『短篇小説』は硝子細工のように(短編集)

泗水 眞刀(シスイ マコト)

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第4話 お爺ちゃんのひげ

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「目標建物らしき位置を確認、これより作戦を実行します」
 ジェット機のチームリーダーから、臨時の空幕本部へ無線が入る。

「作戦に変更はない、爆撃を許可する」
了解ラジャー! 爆撃開始します」
 最終確認を終えたチームリーダーが、他の二機へ命令を下す。

「聞いたとおりだ。自国の、しかも東京のど真ん中の建物を標的にするなど胸が苦しいが、これは国家の命令だ。みなもそう思え、行くぞ」
了解ラジャー
了解ラジャー
 返事が返ってきた。

 見渡す限り白髯だらけで、どこがどこなのかさえ目視では確認できないが、ナビゲーションシステムは入力された病院建物の位置を正確に把握している。
「ロックオン、スリーツーワン、ファイアー」
 三機のジェット機から、一斉にミサイルが発射された。
 さきの大戦終了以来八十年ぶりに、首都東京に爆撃音が轟いた。
 病院の建物付近は軽々と吹き飛び、それに伴い辺り一面もうもうとした煙に包まれる。
「作戦終了、これより帰還します」
 爆撃を終えたリーダーの言葉には、どこか悲しい響きが混じっている。
「よくやってくれた、感謝する。諸君は東京を、いや日本を救ってくれたのだ。胸を張って戻って来てくれたまえ」
 パイロットたちの心情を慮って、作戦司令室にて事態を見守っていた総理大臣が、労いの言葉をかけた。


 一部始終はリアルタイムで放送された。
 爆撃など遠いどこかの国のことで、まさか日本にこんな事が起きるなど予想さえしていなかった人々は、固唾を飲んでミサイルが撃ち込まれる様子を見ていた。
「お爺ちゃん死んじゃったよね――」
 敬一の声が震えている。
「――――しょうがあるまい。親父の命で東京が救われたんだ、文句は言えんさ」
 父親が沈痛な表情で〝ぼそり〟と呟いた。
「わーっ」
 母親が両手で顔を覆い、泣き崩れた。

〝たかがひげじゃないか、なんでこんな事になっちゃったんだろ〟
 祖父の壮烈な死を見た敬一は、なにか釈然としない気持ちであった。
 彼は祖父のひげが伸び出す、前日の夕方を思い返していた。
 一家が暮らす北関東のM市の上空に、謎の閃光が目撃されていた。
 強い光を伴い空を走った閃光は、瞬く間に消え去った。
 小さな隕石が大気圏で燃え尽きることなく、落ちたんではないかと短いニュースになった。
 それからしばらくして祖父が虫刺されの薬を探していたので、敬一は自分の机から小さなチューブを出して来て渡した。
「蚊に刺されたのかな、下あごの辺りが妙に痛痒い」
 確か祖父はそんなことを言っていた。
〝あの虫刺されが、なんか関係あったのかな?〟
 ふと敬一は、そんなことを思い出していた。


 それから数時間後、横浜に急遽設けられた首相官邸へと戻っていた総理大臣の下へ驚愕の情報が届けられた。
「ひげの浸食が止まりません、現在もすごい勢いで伸び続けています。作戦は失敗です」
「な、なんだと」
 爆撃のあとも、ひげは伸び続けていたのだ。

 それから一週間、合計十三度のミサイルによる作戦が繰り返されたが、ひげの成長を抑えることは出来なかった。
 東京はおろか神奈川、埼玉、千葉にまで被害は広がり続けて行く。
 日本全土が白いひげの海原と成り果てるのに、ふた月とは掛からなかった。
 政府の機能は最終的には那覇へと移されたが、ひげは海上をも泳ぐように伸び続ける。
 すでにK国の一部も、ひげに覆われ始めていた。
 その先に広がるC国は国連の反対を無視して、核を使用した。
 日本全土に十数発の核ミサイルが撃ち込まれ、事実上日本という国は消滅した。
 それでもひとりの老人から伸び始めたひげは、ますます成長を続け全世界を蝕んだ。


〝ひげの惑星〟
 合同宇宙ステーションから見た地球は、白髯が絡まった丸い繭にしか見えない。
 ここに滞在している十六人が、地球最後の生き残りだった。
 食糧が尽きれば、人類は滅亡となる。
「まさか地球の終わりがこんな事だなんて、あまりにも馬鹿げている。ひげに亡ぼされるなんて、あり得ないことだ」
 技師のひとりが溜め息を吐いた。
 だがその前に宇宙ステーションは、真空の中を伸びてきたひげにより機能を停止した。


 一年半後、ひげは月へと到達した。
 やがては月も地球同様に、白い繭と化すだろう。
 いったい〝お爺ちゃんのひげ〟は、どこまで伸びるのか。

 まさか宇宙をすべて呑み込むまで、――いやそれでも伸び続けるのだろうか。


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