何処吹く風に満ちている

夏蜜

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温めの風

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 梅雨入りを知らせる、じめりとした湿気が教室に漂う。その一方で、ぐずついた天気は一時回復し、窓側の席には眠気を誘うような日が差している。泡立った雲から溢れる陽光は心地よくもあり、憂鬱な感情を躰に纏わせもする。
 創一は昼時の気怠い教室を抜け、目的もなしに廊下を行った。このところ担任とは朝のホームルームで会うきりで、どちらが避けているのか擦れ違うこともない。それは遠矢にも言えることで、他のクラスを覗いても、それらしい姿を捉えることはできず、ノートを返す機会も完全に失われていた。
 廊下を突き進むと、食堂と化した玄関前のロビーに、昼食を楽しむ生徒や教職員の姿がちらほらとあった。その中に平木も混じっており、普段は横目で通り過ぎるだけなのを創一は近寄って声を掛けた。
「先生、一緒にいいですか」
 平木は食べ物を頬張ったまま、大きく頷いて対面の席へ手を差し伸べた。彼はコンビニ弁当のほか、ナポリタン、チョコレート菓子と炭酸飲料をランダムに口へ運んでいる。食べ合わせや食べ順の無茶苦茶な様が本人の気質をそのまま表していた。
「なあ、これ……俺……だから」
 腰を下ろした創一に、さっそく平木が身を乗り出してくる。だが今一聞き取れなかったため、創一は適当に相槌を打って話を合わせた。
  平木は顔を綻ばせて、弁当の準主役である鯖の塩焼きを箸で取る。それを自分で食べるわけではなく、創一へ向けて差し出した。
「……なんですか、先生」
「男同士なんだから、気にするなよ」
 やっとまともに口を開いたかと思うと、創一が予期していたものとは全く違う言葉が返ってきた。状況を察するに、食べろという意味だろう。深く考えずに相槌を打ったのが原因だった。創一が戸惑っているうちに、彼は渋々手を引っ込める。
「あれ、お前も苦手だったのか、鯖」
 嫌々鯖を自分の口に入れた平木は、軽くえずきながらも一気に飲み下す。嚥下音が艶かしく、創一はこんな時に限って躰に熱を持ち始めた。自ら声を掛けたゆえに、すぐさま立ち去るわけにもいかない。創一は咄嗟に別の具を指差して教師に願った。
「玉子、玉子なら、美味しそう……黄色いから」
「鯖だって、微妙に黄色っぽく焼かれてただろ」
「え、じゃあ、ブロッコリーでいいや」
「了解、緑色ね」
 からかい半分に笑う平木は、ブロッコリーではなく玉子を取って創一の唇に押し当てた。こうなると食べないわけにはいかない。口を開くと、甘めに味付けされた玉子と、ざらついた割箸の両方が舌に乗っかる。男同士といえど、箸を共有するには抵抗がある。嫌というのではなく、創一にとってはもっと特別だからだ。
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