上 下
240 / 296
冬は総括

ハンモックとボルト

しおりを挟む
 結衣は私の言葉に絶句してしまった。

 「どこが?」

 ぶっちゃけ、どこから突っ込んで良いのか分からないんだけどね、まず、このレールって、なんて書いてあったの?

 「色々なシートのメーカーが書いてあって『~対応』って、書いてあったんだけど」

 結衣、このレールでも、取り付けはできると思うよ。
 でも、車検はアウトだよ。
 つまりは、違法改造扱いだよ。

 「えっ!?」

 数年前に改正された基準によると、シートのレールは、強度の試験を合格したものじゃないといけなくなったんだよ。
 しかも、試験した時と同じ組み合わせだから、このシートレール作ったメーカーが、結衣が持ってるメーカーのシートとの組み合わせで強度試験を合格したって証明書が無いと、車検場で冷たくアウト宣告されちゃうよ。

 「じゃぁ、その試験を受ければ……」

 あははは……受けるのは良いけど、凄く面倒な書類の作成がいくつもあって、専門機関に頼むことになるだろうね。強度検討書なんて、とても私らレベルじゃ作れないっしょ。
 その上で試験受けるのに数百万円かかるらしいから、そこまでして、それ使いたい? 正規のレールを新品で買う100倍のお金払ってまで使うものじゃ無いっしょ。

 「ううっ……」

 それに、このレールだと、結衣の持ってるシートの良さが死ぬよ。

 「ええっ!?」

 結衣のシートって、ドイツ製で、世界最良とも言われてるブランドのものなんだけど、ハンモック構造って言って、座面や背面を弓なりにしならせることによって身体を包み込んでるんだよ。
 だから今、私が手で座面を押しても沈んでるでしょ?

 「うん」

 だけど、結衣の持ってきたレールだと、その弓なりにしなって沈むあたりに、フレームが横切って補強されてるじゃん。

 「あ」

 この手の汎用品って、色々なメーカー品を取り付ける利便性だけを追求してて、そういう事まで配慮して作ってないから、適当に値段だけで選ぶと損するよ。

 「そうなのかぁ……」

 結衣ったら、すっかりヘコんじゃったよ。
 しょうがないなぁ……。

 だから、そんなのフリマアプリかオークションで叩き売って、正規のレールを買ってこようよ。
 ……って、兄貴からLINEだ。マジで兄貴のLINEウザいんだよね、読んだ後に反応を強要されるからさ、どうしてしょーもないことにしつこいんだろうね。
 奥さんもよく嫌にならないよね……って、まさか兄貴の奥さんって、束縛されるのが好きなタイプ? もしかして、柚月やななみんみたいなマゾヒストじゃ……。

 「私は、マゾヒストじゃない~」
 「マゾヒストじゃないっス!」

 いやいや、あの2人はマゾヒストだよ。
 ……って、その話はいいや、で、兄貴のLINEは……と、マジか?

 結衣さ、レールはウチにあるっぽいよ。

 「マジ?」

 兄貴が言うには、うろ覚えだけど、屋根裏の収納にしまった記憶があるって書いてあるよ。

 「やったー!」

 いや、待てって、現段階であるかどうか確定してないから、そして、有料だからね。
 結衣は、何も聞かず、調べもせずに突っ走り過ぎなんだよ。
 だから、今回はその罰金代わりね。

 「もちろんだよ!」

 どうも、結衣は、今回の事がこたえてるんだか、どうなんだか分からないけどさ、今日のところは、家に帰らないと話が進まないね。

◇◆◇◆◇

 夕飯の後に、屋根裏収納に上がって、ようやく見つけてきたよ~。
 あそこってさ、シーズンオフの時のストーブとか、スキーの板とかが、結構ごちゃっと入ってるから、探すの大変だったんだよね。
 兄貴め、あんな所にも車の部品をしまってたのか、納屋の中の収納庫だけじゃ飽き足らずにだよ。
 昔から思ってるけど、兄貴と芙美香は、あちこちに物を置きすぎるんだよ。私とお父さんは、物をしまう場所をジャンル別にしっかり分けてるんだけど、あの2人はだらしないよね。

 昼休みに、部室で結衣がそれを開いて見てたよ。
 昨日結衣が持ってきたシートレールみたいに、既にフレームで真四角になってるんじゃなくて、左右のレールがバラバラに入っていて、取り付けた後で、スライド用のレバーで繋ぐようになってるっぽいね。
 そして、片側のレールの縁が山型に盛り上がって、穴が開いた妙な構造になってるよ。なんだろ、日本向けだから富士山を意識したオブジェかな?

