『短篇小説』は硝子細工のように(短編集)

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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第4話 お爺ちゃんのひげ

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 救急車が来たのはいいが祖父のひげが伸びすぎており、このままでは搬送できないと言うことになった。
 急きょ小型のダンプカーを準備し、大きめのフォークリフトを使用してどうにか荷台に乗せることが出来た。

 たかだかひげが伸びるだけと言うことで甘く考えていた救急隊は、祖父の異様な姿を目の当たりにし考え方を根本的に改めることにしたらしい。
 ここまでの姿の人間は、未だかつてこの世に存在した覚えがない。

 唐代の詩人『李白』の五言絶句に〝白髪三千丈〟と言う詩があるが、いまの祖父の様は〝白髯四畳半〟と言ったところだろう。


 祖父が連れて行かれたのは、県有数の大学の付属病院であった。
 しかし検査をするにしても、大量のひげが邪魔をし思うに任せない。
 その度にひげを切るのだが、途中で続行が不可能になるほど伸びてしまい、基本的な検査を終えるのに三日間もかかった。

 検査の結果は異常なし、まったく原因の糸口さえ発見できない。
 この異常事態をどこからか嗅ぎつけたローカルテレビ局が、番組のクルーを派遣してきた。

 その日の夕刻のニュースで取り上げられると、祖父のひげの話題は瞬く間に全国区へと拡散されてしまった。
 翌日からは常の病院業務に滞りが出るほどの、大量のマスコミ関係者が詰め掛けた。

 やがてこのニュースは国内だけに留まらず、世界中に発信され話題となった。
 祖父のひげは伸びる速度が日増しに速くなり、半日も放っておくと十畳ほどの広さの病室が立錐の余地もないほどに白髯に覆われてしまう。
 この人類史上初めてのケースに、とうとう国が動き始めた。

 大型トレーラーで東京にある国立病院へと移送し、国家の威信を懸けたスタッフが集められた。
 だがどんなに検査をしてみても、原因は掴めない。
 外国からも著名な医師や研究者が来日して、色々試してみるが一向に埒が明かない。

 そんな日々がひと月ほど過ぎた頃、祖父のひげの伸び方がとうとう常識の範疇を遙かに上回り始めた。
 病室に収まりきれなくなったひげは、ドアや床を覆い尽くし僅かな隙間を縫っては、外へ外へと伸び始めたのである。

 エアコンの排吸気口は勿論、どんな些細なところも見逃すことなくひげは伸び続ける。
 三日も経った頃には、日本でも有数の面積を誇る巨大病院が祖父のひげにより覆い尽くされてしまっていた。

 いまでは祖父本人の、安否を確認することも出来ない。
 それでもひげが伸びると言うことは、まだ生存していると判断された。
 そんな状態であるから、必然的に食事も一切採っていないことになる。

 ひと月も過ぎた時点で、病院のあるM区周辺は祖父のひげによりすべての機能が停止し、静寂だけが支配する奇妙な世界になってしまった。



「まったくとんでもないことになっちゃったね、お爺ちゃんはこれからどうなってしまうんだろ」
 敬一が顔を青醒めさせ居間でTVニュースを見ながら、悲痛な表情の両親に言った。

「まさかこんな事になるなんて、これじゃ世間様に顔向け出来ない。それにしても親父のひげは、どうなってしまったのか――」
「ここまで来たら、いまさらそんなことどうでもいいじゃありませんか。もうお爺ちゃんはわたしたちでどうこう出来る人じゃなくなってますもの」
 父母の会話を聞きながら、敬一は特撮の怪獣ものの映画を思い出していた。

 まさにこれは、映画ででもあるかのような事態だった。
 しかも怪獣映画の・・・。



 さらにふた月経過した。
 祖父のひげは首都東京二十三区の、三分の一を浸食していた。

 建物、道路、樹木に至るまですべてに絡みつき、視界のすべてを白髯で包み込んでしまっている。
 日本政府は事ここに至り、驚くべき決断を下した。

 自衛隊機による祖父がまだ居るはずの病棟への爆撃の命令を、総理大臣権限で航空自衛隊へ発令したのである。
 この報が一般に伝わると、やはりと言って良いが賛否両論が巻き起こった。

 しかしこのままひげによる被害が進んでしまえば、東京は壊滅することになる。
 たったひとりの人命で、世界的に重要な都市のひとつが救われるのならば、それも致し方なしと言う結論に至った。

 総理大臣は自分の首と引き換えに、爆撃命令にサインをした。
 満を持して、横田基地からミサイルを搭載した三機のジェット機が飛び立った。


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