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冬は総括

着座姿勢と呪文

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 別に革シートって言っても、見た目的には、朝見た画像の通り、後期のヘッドレストとかが普通の形になった版のシートと同じで華が無いんだよね。

 ただ、個人的には、タイプMとかの標準って、ヘッドレストの頂点が妙に反っててさ、後頭部を押し出すような感じになってるから、疲れるんだよね。それがこのタイプだと無くなってて、首の姿勢が楽になるから良いよね。

 でもね、前席のシートは本当に見た目がダサいね。
 なんでだろうね。悠梨のR33のシートも、出来の良さとは裏腹に、あのダサい形は何とかならないのかな……って思っちゃうくらいカッコ悪いしね。

 「それ、ヘッドレストの形だと思うぞ」

 悠梨に言われてよく考えてみると、なるほど、そういう事かと思っちゃったよ。
 確かに、この2つのシートの共通点は、ヘッドレストが平たくて大きいんだよ。

 「なんかさ、このシートって、取ってつけたような感じに見えるんだよね~」

 優子ったら、この手のスーパーカルト知識になると、うるさそうだな。
 悠梨! なんで優子を椅子に縛り付けてこなかったんだよ。

 「私は、優子の担当じゃないぞ」

 そうだったっけ?
 まぁ、いいや。
 
 本題に戻ると、まぁ、上級サルーンを求める層から、そっぽを向かれちゃって、販売実績がズタボロだったR32だから、後期は4ドア系のテコ入れが顕著だったんだよね。
 このシートも完全にその一環なんだろうね。

 でもって、なんかこのシートの形は、やっちまった感がするんだよね。
 同時期のセフィーロやローレルのシートは、それぞれ、車両のキャラに合わせた良い形だったんだけど、本当にこの後期のタイプX用シートはダサいな……。

 「マイは、ローレルやセフィーロのシートを知ってるのか?」


 あぁ、結衣。
 だって両方とも兄貴が乗ってたもん。
 セフィーロは、前期、中期、後期って全部乗ってたし、ローレルも後期クラブSと前期クラブLってのに乗ってたよ。
 個人的な好みは、ローレルのクラブLの白い革シートと、セフィーロの前期型の面白い生地で丸っこい形のシートね。

 え? 他の車の話はどうでもいいって?
 オイ、結衣めー。結衣が訊いてきたから、話してるんだろー。
 どうでもいいって、どういう事だよ。

 「マイ、結衣の安い挑発に乗らないの」

 優子、でもね、え? だから、そんな喰ってかかる価値もないって? 金額にすると、駄菓子屋さんでも何も買えないレベルだって?
 そうか、じゃぁ、しょうがないね。

 優子ったら、運転席をじっと眺めてどうしたの?
 え? シートにひび割れが無いから、程度は極上だって?

 「革シートは丈夫だから、破れたりは滅多にしないけど、しっかり手入れしないと、ひび割れてきちゃうんだよね」

 なるほどね、ってことは、このシートは極上物だって事だね。

 よし、見てるだけじゃ、しょうがないから、早速みんなで乗ってみよう。

◇◆◇◆◇

 山の頂上まで行って、そこから交代で運転してみたよ。
 うん、何と言うか、スポーツ走行向きのシートじゃないとは思ってたけど、あそこまで不向きだとは思わなかったよ。

 腰のあたりは、しっかりと抑え込んでくれるから、良いんだけどさ、お尻から腿にかけてがルーズだからさ、結構下半身が遊んじゃうんだよね。
 その上で、革だから結構ツルツル滑っちゃうじゃん、これって、革シートクリーナーとか、かけたっぽいよね。
 ウチの車の、洗車直後の感じによく似てるもん。

 総じて言えるけど、スポーツ走行には全く不向きだね。

 「そうかぁ……」

 結衣さ、ガッカリしてるけど、今朝運転してみて、なんとなくで分かったでしょ?
 結衣は頷いたよ。やっぱり分かってたんだね。

 でもね、運転席以外は別に良いと思うんだよ。
 スポーツ走行するのは運転する人だけだからね、助手席や後ろの席は、高級感があってゆったり座れるシートの方が良いに決まってるんだからさ。
 だから……

 「だから?」

 運転席だけ換えるか、スポーツ走行時だけ、運転席を入れ替えるかだね。

 「スポーツ走行時だけ換えるなんて、面倒臭い事する人なんて、いないだろ」

 いや、兄貴の知り合いに何人もいたよ。
 普段は奥さんも乗るからって、ノーマルのシートつけてて、サーキットにフルバケ積んで来るんだよ。
 朝のミーティング後に組んで、夕方の走行終わった後に純正に戻して帰って行くんだよ。

