『短篇小説』は硝子細工のように(短編集)

泗水 眞刀(シスイ マコト)

文字の大きさ
15 / 25
第2話 鬱陶しいほどの雨音を聞きながら

しおりを挟む




 今日は週末と言うこともあり、みな早々と着替えを済ませ職場を離れる。

 ケンイチもいつもとは違う余所行きの服を着こみ、自分のロッカーに鍵をかけた。
 レイミーと約束した、デートの日なのだ。

「おいケンイチよ、今日も真っ直ぐ帰んのか。よっぽど彼女が可愛いんだな、妬けちまうぞ」
 出ようとした所で、ガナフィーが声をかけて来た。

「可愛いだなんて、ただ二人とも親兄弟がいないんで大事にしたいんだ。こんなささやかな生活でもね」
 そういうケンイチを優し気な眼差しで見ながら、ガナフィーはポケットから小さな箱を取り出し突きつけた。

「えっ、なんですこれ──」
「俺から二人へのプレゼントだ、いいからとっとと結婚しちまえ。早く子どもを作らなきゃ、生きてるうちに成人した姿を見れねえぞ。俺みたいな家庭も持たねえ人間になっちゃいけねえ、お前には幸せになってもらいてえんだ」
 それだけ言うと、ケンイチからの礼も聞かずに去って行く。

 ケンイチは渡された箱を開けてみた。

「ガナフィーさん・・・」
 そこにはひと組の指輪が入っていた。
 小さいが、ちゃんと石もついている。

「ありがとう、ガナフィーさん」
 去って行く影へケンイチが大声で叫んだ。

 後姿の男は少しだけ右手を上げると、振り向きもせず雑踏へと消えた。



 それから半年、ケンイチはいつものように家路を急いでいた。

 左手の薬指には、ガナフィーからもらった指輪が光っている。
 意識するともなく親指で指輪の感触を確かめ、あの日の彼の面影を思い出していた。

 週明け作業場へ出勤して、あの夜ガナフィーが死んだことを知った。
 四、五人の男たちに絡まれている若いカップルを救け、そいつらに刺されて呆気なく死んでしまったというのだ。

〝ガナフィーさん、俺きっと幸せになるよ〟
 歩きながらケンイチは心でそう呟いた。



 ぼろ長屋の扉を開けると、レイミーが抱きついて来た。

「やったよケンイチ、あたしたち大金持ちだよ。なんだって買える、どこにだって行ける。百歳だろうが二百歳だろうが、このままの姿で生きて行けるんだよ」
 レイミーは顔中にキスをしまくる。

「一体なんの話しだ。分かるように説明してくれないか」
「当たったのよ、ナインルーレット。八十三億クレジットが当たったのよ」
 再びキスの嵐がケンイチを襲った。

 買い続けていた宝くじが、当たっていたのだ。
 当選金額は八十三億クレジット。

 ケンイチ達貧困層からしてみれば、生涯収入の六十倍の額になる。

 それからの一か月間は、目まぐるしいほど雑多な手続きが待っていた。
 身元の正式な確認から、メガバンクの口座開設。

 一週間の徹底した金銭に関する教育が義務付けられ、泊りがけで講義が行われた。

 金が口座に振り込まれるには、二か月かかるとの事だった。
 しかし、仮想口座のお陰でクレジットカードの使用は自由だった。

 新居を選び高価な家具調度品を買い、車のライセンスも取得した。
 そうして、副賞である『パル・アイランド』への一か月のリゾート旅行が始まった。

 空港へ出発する日、彼らは今まで棲んでいた粗末な長屋に別れを告げた。

「もうこんな、トタン屋根に降る鬱陶しい雨音ともおさらばだ」
 ケンイチは生まれた時から聞いていた、雨音に最後の別れを告げた。

 帰還先は、セレブが住む北半球の高級居住都市になる。
 豪華な邸が、二人の帰りを待っているのだ。


 青い空とエメラルドグリーンの海、燦燦と降り注ぐ太陽と贅沢な料理を堪能して、あっという間に一か月が過ぎた。

 南の島に別れを告げ、二人は中型ジェット機で帰途に就いた。
 機内には彼らのほかに、六人の乗客と操縦士を含めた八人の客室乗務員が乗っている。

 十二時間で、目的地である上流都市『ファビュラシュ・シティ』へ到着予定だ。

 離陸して三時間ほど経過したころ、機体が大きく揺れ急降下を始めた。
「わあーっ、事故か?」
 ケンイチが叫んだ。

「こわいケンイチ」
 レイミーがケンイチにしがみ付く。

 機体はぐんぐんと高度を下げ、凄まじい衝撃が彼らを襲った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...