別れさせ屋

夏蜜

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告白

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 目を覚ましたときには、車窓に思わぬ風景が見えていた。昨夜空から降り注いだ雨粒は真珠に生まれかわり、朝陽を浴びた海を一面に煌めかせている。海上をたなびく雲は濁りなく、その白さに僕は何度か瞬きをする。やつは一晩中、車を走らせていたのだろうか。
 僕に気付いたやつは、起き抜けの躰に刺激を与えた。正直な反応をすると、やつは微かに笑って車のスピードを上げる。僕は衣服を整え、助手席の窓を下げた。軽快な速度にのって風が吹き込み、額や首筋を撫でてゆく。
「ねえ、もっと遠くまで飛ばしてよ」
 僕の気紛れな頼み事に、やつは煙草の火を点けて答えてくれた。今日はアルバイトに出向くのは無理だろう。ディナーの約束もしていたが、それも断らなければならない。というより、出向いたところで別れ話を切り出されるだけだろう。大学に入ってから出会った社会人の永瀬とは、最近関係が拗れていたからだ。だったら、僕のほうからとっとと関係を終わらせればいい。
 僕は思い立ち、永瀬に電話を入れた。彼は罵声を浴びせてきたが、背後から猫撫声が聞こえることを指摘すると、途端に通話が切れた。アドレスも消したいが、部屋に荷物を取りに行かなければならないため、もう少し我慢がいる。
 横目で一部始終を楽しんでいたやつは、意味ありげに低い笑い声を漏らす。僕が不審に思っていると、自分の携帯を投げて寄越した。表示されている電話番号は永瀬のもので間違いない。彼は別れさせ屋を利用したのだ。つまり、僕は目の前の男によって、別れさせられたのだ。
「いつから」
「一ヶ月前には話があったさ」
「あいつ、僕が疎ましかったんだな」
「違う。疎ましく感じてたのは俺だよ。……お前と引き離すのに、苦労したんだぜ」
 運転席側の背景が遅く流れる。僕はやつと、ほんの一瞬だけ見つめ合った。




 
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