 次に、私は悠梨の走行時に後ろの席に乗ってみたよ。
 やっぱりさ、こういう高級感あるシートは、後席に座るのが真骨頂だと思うんだよね。
 
 1本走って貰った感想は、やっぱり、これって、後席最高じゃね? って事だよね。
 後席の方がシートが寝てる分、お尻が沈んで、腿が持ち上がるような感じになるから、前席と違って、シートからお尻がずり落ちないんだよ。
 腰の部分は抑えが無い分、前席より辛いものがあるけど、シートベルトで過度な横ずれは抑え込めるし、後席には天井にハンドグリップがあるから『盆踊りの構え』も出来るしね。

 それと、後席はアームレストを倒すっていう裏技もあるんだよ。
 これを倒しちゃえば、フッ飛ばされる心配もないし、『盆踊りの構え』をしなくても、姿勢を安定させることも出来るからね。
 ぶっちゃけさ、2ドアにも欲しくね? センターアームレスト、なんで無いんだろうね?
 え? なに優子? 2ドアの後席は、ホールド性を上げるために、座面が抉られたえぐられたり、盛り上がってるからじゃないかって?
 なるほどね。

 あー、楽しかった、楽しかった。
 やっぱりこのシートの真価は、後席に座ってはじめて発揮されるんだよ……って、結衣は何をたそがれちゃってんの?

 え? 失敗しちゃったかなぁ……だって?
 そもそも、交換の目的は日焼けしたシートじゃ嫌だからって事でしょ?
 別に日焼けしてないんだから、それで良くね?

 「でも、運転席がさ……」

 だったら、運転席だけ折を見て交換すれば良いじゃん!
 別に近々サーキットに行くとかじゃないんだし、別にそのシートで何が不満なのさ。
 別に社外品なり、GT-R用なりに、お金が貯まってから換えればいいんだからさ。
 どうしてもって言うなら、ウチに外した私の車の純正あるから、貸しても良いけど。

 「でも、2ドア用だろ」

 運転席なら関係なくね?
 助手席はさ、確かにウォークインって言って、背もたれ前倒しすると、シートが前にスライドする機能あるけど、運転席は関係ないしね。

 「厳密には~、違うけろ、実用上は問題ないろ~」

 なんだよ、歯抜け柚菌めが、突如として、今日は無いに等しい存在感を誇示するなよ。

 「ユズヒンって、言うなろ~!」

 うるさい、うるさい、うるさい。
 柚月は、今日は『東京特許許可局』って、3,000回言えるまで喋っちゃダメだから~!

 「今日中に3,000回って、無理じゃね?」

 うん、悠梨、もちろんだよ。つまりは喋るなって事だよ。

 「せっかく、ドアの内張りの換えたのにな~」

 なに結衣、ドアの内張りも換えたの? なんで?
 革シート車は、ドアの内張りの布も特別製なんだって?
 あぁ~、そう言われてみると、私の車の内張りと違って、すべすべした布地になってるね。
 私の車のは、シートと同じ、ざっくりした生地が張ってあった気がするよ。

 まぁ、なんにしてもだ、結衣。
 そんなに悲観する必要はないじゃん。元々革シートなんだから狙いが違うんだし、それにさ、レア度高いって言ってるんだから良いじゃん!
 ミーティングに行ったら、きっとみんなから注目の的だよ。

 「行く訳ないだろー、そんなR32厨みたいなのが、たくさんいる所」

 まぁね、それは私も同感なんだよ。
 この間、燈梨たちとドライブ行った時みたいのとかが、呪文みたいに『V35以降はスカイラインじゃない~』とか『V6はスカイラインにあらず~』とか、時代について行けない事をステイタスみたいに唱えてそうな場所に居ると、蕁麻疹《じんましん》出ちゃうからね。

 まぁ、結衣は考え過ぎって事で、いいじゃん! 本革シート、つけられるんなら、私もつけてみたいよね。
 え? つくことはつくって? いや、でも4ドア用だからさ、そこを曲げてつけるっていう意味じゃないよ。

 「ちなみに、私も、レア度高いシートつけてるよ」

 唐突に優子が言った。
 ……なんか、頭痛くなってきちゃったよ。
 私は、何故か、とても嫌な予感がしたんだよね。

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