『短篇小説』は硝子細工のように(短編集)

泗水 眞刀(シスイ マコト)

文字の大きさ
3 / 25
第1話 ゆらぎの芽 (グリーン スプラウト)

3 令和七年 六月十七日

しおりを挟む




 その日も朝から雨が降っていた。

「とうとうこの町でも感染者が出たらしい。一体世の中はどうなってしまうんだろうな、数年前に発生した感染病の治療薬が開発されてやっと生活が落ち着いたと言うのに」
 父親が朝刊に目を通しながら、食後のお茶をごくりと飲み込んだ。

「睡ったまま目が醒めなくなるのよね、いやだわ早く治療法が見つかるといいんだけど」
 母親が洗い物をしながら相槌を打つ。

「行ってきます」
 そんな両親の会話を聞きながら、倉田華菜は玄関に向かった。

「華菜、お弁当忘れてない。ちゃんと持ってってよ」
「ちゃんと入れたよぉ、じゃあ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい」
 いつもの何げない会話だった。



 埼玉県結芽浦ゆめうら市の公立高校の二年生、倉田華菜十七歳。
 芽吹いた若葉のように、彼女は青い春の真っ只中にいた。
 まだまだこれからいくらでも、明日が広がっているはずであった。

 彼女の通う県立結芽浦ゆめうら北高校は、徒歩で十五分ほどの近さにある。
 自転車を使うまでもなく、十分に徒歩圏内だ。

 やっと目覚め始めた人影まばらなアーケード商店街の中を通り、住宅地域を過ぎるといきなり農村風景が広がる。
 そこに結芽浦北高校は建っていた。

 黄色い傘をさした華菜が校門のそばまで来た時に、一台のミニバンが通り過ぎた。
「きゃっ」
 華菜は思わず声を上げた。
 車が水溜まりの水を撥ね上げたのだ。

「大丈夫か倉田」
 見上げるとそこには黒く大きな傘を手にした、露城つゆき真吾の顔があった。

「あっ、露城先輩──」
 華菜の頬が一瞬で赤く染まる。

「まったく非道い車だな、濡れなかったか」
「は、はい大丈夫です」
 華菜は胸の動悸を悟られまいと俯くと、ぴょこんと頭を下げ小走りに校門内へ駈けて行った。


 まだ、華菜の周りには日常があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...