燈梨も安心して良いよ。だって、元々発売当初はオプションだったんだし、死亡率の高い車でもなかったんだからさ。
 生存空間の圧倒的に足らない、キャブオーバーのワンボックスカーとか、昔の軽トラとかに、エアバッグだけついてる物に比べたら、この車の安全性なんて、天と地ほどの差だよ。

 「そうなんだ……」

 燈梨がつぶやいた。
 そこに、私は、ちょっと煮え切らないものを感じたので、車を止めて燈梨に向き直った。

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