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冬は総括

原因とマイクパフォーマンス

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 あぁ、事故ったのは涼香なのか。
 私と悠梨の不快指数が上がると思ったのか、柚月は言ってから口を押さえて『しまった~』みたいな表情になっていた。

 別にいいよ、私らと涼香はもう何の関係も無いんだし、この間、無用に絡まれたけど、それも遠い昔の話だからさ。
 それで、話はそれだけ? 別にそれのどこが大変なの? 涼香が大怪我でもしたの?

 「それは無いんだけどさ~、今、生徒指導の加藤がさ~、一応、検証に自動車部も立ち会って欲しいって言ってたからさ~」

 柚月が慌ててた理由はそれか、なるほどね。
 加藤め、なんかにつけて、車関連の面倒ごとを部にも押し付けようとしやがって、少しは、生徒に雷落としてばかりでなく、仕事しろよっての。

 ……でもって、学校側にポイント稼ぎするいい機会だから、恩着せがましく勿体つけていってみるってのも良いかもね。

 「そうかな……?」

 大丈夫だよ、燈梨、今回は私と柚月も行って、加藤にたっぷり嫌味言ってやるから。
 そうだ、あやかんも一緒に行く? 事故った車を間近でなんて、そうそう見られるものじゃないよ。

 「面白そうだねぇ~、行くよ!」

 よし決まり! 
 いやぁ~、楽しくなりそうだね。

 「マイ~、あくまで事故の検証だからね~。楽しそうにしちゃダメだよ~!」

 分かってるよ柚月。

 放課後、前役員である私と柚月、現役員の中から、燈梨とななみんと沙耶ちゃん、それからあやかんと大所帯で職員室を訪ねた。
 さすがに今回は、無理を押して頼んでいるという自覚があるのか、加藤も平身低頭だったよ。だから、若干追い打ちをかけて恩着せがましく言ってやったんだ。

 職員駐車場に行くと、前に見た涼香のキャンバスが変わり果てた姿で置かれていたよ。

 「全損だね~」

 柚月の言う通り、前もだけど、屋根まで潰れちゃって、明らかに直すよりも解体しちゃった方が良いってレベルだった。
 話しだと、学校近くの直線路でコントロールを失って、そのままガードレールの隙間から斜面を滑落して、大きな木にぶつかって止まったらしいけど、あの直線路でコントロール不能ってどういう事だろ?

 「マイ~、私らはそうでもないけど~、軽とかだと、あそこは踏まないと上がっていかないんだよ~」

 そうか柚月、私らは2リッターターボだから、軽くアクセルに触れるくらいで、あそこは上っちゃうけど、軽は結構踏むのかぁ。
 という事は、涼香はあの坂を上ろうとしてアクセルをちょっと踏んだところに凍結ポイントがあって、ツルっといっちゃったのか。

 でも、不思議なんだけど、あそこって、そんなツルっといっちゃうほどガキガキに凍ってたっけ?
 もう、さすがに冬タイヤ履いてるよねぇ、じゃないと抜き打ちチェックに引っかかって、車通学停止になるからね。

 ……それにしても、オシャレ心が無いなぁ、涼香のやつ。このホイールさ、なんか違う車の純正の鉄ホイールを、磨きもしないでサビが浮いたまま使ってるよ。
 私なら、こんな軽用のホイールなんて安いんだからさ、中古でもうちょっとイケてるデザインのアルミにするけどな。

 私は、そう言いながら、涼香の車のタイヤをチェックしてみる。
 うん、限界点までは余裕があるから、スタッドレスとしては使えるレベルだね。
 あれ? なんかおかしくね? このスタッドレスさ、カッチカチに硬いんだけど。
 私はスタッドレスのブロックを指で押しながら言った。

 普通のスタッドレスならぐにゅっとした感触で、押した指を包みこむように潰れていくブロックが、夏のエコタイヤを押しているかのように硬くて、その形状を固持しているのだ。

 「なんかさ~、このタイヤって~」

 うん柚月、このタイヤ、アウトだね。

 「そうなの?」

 燈梨も、あやかんも、ななみんも見てみて。
 冬場の生命線になるスタッドレスタイヤは、爪の柔らかさが命なんだよ。
 このキャンバスのタイヤと、隣に止まってる車のタイヤの、このボコボコしたブロックを指で押し比べてみると、その構造の重要性が分かると思うよ。

 「ホントだ! 隣の車のは、指が埋まっていくみたいだ」

 そうなんだ、燈梨。
 これが、スタッドレスが雪道や凍ったところでも進んでいける秘密なんだよ。
 それに対して、涼香のキャンバスのタイヤは、カチカチに硬くて、下手すると新しめの夏タイヤの方が柔らかいくらいなんだよ。

 「ええーーっ!!」

 みんな驚いてるね。
 そうなんだよ、この驚きの事実が、今回の事故の原因の1つと私は見てるね。

 「マイ~、このタイヤさぁ、8年前のだよ~」

 そうなの柚月? どれどれ……って、ホントだよ。
 アイツ、車より遥かに昔のタイヤなんか履かせてたの? この車って、何年くらい経ってるのよ……車検証見てみよう……って、これ、今年登録の新車じゃん。

 どういうつもりなんだろ? 涼香にとって、見栄より命の方が安いって事かな? 少なくともこの事実だけを見てると、そういう風に言われても何も言えないよね。
 
 あ~あ、加藤の奴、マジでキレちゃってるよ。
 あれは、全校集会の時、ふざけた男子が、質問の時間にマイクで『加トちゃんぺ』って言った時くらいマジギレだよ。涼香、お気の毒さま。

 そうだ、この機会にさっきの凍結路練習場の話を、雑談めかして加藤に言ってみよう。

◇◆◇◆◇

 どうだい! 効果はバッチリだったでしょ?
 加藤の奴、凄く乗り気になってさ『自動車部が積極的に活動するのは、生徒の模範になって大変良い』なんて言って、即校長に折衝してくれたからさ、サッカーコート裏の1日中陽の当たらない場所を使わせて貰えることになったよ。
 なんでも、昔はここでキノコを栽培してたらしいよ。一体何やってるんだろ、ウチの学校は。

 よし、早速整地して準備しておこう。
 結構ガタガタだからね。まずは綺麗にならした上で凍らせないとね。

 よーし、これで綺麗になったね。
 グラウンド整備用のプレミオが大活躍だね。最初見た時は、どうにもならない役立たずだと思ったけど、この用途を思いついてからは、凄く活躍の機会が多くなったんだよ。

 そして、次に水を撒いておくんだよ。
 せっかくの練習場だから、結構広範囲にたっぷり撒くのがポイントだよ。
 よし、これだけ濡れてれば、明日の朝にはガッキガキでしょ~。

 あとは、間違えて誰かが入って踏み荒らされないようにロープを張っておこう。
 こんな長いロープ、どこにあったの? ガレージだって? 知らなかった。てっきり、マゾヒスト部から借りて来たのかと思っちゃったよ。

 「マゾヒスト部なんて、ないやい~!」
 「マゾヒスト部なんて、無いっス!」

 さて、それでも足らないところは、部車を何台か連ねてバリケード代わりにしておこう。
 そして張り紙でもしておけば、取り敢えずOKでしょ。ゆくゆくは、杭でも打ち込んでおいた方が良いかもね。

 それにしても、ちょっと明日が待ち遠しいなぁ~。

 
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