 「マイのバカー!」

 痛っ! このっ! 柚月め、いきなり何しやがるんだ。
 今日という今日は許さないぞ! えいっ! このっ! どうだっ!

 「参りました~、ゴメンなさい~!」

 何故だろうね、このやりとりを1、2年生が興味深く見てるんだよね。
 まったく、柚月のせいで、妙な注目を集めちゃったじゃないか。

 「それは、シートベルトのバックルを取り付けるための穴だよ~」

 そうか、車によってシートベルトのバックルの取付位置も違うから、レール作る時も、そこも考えて作らないといけないんだよね。

 「ところで、この妙なネジって何に使うの?」

 結衣が私に見せたボルトは、ちょっと大きめで、頭の平たくて、ボルトの途中までがちょっと太くなったものだった。
 これはあくまで私の勘だけど、その穴に挿しこんであったって事は、ベルトのバックルを留めるためのボルトなんじゃないかな?
 頭が平たいのは、シートがつくと、レールとの間にほとんど隙間が無いからだよ。

 「マイ、正解だよ」

 優子がボソッと言った。
 そうか、優子の伯父さんも、そういうの、やってそうだったもんね。
 優子の家にもレールとかないの?

 「恐らくあると思うんだけど、写真を見る限り、伯父さんはフルバケ派だったっぽいんだよね」

 なるほどね。
 だと、シートが無いからまだ探す必要もなさそうだね。

 「ところで、ボルトがないみたいだよ」

 あぁ、結衣。
 兄貴の話によると、結構状態が悪かったから、捨てちゃったらしいよ。

 「そうか、じゃぁ、ホームセンターに行って」

 結衣、ダメだよ。

 「えっ!?」

 このシート留めてるボルトって結構特殊だから、ホームセンターに売ってる汎用のボルトで代用すると、痛い目見るかもだよ。

 「どういうこと~?」

 柚月が興味があるのか喰いついてきた。
 兄貴が言うには、この専用ボルトは焼きが入れてあって、強度に関して通常のボルトより強くなってるらしいよ。

 ホムセンに売ってるステンの汎用ボルトとか使うと、強度が足らなくて万一の時、あっさり折れちゃうよ。

 「よくそういうこと言う人、いるけどさ、ぶっちゃけ大丈夫じゃね?」

 悠梨は他人事だからね。
 ちなみに兄貴は実体験だよ。
 兄貴は最初の頃、中古シートレールをいつもホムセンのボルトで留めてたんだけど、事故った時に、2度ちぎれてシートが外れたことがあるって。
 それ以外に、ホムセンボルトで固定してドリフトに使ってたら、ある日、振りっ返しとかいう走り方してる最中に折れて、ドリフトしてるのと逆方向にシートが向いたことがあって、それ以降は、純正ボルトに拘るようになったんだって。

 「マジかー」

 マジだよ。
 ジャーナリストになった兄貴が、シートメーカーに取材に行ったことがあって、そこで確信に変わったって言ってた。
 それに、純正のボルトって、思ってるほど高くないからさ、ケチらなくても良いと思うよ。

 「そうか、じゃぁ、純正のボルトを買ってこよう」

 そうだね。
 この間教えたショップでも相談に乗ってくれるし、ネットでも結構見つかるからね。
 まぁ、どのみち、まだ擦り切れてるところとかの修理があるから、その間に入手しておけば良くね? って事だよ。
しおりを挟む

処理中です...