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第2話 鬱陶しいほどの雨音を聞きながら
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しおりを挟むまるで要塞のようなターミナルを背にして、ケンイチは大きな交差点に出た。
『MSBC(メガステーション バランティ・シティ)前』と呼ばれる九本の道が集まっている、巨大スクランブル交差点だ。
ごみ集積場やさまざまな工場群が密集する地域へ続く道から歩いて来たケンイチは、毎日この交差点を渡り向かって一番左の道路へと歩を進める。
その道が最も貧しい者たちが住む貧民街〝ガラガラ・タウン〟へ続く道だからだ。
信号が変わるのを待ちながら、右手のメガモニターに目を留めた。
映し出されていたのは『砂の海ナルディア』の風景だった。
年間を通しての降雨量は十ミリ以下、広大なる砂に覆われた地域だという。
〝沙漠〟と言うやつだ。
「雨が降り止まないのも嫌だが、ナルディアという所もなんとも嫌らしい所だな」
ケンイチが呟いた。
徒歩でナルディアを踏破するのは、死を選ぶのと同義語だとテロップが流れている。
「この街で宿無しになっても生きちゃ行けるが、この砂の海じゃ生きて行けねえ。まだ俺たちの方が恵まれてる」
砂だらけの画面を見ながら、しみじみとそう思った。
日中の風景から映像が切り替わり、夕日が沈みかけている沙漠の丘が映し出された。
赤く染まった無機質の景色は、それはそれで美しかった。
信号が変わり、人々が一斉に歩き出す。
いつものように左方向へと歩くと、別のモニターがけたたましい音と共に派手な映像を流している。
〝さあ、ナインルーレットを購入してセレブになろう、副賞は『パル・アイランド』旅行だ〟
耳障りな甲高い声が叫んでいる。
美しい白砂のビーチとエメラルドグリーンの海へ臨み、サマーベッドで寛ぐ若い男女の姿があった。
背後には個建タイプのバンガローが点在し、南国の花々が咲き乱れていた。
最近流行りのロタリー(宝くじ)のコマーシャル動画だ。
〝現在十二週連続キャリーオーバー中、当選金は五十一億クレジット。一枚0.3クレジットで夢を掴もう。今週の締め切り日は本日二十六時まで〟
購買意欲を煽るメッセージを、黄色い声で連呼している。
「五十億か、夢のような金額だ──」
どこからか、そんな声が聞こえた。
横目でそのCMを見ながら、ケンイチは足早に交差点を渡り切った。
〝どうせ当たりっこない〟
心の中で彼はうそぶいた。
0.3クレジットあれば、二人で外食が出来る金額だ。
彼は金をそんな事に使う気にはなれなかった。
しかし恋人のレイミーはロタリーを買うのが好きで、ナインルーレットを毎週一枚だけ購入していた。
「ただいま」
六軒長屋の右から二番目の粗末なドアを開け、ケンイチが中へ声を掛ける。
路地裏の片隅にある、バラックに毛の生えたような建物だ。
屋根はトタンを被せただけの、安普請とも呼べぬぼろ屋である。
今夜もトタンを叩く雨音が、延々と響いている。
「おかえりケンイチ。真っ直ぐ帰って来たわね、偉いぞ」
長い髪の二十歳代半ばの女が、笑いながら抱きついて来る。
「おいおい、汗臭いだろ。すぐにシャワーを浴びるから、それからにしてくれないか」
ケンイチは華奢なその身体を引きはがし、軽くキスをする。
付き合い始めて三年近くになるレイミーだ。
同棲を始めて、もうじき一年になる。
二人ともすでに親はいない。
この貧民街に住む人間の平均寿命は、五十歳半ばだと言われている。
日雇いの労働者たちはさらに短く四十歳前半、早い者は三十歳後半で死んでしまう。
それに引き換え、特権階級の人間たちは概ね百三十歳。
金さえ掛ければ、延々と生きられるという。
技術の発達により、見掛けさえ自由に出来るらしい。
まさに人間の区別は、貧富で決められる世界だ。
ケンイチは現在二十六歳、レイミーは二十四歳。
平均寿命からいけば、残りの人生はあと半分ほどだ。
シャワーを浴びてタオルで髪を乾かしているケンイチへ、レイミーが再び体をくっつけて来る。
「ねえ、ケンイチ。来週末にラーラーストリートへご飯を食べに行こうよ、一緒に棲み始めた一年の記念日だよ」
レイミーが甘えるように上目遣いになる。
ラーラーストリートというのは高級ショップが立ち並ぶ一角で、庶民の憧れの場所である。
「そうか、一年になるんだな。──よし、うんとお洒落して贅沢するか」
「わーい、ケンイチ大好き」
レイミーが抱きつき、キスの雨を降らせた。
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